表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/313

15. もふもふ

「うわ~。うわ~。うわ~。すっごいね、シルバー。すっごい~!」


 もう夢中。


 ふわふわの艶々のもふもふで、テンションうなぎのぼり。

 遠慮がちに首や背中の毛を撫でさせてもらった三分後、一応本人にもっと触っていいかと確認した後で、わたしは床に座り込んでしっかりシルバーの首を抱いてほおずりをしながら、異世界に来てから一番の幸せタイムを満喫していた。


 クロちゃんはやわらかくて触り心地が最高だけど、いかんせん小さい。でも、シルバーは抱き着くのに十分な大きさがあって、どーんとした安定感もある。


「うう~、わたしここに来てよかったって初めて思ったかも。この耳の付け根のとこなんかたまんない。クロちゃんはかわいいし、シルバー最高だねぇ~。イザム、あんたしょーもないとこばっかりで、ろくでもないことに巻き込まれたかと思ったけど、グッジョブだよ~! これならここに来るの楽しみになる~」


 イザムが片手をあげて、何か言いかけた。


「くそ……俺が勝ったのに」って聞こえたような気がするけど、そもそも何に勝ったっていうんだろう。


 そこからさらに十分ほどもふもふさせてもらって、しっかり満足したわたしは、やや不機嫌なイザムに引っぱられるようにして部屋を出た。使い魔たちが音もなく姿を消す。


 イザムの部屋に行くと、季節を考慮してなのか、熱を発しない暖炉の前にピクニック仕様の夕食の準備ができていた。サンドイッチをわたしに勧め、自分でもひとつ手に取って、イザムが話し出す。わたしはへいへいと頷くだけだ。


「この世界は陸の中心にある山岳地帯を一つの不可侵地域として、その周囲を七つに分割した国々から成っているんだ。国と国の間は高い塀で区切られているけど、両隣りの国と接する部分には三つずつ門があって行き来ができる。だけど、隣り合っていない国の間ではあまり行き来がないんだ。

 感じとしてはドーナツみたいだよ。中心が山岳地帯になっていて、中心に近づくほど魔物の力は強くなる。塀をたどって中心に向かうことができるけど、最終的には塀もなくなるし、普通の人間はそんなところに行ったりしないから、実質、国境を越える方法は壁の門を抜けることだ」


 イザムは抽斗から出した紙にドーナツのような形を書いて、中心部分に山、と書いて、その周りを七等分した。その一つを示す。


「僕たちがいるこの国はドッレビートって呼ばれていて、北にあたる中央の山岳地帯から流れる川のおかげで水資源が豊かで動植物も豊富だ。南側に当たる海は比較的穏やかで海産資源もとれるし、両隣も幸い同じような気候と地形だから滅多なことでは諍いもない。壁もあるし。

 山岳地帯に住むドラゴンと千年に一度訪れる災厄は各国共通の敵で、何かあった時は共闘したり支援物資を送りあったりして助け合うことになっている。山から凶悪な魔物が下りてきた時なんかも、共闘体制が取られることがあるみたいだよ。


 国はそれぞれ七人の王様が治めていて、王様は騎士が守っている。貴族みたいな階級もあるし、商人や職人、農民もいる。基本世襲性で、僕たちみたいなのは訪問者とか放浪者って呼ばれる、はぐれ者だ。他の世界から入ってくる人間は珍しい存在みたいだけど、そういう人間もいるっていうのは共通理解のようだし、僕も少ないけど何人かには会ったことがある。それに災厄の訪れに合わせて僕らみたいなのが増える可能性が高いみたいだから、きっとアイリーンもこれから会えると思う。


 明日町に行ってみればわかると思うけど、よそ者だからって邪険にされたことはないし、ここの人たちは何でも積極的に協力してくれるよ。そういう人が多いのは、僕たちみたいなのが、千年ごとにやって来る災厄を排除する手伝いをしてきた、ってことが大きいんだと思う。

 僕の場合の魔法みたいに、訪問者たちは特別な技能に特化しやすいっていうのもあるみたいで、引き止められることも多い……こっちで家族をもって永続的に暮らすっていう意味で。

 僕たちには現実に帰る手段があるから、自分から残ろうと思ってもらえなければ意味がない。だから、暴力に訴えたりして無理やり引き止めようとされることはまずないけど、チャームっていう相手をその気にさせる魔法を使うやつもいるから気をつけてもらいたい。

 甘言に引っかかると後が怖いよ。この世界の結婚の契約は向こうの現実と違って簡単には覆せないから。チャームは基本的に目でかけるから、異性は直視しないほうが無難だ。まあ、結婚の誓いを交わすときはどちらにも魔力の影響がないかどうか確認するのが普通だけど。

 

 僕の家はこの国では北西のはずれにある。地図でいえば中心に近い――人が住んでいる中では一番山側だよ。静かで、ちょっと足を伸ばせば川や森に出られるのが気に入ってる。前はシルバーの縄張りだったんだけど、半年前にこの国に戻って来た時に僕のものにしたんだ。それまではあっちこっちフラフラしてたんだけどさ。

 だけど今もシルバーの眷属が守ってるから、滅多に客は来ないし、災厄を祓うために山から下りてきた齢三百年って言われてる――なんだか知らないけど、いつのまにかそういう噂が立っててさ――偏屈な大魔導士にはぴったりだろ? 

 色々面倒だから基本は居留守だよ。今回災厄の関係で何人かにはバレちゃったけど、僕のことは大魔導士の使いっ走りの弟子だって思ってる人の方が多い。もしくは爺が魔法で超若作りに変身してるとか。噂はどれも否定してないんだ。


 災厄については――本当は僕が引きこもってるうちに誰か他の人が追っ払ってくれるのが一番いいんだけど……今のところは人が足りないみたいだし、協力している振りは見せないと、って感じなんだ。だからね、ここの人たちにとっての異世界人であるアイリーンが魔導士の仲間としてこの世界に来たことを見せつけるためにも、できれば明日は一緒にうろうろしたいなって思ってるんだ。どう?」


 前にも聞いたけど、ゆる~い参加態勢ってことだね。

 頷いて先を促した。


「王都からは放射状に大通りが伸びてる。僕の領地にも一本接してるから、明日はそこを王都に向かって途中まで歩く。

 途中に壁が二つあって、壁の間には誰でも入れるけど、内側と外側で貴族とそれ以外の人たちの移住地を大まかに分けているんだ――僕のこの館はさっきも言った通り平民側の山側、王都からは一番遠い位置にある。

 災厄の話をされて「しかたないから協力します」ってなったときに「移動が大変だろうから貴族側に移ればいい」って王様に言われて、一応貴族街にも館をもらったんだけど、ここが気に入ってるからそっちの屋敷は管理人を置いてほぼ放置してるんだ。

 そうそう、その貴族と平民の街を分ける二つの壁の間は市場になっていてね、そこでも外側を主に平民が、内側を主に貴族が使用してる。明日はそこまで行くよ。僕らは貴族にも平民にも属さないから壁のどっちに行っても大丈夫だけど、まあ一応外側にいたほうがいいかな。偉い人ってわがままな人もいるし」


 さらっと言ってるけど、王様に家をもらって放置とか、平気なのかな。


「ねえ、誰も災厄を追い払えなかったら? この世界はどうなるの?」

「う~ん。それね、前回はどうにかして追い払った、ってことしかわからないんだ。この世界が気に入ってる僕としても知りたいところなんだけど、追い払えなかったときの話は聞いたことがない。毎回ちゃんと追い払えたからこそ今この世界があるのかもね。

 でも、災厄に関して実際に行動するのは勇者だって話だし、そう考えれば僕もアイリーンもサブキャラだろ? 現状は勇者と出会ってさえいない。来てるのかどうかも――そもそも千年に一度の災厄っていったいどんなものなのか、それが一切伝わっていないんだ。対策の立てようがない」


「そうなの? だって災厄って言うからにはすごく危険な物なんじゃないの? 本当に来るの?」

「すべてが口伝なんだ。でも確信を得ているみたいにみんなが話すから、来るってのは決定らしいんだよ。だから、今までみたいにこの世界を楽しみながら、レベルアップを図って、必要なら貢献する、という流れでいいかと思って」


 サンドイッチを飲み込んでイザムが肩をすくめる。


「危ないのは嫌だし、がんばるつもりはない。明日もあくまでも噂が広まる程度にするつもりだよ」


 次の日の計画は、朝食後にまだ会っていない使用人に紹介してもらって、午前中は町に出てうろつき、午後は森に出て戦闘の練習をする、になった。


「じゃあ、また明日ね」って言って立ち上がったら、足元がふらついた。

「お?」目の奥に緑色の光が見えたような気がした。「え? あれ?」

「アイリーン? どうした?」


 驚いたような声に首を振ってあたりを見回せば、すぐ側に心配そうな顔をしたイザム。


「……部屋まで送る。大丈夫だと思うけど、今日はもう寝たほうがいい。運ぼうか?」

「いやいやいや、そんなことしなくても大丈夫。普通に歩けるし……でも以外と疲れてたのかな? とりあえず、寝るよ」


 イザムは部屋までついて来て、わたしがちゃんとベッドに入ったことを確認してから出て行った。



~~~~~~



 朝食は一階の食堂で取った。洗面室で顔を洗い、昨日借りた部屋着のまま下に降りて行く。バイキング形式の朝食が準備されていて、今日もご機嫌のイザムがすでに席に着いていた。

 異世界なのをいいことに惰眠をむさぼっているのかと思ったら、そんなことはなく、むしろこっちにいるときはやりたいことが多すぎて、ゆっくりする時間が惜しいのだそうだ。


 食後はまずわたし付きのメイドさん? ホランドを紹介された。部屋や衣類を整えたりしてくれるのだという。

 二十歳くらいの金の瞳の銀髪美人で、白いエプロンに黒のミニスカというお仕着せの制服がよく似合う。

 ……これもイザムの趣味だろうか。


 ちゃんと人間に見えるけど実はシルバーの仲間で、目鼻が利いて特技は鑑定だという彼女は、アイテムボックスに入れない品物の管理もしてくれるそうだ。

 わたしがここに来ることになって、女性がいた方がいいだろう、ということで抜擢されたらしい。


「今日はお二人でお出かけと伺っております。こちらで過ごしやすいように、旦那様に上から下までしっかり揃えてもらってきてくださいませ。

 もちろん旦那様のお選びになった衣装はとてもよくお似合いでしたし、アイリーン様の出自も明白になります。強力な保護になりますが、少々周囲から浮いてしまいますし、旦那様以外が着替えさせられないようでは不便ですから」


 ニコニコと笑顔を見せながら遠慮ない意見をくれた。


 いろいろ買ってもらいたくはないけれど、特に最後の一言はまったくその通りだと思う――昨日の格好、この人も見てたんだ。


 一度部屋に戻ったところで一瞬の強制着替え(最初に着ていた黒ビスチェにミニスカート。もちろん上着とアンダースコートも着たよ! あとローズピンクのネックレスもつけた)を実行されて外出準備完了。部屋を出たわたしを見てニコニコ顔になったイザムにホランドが声をかけた。


 「今日買う物について話したいので少しお時間をいただきたいのですが」


 引き止められたイザムを置いて、一足先に下に降りることにしたら、玄関広間ではシルバーがお座りの体勢で待っていた。


「あれ? シルバーも一緒に行くの?」


 そう尋ねると、何を言うでもなく身体をこすりつけてきたので、こちらも遠慮なくもふもふさせてもらう。


 うう、気持ちいい。幸せだ~。


 耳の下のやわらかいところにほおずりしていたらイザムが下りてきて、もふもふ堪能中のわたしを見て顔をしかめると、「行け」と一言。

 シルバーはちら、とイザムに目をやってからわたしの鼻先をぺろりとなめて去って行った。


 お、わたし、なんだかシルバーと仲良くなれたみたい。


 せっかくのもふもふタイムを中断されてしまったけど、朝からしあわせ。

 でもさっきまでとは打って変わってイザムが不機嫌だ。なんなんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ