143. モッソス討伐
「あの岩みたいなやつ。あれが親か……魔法攻撃はあんまり効かなそうだ。そこそこ大きさもある……シルバーたちがいたらあっという間だろうけど……ちびの数も多いし、リックの力量も見たいし、到着を待つか」
イザムが呟いて後ずさる。
静かに十メートルほど離れたところで、空にさっと影がさした。イアゴが上空を通ったのだ。魔獣を探して低空飛行をしていたせいで、けっこう大きい影だった。そして、ウリボウたちが驚いて騒ぎ出す鳴き声、その数秒後にけたたましい唸り声とも叫び声ともつかない啼き声が続いた。
「あ~、起きたな。あれ」
イザムの呟き声に、上空から降ってくるイアゴの甲高い啼き声が重なった。
「だね」
静かに振り向く。おそらくあの親イノシシがわたしたちの匂いに気付いて追ってくるまで、たいして時間はない。
「イザム、ちょっとその辺の木にでも登ってたら? 危ないよ?」
確か体力はないって言ってたはずだ。
「え、お前残して隠れるとか、ありえないでしょ?」
びっくりしたように言われたけど、ありだと思う。
「だって、わたしの方が逃げ足は速いでしょ? イザムが逃げ遅れたら助けてる余裕ないかも」
「俺のことなら捨ててっても平気って話、前にしたよね?」
気に食わないって顔で言われたけど、気に入らないのはわたしも一緒だ。
「そうだっけ? でもそういうの、好きじゃないし。わたしはもともと攻撃は避けるタイプだし、イノシシの攻撃なんて、受けたら飛ばされそう。だから、イザムも自力で避けてよ」
わたしは、ちょっとした攻撃はできても守りには向いてない。
「知ってるしそのつもりだけど、とりあえず、敵に集中してくれる? 来るよ」
緑の光とともに、頭の中に響く声。モッソス レベル:15 HP:172 MP:45 弱点および特技:一点集中 属性:土
それって弱点なのか?
でもつまり、その一点を回避できれば大丈夫、防御できるってことで、問題は攻撃だ。
的は大きいけど、はたしてわたしのちまちまとした攻撃でダメージを与えられるのか――まさに猪突猛進といった様子で、軽く地響きをさせながら突進してくる岩のようなイノシシもどき。最初の突撃は、跳び箱の要領で飛んで躱した――ついでに首の後ろを小刀で突いてみる。
硬い。刃が入らない。背中側はダメか。そうなら、狙うのは目、鼻、耳、お腹、足止めには、腱――堅そうだな。
「イザム、これ、獲った後どうするっ!?」
躱した猪もどきに再度向き合いながら聞いた。
「食用!」
「目は潰してもいいの!?」
「残したい。足止めできるか?」
「ウリボウのほうは?」
「後で捕獲する!」
「了解っ!」
戻って来たイノシシもどきを再度躱し、すれ違いざまに後ろ足の腱を狙うと、石の表面を刃物でこするような嫌な手ごたえがあって、何本かの毛が飛んだ。
「皮が硬いから時間かかるかも! スピードは問題ないから離れてて!」
「冗談! 囮になるから狙え!」
「怪我されると嫌だからどいてて!」
「しても治せる!」
「しない方向で努力してよ!」
「男女交際と一緒にすんな!」
言い合いになっていたら、三度突進してきたイノシシもどきの鼻先をイアゴがすり抜けるように飛んだ。イノシシもどきが驚いたように踵を返し、数メートルバックしてたたらを踏む。
すごい鼻息だ。
「遊ぶなら、俺が相手してもいいですか?」
人型に戻ったイアゴがそう言ってイノシシの正面に降り立った。
「お~、やっとけ、やっとけ。そのうちリックも来るし。ほら、アイリーンは後ろ足だろ、イアゴが代わってくれるみたいだから、俺は見物する」
イアゴが入った途端に急にやる気をなくしたイザムが近くの木にもたれかかった。
なんか、その変わりっぷりにちょっと腹が立つ。
そこからだいたい五分ほど、イアゴに翻弄されて右に左にと走るイノシシもどきが目の前を通るたびに攻撃を加え続けて、やっと勢いが弱まってきた。後ろの足首からかなりの流血があるのにまだ走るのをやめようとしない。手元の小刀は刃こぼれ一つしていないから、問題はわたしの方だ。
「これは、威力の問題だな……」
相手の皮膚に対してわたしの力が弱すぎるんだ。飛び道具で眼を潰すのがいいと思うんだけど、そうしないとしたら、どうするのがいいかな。
「そうだね。アイリーンの力だと、そいつの腱を切るには足りないってことだ」
いつの間にか近くに来ていたイザムが言って、「気が付いたことだし、加勢するよ」と言葉を続けるなり白い光に包まれた。
攻撃力UP:50%
頭の中に声が響いた途端に、手の中の小刀が重みを失った。軽すぎて玩具みたい。
この武器じゃ、合わない。そう判断してウエストポーチ的アイテム入れを探って、取り出すのは日本刀――結構重いし、素振りの練習にしか使えないと思っていたけど、今なら使えそうだ。
「これでいけるかな……」
すらりと抜き放って振ってみる、ちょっと重い。もうちょっと短い方が、と考え直して脇差に持ち替える。
「うん、こっちか」
しゅ、と横向きに刃を振りだしたその先に、馬を走らせてリックさんが到着したのが見えた。
それを見て、「じゃ、後はよろしく」あっさりと後退するイザムと、
「え、もう終わりにしちゃいます?」と、物足りなそうなイアゴと、
「やった~、リックさん、来た!」と喜ぶわたし。
馬から降りる新しい敵に向かって走り出すイノシシの方が、もう勘弁な感じだったんじゃないかと思う。
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リボンのような紐をたすき掛けにしてローブの袖を留め、倒した魔獣を嬉々として解体するイザムの手つきとスピードに、ウリボウ回収中のリックさんが眼を剥き、イアゴはウリボウ回収ついでに時々イザムの隣に行っておこぼれをもらい、わたしは残されたウリボウを追いかけながら、そんな二人と解体中のブツを直視しないように距離を取る――。
間もなく、生け捕りにしたウリボウたち――ピキュピキュと小さな声で鳴く様子はあの親を思わせるところが全くなくて、毛も柔らかいし、焦げ茶のクッションに足が生えてるみたいでかわいらしく、蹄も丸くて威力がない――をぎゅうぎゅう詰めにした籠が二つと、すっかり解体されつくしたイノシシもどき(血抜きした血と内臓は地面に穴を掘ってかなり深く埋めた)の、食用になった肉と出汁になりそうな骨や皮などを詰め込んだ大きな革袋五つが整った。
「こんなにたくさん、どうやって運ぶんだ」
リックさんがつぶやく。
「アイテムとして片づけて運んでもいいけど、どうせすぐ売るし、俺が転移させられる。もう死んでるし自分で解体したやつだし、今回の戦いは魔力もほとんど使わないで、楽をさせてもらったから、余裕。チビたちは、イアゴ。いけるよな」
そう言われてイアゴがちょっとひるんだ。十匹は多いらしい。
「二匹引き受ける。馬の両側に。二匹ずつ四匹でもいい」
すかさずリックさんが申し出ると、イアゴの顔が明るくなった。
「リック、いいやつだな。お礼にしばらくは邪魔しないでおとなしくしておいてやるよ」
すぐさまウリボウたちを四匹と六匹に分けると、鷲の姿になって、太い鉤爪で六匹入った方を掴んで舞い上がる。イアゴは上空でくるりと回ってから飛んでいった。
リックさんが残されたウリボウたちを馬の両側に括り付ける間に、イザムは革袋を縦に積み上げた。
「リック、無理しないで、自分のペースで戻って来いよ。そいつらは売りさばくだけだし、国境を超えるのに時間は決めてないから」
ローブのフードをおろすと積み上げた革袋に片手を置いて、反対の手でわたしの手をつかむ。
「じゃ、後で」
それだけ言うと、わたしにはお馴染みの緑の光。到着したのは宿屋の前だった。突然現れたわたしとイザムと五つの袋に、戸口で立ち話をしていた男性二人が驚いた目を向ける。
「ちょっとだけ荷物番しててくれる? これ、どこで売れるか聞いてくるから」
そう言って中に入ったイザムは、本当にすぐに出てきた。宿の従業員なのか、男性が一緒に出て来る。
「ここで広げていいってさ」
袋の大きさを確認して中に戻った男性は同じような格好をした男性と一緒に戻ってきた。長テーブルを運び出して宿屋の軒下に並べると、革袋を開けて、一時間前までは生きていた、解体ほやほやの魔獣(角や骨の一部以外は普通の食肉に見える)を並べて行く。
宿屋の主人らしき人も出てきた。
「やあ、なかなか大物だったようだな」
笑顔でイザムと話し出す。売上げ金を全額寄付する代わりに昼ご飯をただでもらいたいことと、休憩のための部屋を昼まで借りたい、という話をすると、主人が目を輝かせ、どうせなら売るのも代わりにやる、と言ってくれた。




