148. 仔モッソスに変身
「で、何で撃たれたんだ? 家畜でも攫ったのか?」
気を取りなおしたようにイザムが聞くと、イアゴは首を振った。
「一つ先の集落の上を割と低空で飛んでたんです。家畜や子どもを襲うと思われたのかなって思ったんだけど。でも威嚇じゃなくていきなり射かけられたし、睡眠薬や麻酔薬ってのは――捕獲するつもりだったってことですよね。僕、けっこう大きくなるし、鷲の時は生肉が主食だからペットには向かないと思うんだけどな……」
「使い道って言ったら、剥製にして飾るとか、羽や爪をアイテムに加工するとかか? ……でもそうだとしたら生け捕りにする意味があるとは思えない。痛めつけてから殺すのが趣味とか」
イザムが言うとイアゴがぞっとしたように身体を震わせた。
「繁殖用とか?」
タイガくんが言う。
「だったらつがいでもう一羽いる……二羽捕まえるのは難しくないか? イアゴは本来、人里に出て来る種じゃないだろ」
「じゃあ何で……?」
矢についていた薬が効いてきたのだろう、いつも利発そうな光を湛えているイアゴの目つきがぼんやりと虚ろになってきた。
「寝ろよ、怪我は治せても、ショックは変わらないんだから、休め」
イザムがそう言うと、荷物に寄りかかり、あっという間に寝息を立て始める。わたしの手を握ったまま、眠る姿はまだあどけなさを残す少年だ。
その姿を見ながらイザムがはっきり言った。
「残る可能性は、使い魔にするため、だ。あれだけ大型の鷲だ。魔獣だって一目でわかる。とくれば、元締めは知れたもの――王室付きの魔女ってやつだろう。薬の調合もやるって言ってたから、おそらく間違いない。問題は向こうがどういうつもりなのか――簡単にあきらめてくれる相手かどうかだ」
「『あきらめて』って――イザム君、使い魔って奪い合ったりできるの?」
ヴェッラが眉をひそめて聞く。
「使い魔は所持品扱いだ。持ち物である以上奪い合いも交換もできる。話し合いで解決できるか、それとも力比べになるか――本当は今すぐ使い魔の契約を解除して山に帰れって言いたいとこだけど――」
忌々しそうな声。
「ダメなの? その方が安全なら――」
このまま南下するより、今すぐに帰すべきじゃないかと思う。
わたしの言葉をイザムが遮った。
「薬の成分がはっきりしない。常習性のある薬だとまずい。麻酔薬ってのは基本的に文字通り麻薬だから。向こうではアヘンやモルヒネがそうだし、睡眠薬にも依存症があったはず――俺は薬には詳しくないんだ。だけど、ここにいる訪問者は薬を扱う魔女だって言ってたろう? ――契約のない状態に戻したら、イアゴが自分で魔女のところに行っちまう可能性がある――そうなったら取り戻すのは難しい。
新しい契約を結んだら、主人の命令次第で、もう接触できないところにやられたりするかも――最悪その魔女とやらを排除して強制的に契約を解除させることはできるかもしれないけど、全面的な対決になるし、お互い酷い損失がでるかもしれない。だから今は俺たちの契約が残ってるほうがいいんだ。現状を保つしかない。イアゴが既に契約済みの使い魔だって知らなかったからこその過失だといいんだけど――」
「けど?」
タイガくんの言葉に、イザムがため息を吐いた。
「訪問者にこうもロクデナシが多いと、どうにも楽観視できないんだよ」
なるほどそれはもっともで、わたしたちは静かに寝息を立てるイアゴの横で顔を見合わせた。
それからイザムはイアゴの真横に陣取った。
タイガくんに、リックさんの隣に座ってさっきと同じようにオカリナを吹くように頼む。
「のんびりなやつを頼む。探しに来るやつがいるだろうから、こいつを連れて急いでるって思われたくない」
タイガくんは頷くと今度は「ふるさと」を吹き始めた。童謡が続く。
そのまま十五分ほど進むと、前方から複数の犬の吠え声が聞こえてきた。
「後ろは呪文かけとくから、俺ら三人は王都の市場に向かうとこだってことで口裏を合わせてくれ。売れって言われても断れよ。俺、末っ子な」
前の二人にそう言うと、イザムが振りかえってわたしとヴェッラに小声で言った。
「アイリーン、ヴェッラ、ちょっと我慢してて。喋るなよ、呪文が解ける」
そういうなり右手に現れた杖を一振りする――と、隣で眠っていたはずのイアゴと、向かいにいたはずのヴェッラの姿が、今朝見たのとそっくりな仔モッソスに変わった。驚いて見おろせば、わたしも両手の代わりに小さな蹄のついた茶色い前足。
あらら~。わたしたち三匹の子豚ならぬ、仔モッソスだ。
仔ヴェッラモッソスが正面で目をぱちくりさせている。
「いいって言うまで喋るな、いいな?」
こくりと頷いて周りを見れば、荷物も毛布も消えて、むき出しの荷台の片側には干し草の山ができていた。幌もさっきまでの特別製ではなくて、見通しのきかない、よくある防水布のようなものが御者席側に寄せられた状態になっている。
そして、こころなしかイザムが小さくなったような?
突然降り注いた陽光にも全く反応せずに、イアゴの仔モッソスは眠ったままだ。
それから五分もしないうちにウォンウォンと犬たちに吠えつかれ、馬の方が先に歩みを止めてしまったようだ。リックさんが進ませようと声をかけているけれど、どうにも進まない。
イザムがわたしたちを見て唇に人差し指を当てた。
やがて犬たちの飼い主らしい男性が数人やって来た。
こちらの姿がむこうからはちゃんと見えてないってことは、頭の中ではわかっているけど、緊張してきた。彼らの手に太い縄らしきものが握られているのが見えると、その緊張が恐怖に変わる。
やっぱりイアゴを探しに――捕まえに行こうとしてるんだ。
ぐっすり眠ったままのイアゴは、今は仔モッソスにしか見えないけど。
一匹だけ寝ているのもおかしいかと思って隣で寝たふりをすることにすると、ヴェッラもそれに倣い、イザムが頷いた。
男性たちはまず御者台のリックさんとタイガくんにごくありきたりの挨拶をしてから犬を馬車から引き離した。そのあとで大きな鳥を見かけなかったかと聞く。
「気付かなかった」とリックさんが答えると、「そうか、ありがとう」という声――その後で、荷台のわたしたち――ローブを深くかぶったイザムと眠っている三匹の仔モッソスに気づいたらしく、急に声のトーンが跳ねあがった。
「いいなぁ! 一番人気のサイズじゃないか。一頭売ってくれよ」
薄目を開けて様子を窺っていた視界が、影で暗くなった。
男性が手を伸ばしたらしい。
売り物じゃないよ~!
心の中で叫ぶ。
「王都まで持って行くんです。一人一匹だから、ダメだ!」
きっぱり断るタイガ君の声がして、
「売るんじゃない、これは俺のだ! 触るな! 触ったら毒蛇をしかけてやる!」
って、いつもより高いイザムの声と一緒にぐっとローブの胸に抱き寄せられた。
末っ子……なるほど。
リックさんの笑う声が響く。
「こら、ぼうず。かんしゃくを起こすな。心配しなくても一人一匹の約束は違えないから……すまない。そういうわけでこいつらは売れないんだ」
「そうか、残念だな……」
意外にあっさりと、男性たちは引いてくれた。
リックさんが手綱を振ったらしく、また馬車が進みだす。十分ほどで集落に行き当たった。ここがさっきの男性たちの住んでいるところなのだろう。イザムの膝に乗せられたままできょろりと見渡してみるが、特に変わった様子はない。
イザムはそれから一度も馬車を停めさせずに、さらに二つの集落を素通りした。片方はそれなりに大きくて宿屋もありそうだったけど、休憩もしなかった。集落の中を通っているときはいたってのんびりと馬を進め、集落を外れると急がせる。時折杖を振ると前方に白い光が飛び出すのは、馬たちを癒しているのか。
……。
そんなこんなで結構進んだと思うんだけど。
じっと見上げると、いい笑顔で見下ろされて、ポンポンと頭を叩かれて撫でられた。
……。
もうしばらくそのままでいた。けど、そろそろいいんじゃないかなって思う。
またじっと見上げると、やっぱりいい笑顔で見下ろされて、ポンポン。
……。
もういい加減いいんじゃないかと思ってジタバタしはじめたところで、同じくしびれを切らした仔ヴェッラモッソスがイザムの脇腹に体当たりを食らわせた。
その勢いで荷台に放り出されてころりと転がる。痛くはないけれど、本当にクッションにでもなったかのようだ。
走り続ける馬車の上で短い四本足で立ち上がると、馬車の揺れのせいでまた転がった。
うお。ヴェッラ、よくこの状態で体当たりしたな。
さすが踊り子、仔モッソスでもバランス感覚が違うのか。
そう思いながら見ていると、仔ヴェッラモッソスは果敢にももう一度体当たりを試みて――今度は失敗して転がった。
「イザムさん、もういいでしょ? 戻してやってくださいよ」というタイガくんの声に、仔ヴェッラモッソスが感謝でいっぱいの瞳を御者席に向ける。
そのかわいらしさにタイガくんが片腕を伸ばして、ちょっとだけ額を撫でた。
イザムがけらけらと笑い出す。
「そうだね。あんまりかわいいから――もう、嫌だって言い出すまでほっとこうと思ってた」
「何なのそれ! もう!」
「信じらんない、イザム君ひっどい!」
わたしとヴェッラ、声が重なって、次の瞬間には元通りだ。
続く杖の一振りで馬車の中身もイアゴもイザムも元通り。まったく悪びれもせず、「タイガも後ろに来て抱いときゃよかったのに。今朝のやつらも全部売るんじゃなくて、飼う分を残しとけばよかったかな……ま、たまに二人をモッソスに変えればいいか」なんて言う。
タイガくんの方はそれ以上取り合わず、「僕、お尻が硬くなった気がする」と呟いて、リックさんが吹き出した。




