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144. 背中を守る者

「一番大きい角と魔石は持って行くけど、それでもいいですか?」


 イザムの申し出にも即座に首を縦に振る。


「一週間食事付きで止まってもらってもそっちが大損だよ。そっちの嬢ちゃんはともかく、兄ちゃんは細っこくて若いのに……そんな目立たないなりで嬢ちゃんだけじゃなくて兄ちゃんも訪問者かい? 流石だな」


 イザムの肩を叩きながら気持ちよく笑った。


「他に生け捕りの仔モッソスが十匹いるんですけど、この辺ではどうしてますか?」


 続けて聞いた質問に、主人の顔が輝いた。


「子どもを捕まえたのか! そいつはお手柄だ。養豚場である程度まで大きくしてから肉にするんだよ。うまいからな。

 小さいうちはおとなしいし、丈夫で飼いやすいからペットとしても人気だが、そういったサイズのはなかなか手に入らない――その時期は親が狂暴でな。今、俺たちが困ってるのもそいつなんだよ。一頭が山に居ついてるんだ。なんでも城から兵士を出すとか出さないとか――」


 それを聞いて勇が唇の端を上げた。


「本当に、したたかだな、この国の人たちは」


 呟いた言葉はきつくても声が笑っている。


「じゃあ、ちょうどよかったですね、今日からは安心だ。あいつら確かに見た目はかわいかったし。それで、一緒にそいつらも引き受けてもらえますか。僕ら午後には出発したいんで」


 主人がまじまじとイザムを見る。ちょっと疑いの交じった目だ。

 そこにピキュピキュと騒がしい大きな籠をぶら下げたイアゴが空から降りてきて、あたりがざわついた。イアゴが一瞬で快活な少年の姿に変わる。


「任務完了~♪ マスター、ここでいいですか」

「なんだよ、そのマスターっての」


 イアゴの完了報告にあきれ顔でイザムが聞くと、「ヴェッラちゃんが教えてくれた新しい言葉です。ご主人って言ったら年寄りみたいだからダメだって言われて。ヌシもアルジもダメだって」と、にこやかな返事。


 わたしは籠に近づいて騒がしいウリボウたちを眺めた。確かに親と一緒にいるときはそれどころじゃないだろうけど、ペットとして人気っていうのがよくわかる愛らしさだ。


「年寄り……まあ、いいか」


 聞き流すことにしたらしいイザムが宿屋の主人に向き直る。


「あと四匹は馬で運んでるんで、もうちょっとかかると思います」


 今度こそ信じたらしく、主人があんぐりと口を開けてフードから出ているイザムの顎のあたりを見つめた。騒々しい籠とイザムを交互に指さして見比べて――「兄ちゃん、あいつを倒したのか? その細腕で?」ようやくそう聞いた。


「いえいえ、僕じゃありません。僕は解体しただけで」


 イザムが否定すると、主人はほっとした顔になった。


「ああ、そうか、そうだよな。俺としたことが早合点した。びっくりしちまった」


 そう言って笑いながら額の汗を拭いた。


「僕は戦闘向けじゃないんで――八割がた彼女です」


 そう言ってわたしを見る。


 宿の主人が途端に大声で笑い出した。


「いやいや、兄ちゃん、からかっちゃいけねえよ、その嬢ちゃんなんぞ、訪問者とはいえ兄ちゃんよりも細っこいじゃねえか。なあ?」


 わたしに同意を求めつつ、はっはっは、と豪快に笑う。


「……八割ってことはない、んじゃない?」


 全否定するわけにもいかずに答えた。


「いや、あのまま続ければ、もう十分もすれば倒せたよ。単に筋力の問題だし、リックも来たから終わらせたけど」


 そうか、と思いながら主人を見れば、今度は顎が落ちて口が開きっぱなしになっていた。わたしを見る目が化け物を見たように見開かれている。


 いや、そんな顔で、見なくても。


 イザムがくくっと笑うその横で、宿の従業員さんがてきぱきと全ての部位をテーブルに並べ終えた。

 出入口近くに吊るしてあった鐘を、同じく吊るしてあった木槌で叩くと、カーンカーンと澄んだ音が響いて、あっという間に人が集まってきた。


 中にいたらしいヴェッラとタイガくんも出て来た。


「おお、ここではそういう仕組みか~」


 鐘を見上げて楽しそうに言うイザムに、「魔獣退治終わったんだ? どうでした?」とタイガくんが聞く。


「ほとんどアイリーンが倒した。冬の間にずいぶんスキルアップしてて、向こうの攻撃が一回も当たってない」


 にやりと笑う。


「じゃんけんハンマーやってみろよ、勝っても絶対当たんないし、負けたら即座に叩かれるぞ」

「へえ。じゃあ今度やりましょう!」


 嬉々として挑戦された。そこで引かないところがイザムとは違う。

 イザムはけっこう負けず嫌いなので、分の悪い勝負は嫌いだから。


「わぁ! これ何? 超かわい~!」


 ヴェッラが歓声を上げて籠に駆け寄ってきたので、一緒に見る。

 

「魔獣の子どもだよ。こっちではペットにする人もいるんだって」

「へ~、かわいいね~なんか、ウリボウ、みたいな。あれ? リックさんは?」

「あいつは馬だからまだかかるけど、あと四匹連れてる」


 わいわい盛り上がるわたしたちの横で、地元の人たちはイノシシもどき――モッソス――の量り売りを始めた。食肉としてとても人気があるらしく、みんなの表情が明るい。かわいいチビもいるとあって、大賑わいだ。チビたちは後で競売になる様子。


「後は任せて俺たちは休憩しようか。今日はもう転移させたくないし、ずいぶん動いたからアイリーンは上で風呂使う? 部屋にバスタブを入れてもらえば、お湯を入れるとこまではやるよ――もちろん一緒に入ってもいいんだけど――わかってる、冗談。でも水を温めるのは苦手だろ?」


 まだ信じられないといった表情でこっちを見ていた宿屋のご主人だったけれど、イザムの言葉を聞くと「すぐ手配します」と言って一目散に宿屋の中に駆け込んだ。その背中にイザムが「バスタブは空でいいですよ!」と声をかける。


「動いたからお風呂はありがたいけど、そもそもバスタブとかあるのかな、ここ」

「国境の街には大抵あるから大丈夫だよ。なかったらないって言うだろうし」


 それもそうか――でもまだ午前の早い時間なのにお風呂なんて贅沢だな。


 そう思いながらモッソスの販売を見物してるタイガくんとヴェッラをその場に残して宿屋の中に入る。明るい午前中の外から室内に入ったせいで、ずいぶん暗く感じられて、瞬きを繰り返した。


「一応聞くけど、怪我はないよね?」


 気遣う声に隣を見る。


「ないよ、大丈夫。イザムは?」

「全然。できるだけ手早く終わらせたつもりだけど、解体作業を見たせいで気持ち悪いとかは?」

「それもない。ウリボウを回収して籠に詰める方に集中してたから、一番グロイとこは見てないし」


 それもたぶん、そういうつもりで仕事を回してくれたんだと思う。


「ならよかった」


 わいわい盛り上がる表の喧騒を背後に、イザムに手を引かれるまま奥に進むうちに目が慣れて、この宿も一階が食堂を兼ねていることがわかった。宿泊用の部屋は二階と三階。ここでもそれがスタンダードらしい。表のにぎわいに引かれたのか、中にはほとんど人がいなかった。


「空のコップ二つ下さい」


 イザムがそう声をかけて、不思議そうな顔をした従業員にコップを二つもらう。

 空いたテーブルに座るとローブのフードを上げて、「ほら、水分とって」いつものように手の一振りで水を入れてくれた。


 そうやって絶え間なく甘やかすから、甘えられること自体残ってないような……いや、もともと甘える性格でもないんだけど。それになんか、これに慣れちゃいけないような気がするんだよ……。


 そう思いながらも受け取って感謝の言葉を口にした。

 甘えられること、何かあるかな。


「ね、目的の魔獣はあれだったみたいだし、午後には隣の国に向かうなら、後で散歩につきあってもらってもいい? 初めての場所だから少し見学したいんだけど」


 甘えるのとは違うかもしれないけど、そう頼んでみると笑って頷いてくれた。


「せっかくだから町の噂を拾いたいな。目立たないようにこっちの服で行こう――」


 けど、何か思い出したようで、すぐに不機嫌そうに眉を寄せた。

 暫く無言でじっとこっちを見た後で、小さく息を吐く。


「お前、戦闘中に俺を庇ったり、逃がしたりしようとするなよ」


 さっきの言い合いについて、か。


「でも、魔導士は後方支援ジョブだって自分で言ってたじゃない。戦闘向きじゃないんでしょ?」

「後方支援ってのは隠れるとか逃げることじゃない。俺だって攻撃魔法が使えるし、補助魔法も使えるって言ったろ? 防御もできるんだぞ?」

「でも怪我をされたら困るし」

「回復魔法も使える」

「でも怪我したら痛いでしょ」


 わたしがイザムに隠れていて欲しかったのは、自分は戦闘向きじゃないってわかっているのに、イザムがそこにいるのは、わたしのためだと思うからだ。


「お前が怪我する方が困るから、自分一人に集中してくれ」


 返事をしかねてまっすぐ見つめると、イザムは困った顔になってこめかみに手を当てた。


「だってそれはどういう理由? わたしだってイザムが怪我するとか、嫌なんだけど。支援魔法は木の上からでもかけられるでしょ?」


 だったらさっきみたいな時は見えないところにいてくれた方が安心だ。わたしが相手の攻撃を躱せるのははっきりしていたんだし。

 そう思っていたら、今度ははっきりとため息を吐かれた。


「後ろにもう一人いるだけでも敵にとっては牽制になるし、何より俺が怪我してもお前の「嫌」で済むけど、俺の「嫌」だと雷が落ちたり、竜巻が起きたり、氷漬けになったりしてるだろ?」


 それはまあ、そうだけど。


「イノシシなら黒焦げで済んだかもしれないけど、人だったら死んでるかもしれない。今のところシンのゲーロとレオの氷漬け以外ははっきり意図してやったことだけど――お前が関わると加減が難しいんだよ。特に怪我されたりすると。下手すると味方に巻き添えになるやつが出るかもしれない。

 だから、俺のことは二の次でいいし、そもそものレベルが違う。そういう意味では、お前の後ろにいるのはジョーズかゴジラだって認識で、間違いないんだ。だから自分のことだけ考えろ」


 ジョーズって言われた時には嫌そうだったのに、自分で認めた。


「……駆け付けてくれたのはコナ〇君じゃなかったの?」


 とりあえず、そう聞いてみる。


「そう思ってくれた方が嬉しいけど、三百歳の大魔導士だろ? そんな噂の立つやつが、あんなかわいいモノのわけがない。グループ行動で巻き添えは出したくないし、この先何が出てきても、まず自分のことを優先しろよ」


 そう言って自分のカップの水を飲み干すと、立ち上がるように促す。


「ほら、行くぞ。風呂だろ――。まったく、強くなったのはいいけど、後ろに立ってても太腿もろくに見えないんじゃ、楽しみも半減――」


 ん~?


 現実で五歳児並みの嫉妬をしていた姿は思わず笑っちゃうくらいかわいかったし、今もそんなに恐ろしいものには見えない。

 背後は安心して任せていい――そういう意味だと思って、最後の一言は聞き流すことにした。

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