150. 異世界にやってくる理由
家族経営だというだけあって、宿の経営者だというご夫婦はわたしたちに夕食を出すと、「食器はまとめておいてくれればいいし、あとは好きに使ってかまわないよ」と言ってから、隣の建物――そっちが母屋だそうだ――に帰って行った。
その夕食のテーブルを囲みながら。
「イザム君はこの世界に生物を持ち込める?」
ストレートにヴェッラが聞いた。
興味があるところにまっすぐなヴェッラらしい。
イザムはちらっとわたしを見てから「たぶん無理」とあっさり言った。
「たぶん?」
「興味がなかったから……こっちにはこっちのいいところがあるし、向こうから持ってくる必要性を感じなくて、追及しなかった。僕が興味あるのは品種改良じゃなくて、既存の生物の分析なんだよ」
あ、始まりそう。
「僕の基本はバイオフィリアだよ。コンシリエンスには思うところがあるけど、どんな種にも例外は存在するものだから……」
そして、どこまでいっちゃうかな。
ヴェッラがポカーンとなってる。タイガくんもきょとんとした顔でイザムを見つめた。リックさんだけが、わかっているのかいないのかふんふんと頷いている――わたしには異世界翻訳機能がどう働いているのかわからないし、おそらくヴェッラたちと一緒で、イザムが話してる言葉が現実でも正しく認識されるような言葉なのかどうかもわからない。煙に巻こうとしている可能性も高いと思う。『僕』って言ったし。
とりあえず止めようか、と口を開きかけたら、リックさんがにこやかに言った。
「愛だな」
それを聞いてイザムがすごく嬉しそうな顔になった――びっくりだ。通じていたらしい。
「一番大事なとこだろ? だから、持ち込む物には細心の注意を払ってるし、次世代へ関わる覚悟がない以上、手を出していい分野じゃないと思ってるよ」
ニコニコしながらイザムが言うと、リックさんが「残念だが、賢明だと思う」と感想を言った。
「つまり、どういうこと?」
ヴェッラが聞き直すと、リックさんがヴェッラに向き直った。
「イザムは興味関心の対象が限定されていて、悪だくみの余地がなく、その根底にあるのは愛だということだ」
それを聞いてヴェッラは目を丸くした。
「ええ~? 前半は賛成するけど、後半はおかしくない? イザム君って悪だくみし放題じゃないの? 愛があったらあんな……」
って、そこで言い淀む。続きはあのえげつないドラゴンのお守りのことだろう。
「その話は聞いているし、ある意味恐ろしいとは思うが、悪だくみというには発動のきっかけが限定的過ぎる。前もって注意までしてもらったし、世の中一般の人間に対しては一様に無害なのだから、悪だくみと言うよりは悪戯だろう……同じものが作れるなら、私も未来の妃に持たせたい」
まったく当然、といった様子でリックさんが言うと、イザムはますます嬉しそうな顔をした。
「リック、なかなか話が分かるな。俺たちが帰ることになったら、ひとつやるよ。お守りとして使えるのは俺の呪術が効いてる間だけだけど、ドラゴンの鱗だってだけで十分価値はあるし」
「客観的な視点はいつでも大切だ。訪問者たちがもたらすものは益とは限らないとわかったのだからなおさら。だが、訪問者がこの世界を救うために来るのではないとしたら、何のためにやって来るんだ?」
そう言ってリックさんは酷く真剣な顔でわたしたちを見た。
何のため、か。
「――生きるため、です」
答えたのは、ヴェッラだった。
先を促すように首を傾げたリックさんをじっと見つめて、「わたしは向こうで死にかけているから――」そこで何か言いかけたタイガくんを視線で止める。
「本当に死ぬって決まったわけじゃないけど、その可能性は高いし、生き残ったとしてもその先の人生はひどく辛いものになると思っています。ここには、希望があるの。夢なんです」
静かに、でもきっぱり言い切ったヴェッラの言葉にタイガくんが続ける。
「希望だってのは、僕もそうです。アルフさん以外のこっちの人には話したことがなかったけど、僕は向こうで失明しかけてるんで、ちゃんと物が見えて、普通に生きられるこの世界は酷く眩しくて魅力的で……いつまでも見ていたいって思います」
穏やかな声でそう言ってヴェッラの手を握った。二人が笑い合う。そのあたりは、わかりあっている微笑みだ。
「まあ、俺も、そうかな。あっちは生きにくくて、人生見失いそうだったから――ここは生きやすくて、おもしろくて、いつまでもここで暮らせたらって思うから――きっと訪問者ってのはみんな、多かれ少なかれこっちの世界に執着するような何かを抱えてて、だからこそここに惹かれて、やって来るんじゃないかな。
レオだって、本物の人生で得られなかったものをこの世界に求めてた。ちょっと――いや、随分方向が違ってたけど。
あの転生者だっていう親子もここで人生やり直すって言ってたし、つまりそういうことなんだと思う。あっちの人間にとっての希望がここなんだ。
俺はこの世界が滅亡するなんて嫌だと思うし、ここの人たちの暮らしには続いて欲しいと思う。だからこそ千年に一度の災厄ってやつにも立ち向かおうかって気になったわけだし……そっちにはあんまり進歩なくて申し訳ないけど。災厄と訪問者が具体的にどう関わってくるのかがわからないのが痛いんだよな~。
あと、アイリーンに関しては俺たちのケースは当てはまらない。本人の希望とかじゃなくて俺が巻き込んだだけだ。それも申し訳ないと思うけど、ちゃんと向こうに返すのが俺の使命だと思ってるからそこは大目に見て」
そう言ってわたしを見る。ちょっとすまなそうな顔。
大目に見るなんて、そんな必要はない。ここの暮らしはびっくりするようなこともあるけど、楽しいし、素敵な仲間もできて、大歓迎だ。
イザムの手を取って、笑う。
「それがイザムの使命なら、イザムを連れて帰るのはわたしの使命。気にしなくていいよ。十分楽しんでるし」
「アイリーンは……」そう言いかけて、リックさんが口を噤んだ。訝しそうな顔。「いえ、そういう理由で二人はパートナーなのだな」と頷く。
「そういう理由もあって、アイリーンに手を出されるのは本当に困るんだ。厳重に予防するのは仕方ないだろ――だから明日は頼むな、リック」
え?
イザムの言葉に、リックさんが笑顔で頷いた。
明日、何があるんだろう。
ヴェッラと二人、首を傾げていると、イザムが笑った。
「今日はだいぶ進んだし、明日は移動しない。その代わり、リックにマナーを教えてもらう。訪問者だってことに胡坐をかいてないで自分の相手くらい、ちゃんとエスコートできないと、いざってときに太刀打ちできなくなるかもしれないからな。
それにタイガには、こっちで新しい出会いがあるって可能性も捨てられないし。どうやら女性に声をかけるには挨拶が基本らしいからな――」
イザムがにやりと笑った途端にヴェッラはさっきまで自分の手を握っていたタイガくんの手を離してしまった。タイガくんが嫌そうな顔をして、イザムを睨む。
「こちらの女性相手でなくても、自分のパートナーをエスコートする際のマナーは重要だ。あきらかに見劣りするようでは、相手に恥をかかせることにもなりかねない」
リックさんはとりなすようにそう言った後でタイガくんに「明後日、王城についた際のエスコート役を譲るというのなら、歓迎だ」と続けた。
口の端には挑戦するような笑み。
「僕が隣にいることがマイナスになるようなら、譲ります。だけど手を抜いたり、わざと誤ったやり方を教えたりはしないで下さいよ」
リックさんの目がほんの一瞬、見開かれた。
レオさんなどとは違う、まっすぐなタイガくんの姿勢に驚いたらしい。訪問者はろくでなしばかりじゃないし、対等なんだって思ってくれますように。
150になりました。お付き合いいただきありがとうございます。ブックマークしていただいた方も感謝です。続きを読んでみたいなって思ってくれた方がいることが、とても嬉しいです(*^^*)
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