151. リックさんのエスコート講座
翌日は「王都への旅を楽しみながら寄り道をしている訪問者たちの一行」という設定で、その集落に留まった。
そもそもわたしたちにとってこの旅は特に急がなければならないようなものではないし、ヴェッラやタイガくんの移住先になる可能性がある以上、異世界の環境はいくらチェックしてもし過ぎるということはない。
イアゴは食事と水分補給以外のほぼ丸一日を寝倒した――ひどくだるそうで、イザムが何度も部屋に行ってかなりの量の水分を摂らせて(「鳥類なのでもともと水分摂取量は少ないんです! そんなに飲めません~!」って部屋の中から苦しそうな声がして)いた。わたしは立ち入り禁止だったので、中がどういう状況だったのかは謎だけど、たぶん荒療治。
朝食の後で始まったリックさんのエスコート講座は主に男性陣対象で、そこにヴェッラが加わって質問を挟みながら進んだ。
わたしはときどき呼ばれて、できる範囲でイザムの相手。シュヴァルツさんにマナー講義を一通りやってもらったのが、かなりいい感じに役立っていることがわかった。リックさんがその細かさにびっくりして、マナーの教師に迎えたいって言うほどに。
それなのになぜわたしだけときどきで、しかもできる範囲で、なのかというと……エスコートされるのがどうにも落ちつかなくて、耐えられなかったせいだ。婚約者役としてはさすがにまずいと思うし、イザムには悪いけど、どうにもできなかった。
「目をそらさないで、視線は周囲を確かめる以外は基本的に常にパートナーに。特にイザムとアイリーンは婚約者という設定なのだから、常にどこかしら触れている状態で、イザムは余裕の笑顔を保って」
リックさんにそう言われた途端に、我が意を得たりとばかりにわたしの腰に両手を伸ばしたイザムに引き寄せられた――正面に、嬉しそうな顔。
作り笑顔ではなさそうだけどむず痒い。いや、むず痒いとか落ち着かないとかいう以前に、絶対的な必要がないのにこういうの、苦手だ。反射的に身体を引こうとしたけれど、さすがに両手でつかまれると逃げ場はなかった。
用もないのに距離が近くて――いや、用はあることになるのか。でもどっちにしろ近くて――困っているのに、リックさんが追い打ちをかけるように言う。
「話題は基本的に相手のことを誉める言葉で、相手のどこが好きだとか、どういう所を好ましいと思うか、惹かれるか――」
それって全部一緒のこと言ってない?
リックさん、大まじめな顔だけど、突っ込んでいいかな、と耳を疑ったのは――なぜかわたしだけだったみたい。
イザムは言われた通りに目の前で、胡散くさくないのに腹立たしい感じのする笑顔付きで、嘘なのか遊んでいるだけなのか、もしかしたらもしかしたらちょっとは本気なのか、どうにも判断し難い誉め言葉を並べ始めた。――しかもじっとわたしを見つめたまま。
勘弁して。
開始三分も持たずに、落ちつかない気持ちはあっさりマックスに達した。
「まさか、チャームとか、変な魔法を使おうとか思ってないよね?」
なんか、ちょっと、いやかなり落ち着かない。鳥肌が立ちそうな気もするし。逃げ出したい気もする。
「いや? 特に何も。恥じらう様子がかわいいなって普通に楽しんでるだけ」
それか。体よく遊ばれてる感じだ。
「リックさーん。これ無理っぽいです」
挙手して発言する。
「えっ! 何で?」
イザムの目が丸くなった。
スマートな手の取り方をタイガくんに説明していたリックさんが、説明を終えてこっちに来る。
「どうした? 何が難しい?」
怪訝な顔。
「なんか、居場所がなくて……」
どう説明していいかわからずにそう言うと、リックさんはちょっとやってみるように、と言う。
「正直、もうすでにいっぱいなんですけど……」
「いっぱい? それは、どういう意味だ?」
ますます怪訝な顔になって、リックさんの眉間にしわが寄る。
その質問に、「じゃあ、とりあえず」って、イザムが一時中止していた羞恥プレイを再開した。
既にいっぱいなので目も合わせられない。
勘弁して。
「ストップ! これ以上続けたら、攻撃しそう。それか振り払ってダッシュで逃げる。放して~」
緩めてもらった腕から出て三歩離れる。ようやくまともに息ができたような気がしたところを見ると、わたしは途中から息を殺していたらしい。
落ちつかない気持ちのまま、二の腕をこすっていたら、イザムが「魔法は使ってないんだけど」と、首を傾げた。
その横でリックさんも首を傾げる。
「……そういえば会ったばかりの頃、弟が、『アイリーンは婚約者とまともに目も合わせられないほど純だ』と言っていた……だがこの前は『一緒にいることにずいぶん慣れたようだ』と聞いたのだが、慣れたわけではなかったのか?」
呆れた顔。
「半年も経ったのだから少しは進展したのだろうと思っていたが、そうではなかったのか……」
そう言われてみれば、そんなこともあった。
そしてあいかわらず慣れたわけではない――少なくともそういう方面には慣れてはいない。
「もともと苦手だし、慣れてないみたいです……すみません」
ちょっとは進歩しているはずだったんだけど……おそらく微々たるものに違いない。
「マルテスコートでは、一緒の部屋を使っていたと聞いたが」
ぎゃ。
なんか、それだけ聞くとすごくいかがわしい感じだ。
「それは、状況上仕方なくてっ」
率先してイザムと同じ部屋に泊ったわけじゃない。何があったわけでもないし、それにカルメンの時にイザムに寄り添っているように見せたのは、ワザとだ。
アルフさん、何をどう伝えたんだ。
とにかく訂正はしたけど、顔が熱い。
「まあ、それなら、アイリーンがあまり困らない範囲でさり気なく誉めるか、周囲には恋を囁いていると思わせておいて雑談だな。どちらにせよパートナーを困らせるのはお勧めしない。攻略、がんばれ」
そう言ってリックさんはイザムの肩をポンと叩くとタイガくんたちの方に向きなおった。
「タイガ、楽器は手に持たずに背負った方がいいな。イザムのように普段は消しておくことはできないのか? 女性の手を取るときに両手が塞がるのは好ましくないぞ。イザムのは杖だから、いざというときの武器代わりになるが楽器は……」
改善点を話し出す。
さっきの話、わたしはどうせなら断然後者の雑談がいいし、がんばるのはやめて欲しいな、とちょっと情けない気持ちで隣のイザムをそっと窺う。
「堂々と口説けるチャンスだと思ったのに……」
隣もちょっと情けない顔になっていた。
でも、そんなことだろうと思った。
どうりでこっぱずかしくて居心地が悪かったわけだ。
「だから、攻略しようとしないでってば。イザムががんばればがんばるほどチョップを決めたくなるみたいで、危ない」
そこは誠実に、危険を明かしておく。
「何で俺にばっか警戒するかな……俺が一番安全なのに」
それは前にも聞いたけど、わたしをまともに口説こうとするのはイザムくらいだし、わたしは口説かれたいと思ってないんだからしかたない。
「まあ、そうなんだけどさ……いろいろ、安全なのはわかってるよ? 大魔導士だし。ただ、わざとらしいのもだけど真剣なのもかなり苦手みたいで。すごく落ち着かないんだよ」
「え? わざとっぽかった? 真面目にやってたつもりなんだけど」
よくわからないって顔で聞く。
「それって……また俺の顔つきがうさんくさいって話?」
「うさんくさいっていうか……やっぱり普段ならしないってわかるせいかな」
そう答えると、うーん、って眉を寄せる。
「確かにあっちではやらないけど……それにしても、わざとなのも、真剣なのもダメって、結局どうしろってこと?」
そう聞く顔はかなり真剣だ。
「だってこれ自体が練習だから全体が嘘って言えるし? ……なのにけっこう真面目に誉めてくれたらかなり落ちつかなくなって。あのさ、いつも、ものすごく大事にしてくれてるのはわかってる。わかってるから、わざわざこんなふうに誉めたりとかしなくていい……」
そう言いながら、気づいた。
本当に、もうこれ以上ないって程大事にしてもらってると感じているからこそ、これ以上はたくさんなんだ。もう縁までいっぱい。これ以上好きになりたくないし、困るなって――ん? んん?
今の「好き」は、あれだな、恋愛感情じゃない、よね……うん。
どっちかっていうと、あれだ。うん。「ここまでやってもらってるんだから」って流されたくないっていう危機感だ。うん、そう。確かに、イザムのことは好きは好きなんだけど。
「わたしの恋愛感情、どこにいっちゃったのかな……」
困ったまま、ボソッと呟く。
「それ、まだ捜索中なんだ?」
隣も困った顔だ。
ホントごめん。




