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142. ヘンリック、合流

「ここまで追い込むとは、見事だな!」

「大きいのは、苦手ですけど! ……それに、とどめはお願いします!」


 身を隠した木の前を通り過ぎ、その先に立つ男性の方に突っ込んで行く岩のようなイノシシもどき――牙がない変わりに銀色に光る角が五本もある――の両後ろ足に刀を打ち込んで腱を切断すると、イノシシもどきは悲鳴をあげて転がったものの、起きあがろうと激しく暴れた。


 落ちついた動きでその首元にずぶりと深く剣を刺す、ややしっかりした体形の男性は――王子様というよりは猟師で通用しそうな、ヘンリック様――リックさんだ。


 ここは、マルテスコートからフォーレイザに向かう山側の門近くの山地。

なんだかんだで春休みが来るまでマルテスコートに滞在したタイガくんとヴェッラのところに到着してみると、ヘンリック様だけじゃなくて、イザムの使い魔の一匹、大鷲のイアゴもそこに合流していた。


 ~~~~~~


 城下でのんびりとわたしたちを待っていたところに、山岳地帯で出没中の魔獣をどうにかしてくれないかという話がきたのは、わたしとイザムが現実で春休みの初日を過ごしていた日のことで、わたしが帰ったあとでこっちを訪れたイザムはその話を聞いて、異世界組に次の国境越えは魔獣退治を兼ねて山側の門から行うのでそちら側に移動しておいて欲しいと伝えたらしい。

 もちろんタイガくんもヴェッラもそういった戦闘関係は不得手なので、門より山側には向かわず、門の街で待機していてもらい、そこにわたしとイザムが合流したのだ――それが異世界時間で今日の朝。


 わたしは例の制服もどきで、髪の毛はハーフアップのまま――髪型についてはもう、どうでもいいやって気になってきたのでほったらかし。イザムはいつものダボダボのローブでフードを深くかぶったまま。

 そんな感じで宿のドアを開けた途端に、朝食を終えてゆっくりしていたらしいヴェッラに熱烈歓迎された――女子一人だったっていうのもあるし、タイガくんとヘンリック様の間に挟まれて微妙な牽制に困ってたっていうものあるし、そこにイアゴもちょいちょい突っ込み参戦してたらしく(困らない程度にとは言ってたけど)精神的にかなり疲れたらしい。


 イザムはヘンリック様を見るなり指を二本立てた。


「手を出そうとしたらゲーロでドッレビートに送り返される。ステータス異常を引き起こす魔法は危険なため治癒魔法であってもかけない」


 ヘンリック様が動じない様子で言った。


 何かと思ってイザムを見上げれば、「アイリーンに関する注意事項」と、しれっと言われた。


「アルフレッドからも聞いていると思うが、私は魔法が苦手なので、武術と交渉術の方で役に立てればと思っている」


 かっちりした話し方が、アルフレッド様とは違う。王位継承者という責任感を感じさせるし、短く刈った髪も四角四面な印象。


 ほええ~、と思いながら見ていたら、ヘンリック様はわたしの方を見て微笑んだ。


「初めて会ってからなかなかお話しする機会もなく過ごしておりましたが、こうして親交を深める機会を持てたことを嬉しく思います。妃候補と考えるなとあちこちから釘を刺されておりますので、警戒せず過ごしていただければ幸いです」


 すらすらとそう言ってから腰をかがめ、イザムをちらりと見て右手を差し出す――わたしもちらりとイザムを見れば、見られたイザムがフードの奥で苦笑した。


 大丈夫、らしい。


 差し出された右手に、こちらも同じく右手で応えると、ついと引いて手の甲に軽くキスを落として、視線を合わせ直して笑顔を見せてから、立ち上がって手を離す――アルフさんもそうだったけど、こういう挨拶は、さすがに慣れたもので、淀みない流れるような動きだった。


 タイガくんがかすかに目を見張る。

 ヴェッラが、「さすが、堂に入るって感じ」と呟いた。


「だな」イザムが賛成して少しフードを浅くすると、「それってコツがある? あ、敬語の方がいい?」と聞いた。


「挨拶のコツならば、姿勢を崩さず、視線を目、もしくは顔からそらさず、あとは練習あるのみ。母を相手に何千回とやらされた。言葉使いは好きなようにしてくれてかまわない」


 やっぱり四角四面な受け答えだ。


「何千回……それだけやれば嫌でも身につくかもしれないけど、それだけやる前に飽きそうだな。でもどっかで役に立つかもしれないし、アイリーン、後で何回か練習させてくれる? リック、見てくれるか?」


 リック!?


「了解した」


 突然のリック呼びに、ヘンリック様が一瞬たじろいだような気がしたけど、あっさり受け入れる。


「リック? その呼び方、いいね。ぴったり」


 ヴェッラが喜んだ。


「ヘンリーでもいいけど、おとなしい感じになるし、リックの方が合ってると思って。リック、俺のことはイザムでいいよ」

「あ、わたしもアイリーンって呼び捨てで。でも年上の方を呼び捨てにするのは慣れてないのでさん、つけます」

「僕もタイガ、で。さん、つけます。……あと、僕も挨拶の練習をさせてもらいたいです。ヴェッラ、相手してくれる?」

「いいよ」


 そんなやり取りにリックさんがわずかに目を細めた。


「ヴェッラの挨拶は美しいし、アイリーンも二度目に会ったときの挨拶は申し分なかったが、あちらではマナーは女性だけのものなのか?」

「ああ、向こうではこんな改まった挨拶なんて滅多なことではしないんだよ。握手だって機会はそんなに多くない。ヴェッラの挨拶がきれいなのはヴェッラが踊りを習う中で身についたものだろうし、アイリーンのはこっちに来てから練習した成果だ。俺たちは誰にも教わってないから、そういうのは苦手なんだよ」


 イザムが説明すると、リックさんは今度は眉を寄せた。


「なら、美しい女性に初めて会って、仲良くなりたいと思ったときはどうするんだ?」


 そう聞かれてイザムの眉が上がる。


「ええっと? 声をかけるのか? ナンパってこと? 俺はやったことないからわかんないけど……タイガ、ある?」


 急にしどろもどろになってタイガくんに振った。


「あるわけないじゃないですか! そもそも美しいどころか人がいることしか見えないのに。僕が声をかけたことがあるのはヴェッラだけです! それだってナンパとかそういうんじゃないし」


 振られたタイガ君もおたおたしてる。


「あ、わりぃ、お前の目のこと忘れてた」


 つい忘れてしまうけど――確かに。タイガくんは目が不自由なんだった。

 

「向こうは随分なところのようだな。女性に声をかけることも難しいとは……それで訪問者たちはそのように整った容姿を持ちながらも一人に固執するか、あの輩のように大勢を手に入れようとするのか」


 レオさんの話を聞いていたらしいリックさんは、首を振って、なにやら事実とは異なる考察を呟いた。……まあ、いいか。


 ~~~~~~


 そんな感じで合流したのが今朝のこと。わたしたちは昨日からみんなが滞在中だという宿にヴェッラとタイガくんを留守番として残し、魔獣退治に山に向かった。

 イアゴは空から。だけど晩春から初夏に向かう山の木々には一斉に吹き出した緑が溢れてちらちら光り、その下で動く動物は見えにくいらしい。


「大型だと見つけやすくて助かるんだけど」


 そう言って大きな鷲の姿になり、一声啼いて空に飛び上がったイアゴを見て、ヴェッラとリックさんが目を丸くした。ヴェッラには話したことがあったはずだけど、二人とも人の姿しか見ていなかったらしい。


「ね? かわいいでしょ。艶々しててすべすべなんだよ」


 ここぞとばかりに褒めておく。


「じゃ、行って来るから。昼はここで取るつもりだけど、一応いつでも出られるようにはしといて」


 相変わらずピクニックにでも行くような呑気さで、イザムが手を振り、リックさんが馬に乗る。その胸には濃茶の石がついたペンダント――みんなとお揃いの、イザムのお手製だ。アルフさんのは青だったから、交換するのではなく、それぞれに作っているらしい。


「とりあえず、まっすぐあっちの方を目指してみよう。俺とアイリーンは転移しながら行くから、リックは追いついてきて。そのうちイアゴが見つけるだろうけど、アイリーンが先に気づいたら、俺たちで始めちゃうから、近づくときは気をつけて」


 リックさんにそう言ってからわたしの方に差し出された手を取れば、あっという間に緑の光に包まれて、次の瞬間には山の上だった。


「今日、もう三回目の転移だけど、大丈夫?」


 人気がなくなったとたんにフードを脱いだイザムがのぞき込むように眼を合わせてくる。


「平気。慣れてきたのかな」


 そう言って笑えば、イザムも安心したように笑顔になった。


「このあたりの魔獣だと……熊系か猪系、穴熊系や狸系がありかな。レアなのは熊系だけど、大きさによってはアイリーンじゃとどめはさせないかもしれない。俺がなんとかできるかどうかは魔法の相性次第だし、リックを待ってもいいけど、とりあえず何が出ても情報を送るよ。あと、問題は獲った後でどうするかだな」

「獲った後?」

「アイテムか、食用か、ペットか、放置か」


 歩きながらそんな話をしていると、早速、さわりと腕の毛が逆立った。


「何かいる。たぶんあっちの方」


 わずかな違いだけど右腕の方が竦んでる……冬の間の子狼たちとのじゃれあいや獲物探しがしっかり実を結んでいるようだ。


「けっこう人里に近いな……ま、転移回数が少ないのは助かるけど」


 イザムがわたしたちに魔法と物理攻撃への防御呪文をかける。ゆっくり先に進んだ。


 ちょっと開けた窪地にわたしの身長より少し低いくらいの岩があって、そこに小さな――といってもトースターくらいはありそうな――ウリボウらしきものたちが十匹、群れていた。

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