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141. 閑話 春休みの伸びしろ 荻原陸

 ちょっと、びっくりした。

 いや、だいぶ、びっくりしたっていった方がいいかも。


 三学期最終日の帰り、同じクラスの女子を途中まで送った。


 ――中学からつるんでる三人の仲間、俺と雄吾と圭太。雄吾にはこの冬に彼女ができた。高校に入ってから知り合った同じクラスの子で、小柄でおとなしい感じの子だった。

 圭太には前から片思い中の子がいて、つき合いたいって思ってるのはクラス中にバレバレだけど、肝心の女子――小学校から一緒の陽菜――の方はそんなに興味がないような、それとも照れてるだけなのか、まあ、俺にはよくわからない。

 ただ、高一をそんな状態で過ごした圭太が、二年へのクラス替えも控え、受験という重荷もなく遊べる高二の夏に向けて、この春休みのうちに自分の地位を彼氏に格上げしたいって思ってる気持ちの方はものすごくよくわかる。


 俺自身は、彼女がいたらいいな、とは思うけど、この子限定って思うようなそんな感じはこれまでなかったから、もちろんつき合うことに漠然とした憧れはあったけど、漫画に出てくるようなかわいい子が俺のこと好きになって告白とかしてくんないかな~みたいな、ちょっとずるい妄想を日々楽しんでいた。

 

 まあそんなわけで、高一の最終日に、教室で来年度の選択教科の資料を広げて、雄吾の彼女の玲奈ちゃんと、圭太のお目当ての同中の陽菜と、その友達で玲奈ちゃんと同中の愛梨ちゃんがあれこれと話しているところに圭太が参加したのは、来年度の選択授業で陽菜と同じ教科を取りたいだけじゃなくて、春休みに遊ぶためだとすぐわかったし、俺が近くで待機したのは、陽菜が圭太と二人で出かけるのを渋ったときにみんなで行く流れに持って行くためでもあり、せっかくの休みだから、恋愛感情はなくても女子と一緒も楽しいかなって思ったから――けっこう計算高いけど、そのくらいはいいと思う。

 まずは選択教科の話に参加した圭太を「お前それ取るの? レベル的に付いてけなくない?」なんてからかいながら、「美術か音楽がどっちか必修だけどどっちにする?」とか、「前期の体育はバレーと卓球ならどっち?」とか、確実なところを確認させた。どうでもいいところなら合わせやすい。


 そんな話の途中に、見慣れない男子が一人割り込んできて、愛梨ちゃんに声をかけた。内容はどうでもいいことだったし、すぐ出て行ったけど、どうでもいいことだけに、これは、牽制かなって思った――。

 なんていうか、長髪で顔をほとんど隠してて、にぶそうで暗そうで引っ込み思案そうな、よそのクラスで友達と話してる女子に声をかけるやつには見えなかったし。

 わざわざこのタイミングで声をかけるってことは、つまりちょっと縄張り意識があるのかもしれない。


「今の、彼氏?」


 確認がてら聞いてみた。


「あ~、幼馴染。二組だから体育も違うし、あんまり会わないけど、家が近くて保育所から一緒」


 あっさり返事が返ってきて彼氏ではないとわかった。で、幼馴染ってことは玲奈ちゃんも小中一緒だったってことだ。でも玲奈ちゃんは特に何もコメントしなかった。まあ、あんな目立たないやつの情報がでてくることを期待したりしない。


「へ~」


 もし仲がいいなら、春休みの外出にあいつも誘おうとか、愛梨ちゃんは行かないとか、そういうリアクションもあるかもしれないな、と思いながら流した。


 だんだん人数が減っていく教室で、圭太は粘って春休みの約束を取り付けようとしている。

 と、愛梨ちゃんが軽く目を見開いて周りを見回した後で圭太を見た。ちょっと眉を寄せてから、粘る圭太を見て――幸せそうに笑った。


 びっくりだった。


 たまたまかもしれないけど、そんなふうにふんわりと笑うところをこれまで見たことはなかった。


 そのままじっと圭太を見守る愛梨ちゃんの表情はすごく穏やかで、「活発な子」っていう印象しかなかっただけに、俺はそれだけでかなりびっくりした。

 その後圭太はどうにかみんなで遊びに行く約束を取り付け、一緒に教室を出た。目の端にさっきのやつの姿が移ったけど、声をかけてこようとはしなかったし、俺も無視した。


 駅に向かって歩く途中、俺は愛梨ちゃんを観察した。さっきみたいに笑うところがまた見られるかもしれないと思って。

 だけど、愛梨ちゃんが見ていたのは圭太じゃなくて、今回は雄吾と玲奈ちゃんだった。じっと見つめた後で、愛梨ちゃんは赤面して目をそらした。なんかちょっともじもじしてる――かわいい。


 なんだ、これ。


「愛梨ちゃん、なんか楽しそうだね」


 そう声をかけると、初めて俺に気がついたようにこっちを見た。


「うん。前の二人、楽しそうだなって思ってたとこ」

「そうだね。つきあってるし」

「うん」


 そう言って、それが自分でもおかしかったみたいに、ふふっと笑ってまた雄吾たちの方を見た。目じりが下がる。


 かわいい。

 そしてこれって、愛梨ちゃんも彼氏が欲しいって思ってるって、そういうことかな。


 電車は、中学が同じ俺たちとは愛梨ちゃん玲奈ちゃんは方向が逆だ。なんとなく別れがたいような気がするな、と思っていたら、雄吾が「俺、玲奈を送るからそっち行く」と逆方向に向かった。

「いいの?」って嬉しそうな顔で見上げる玲奈ちゃん。

 くそ羨ましい。

 気がついた時には、「あ、じゃあ、俺も愛梨ちゃん送ろうかな」って言っていた。


「え? わたし?」


 あきらかに予想外だったらしい俺の申し出に、愛梨ちゃんはびっくりした顔をした。俺も自分で言ったくせにびっくりしたけど、それでも、圭太と陽菜の方に目をやってから愛梨ちゃんに判るように小さく片目をつぶると、俺の意図を汲んでくれたらしく、「じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらおうかな」と、言ってくれた。


「え? 愛梨マジで?」


 驚いた陽菜の声、その背後で圭太が両手を合わせた。


「帰りの雄吾の話し相手になるし?」ってとりなして、先に歩きだした雄吾たちを追いかける。声が届かないくらい離れたところで、どこまで行くのか聞いたら、「四つ目だけど、でも、本当に来てもらわなくても、一本ずらして帰ればそれで……」って消極的な返事が返ってきた。


 ちょっとがっかりしたので、「いいよ、じゃあ時間つぶしにどっかでお茶してく?」って、俺にしては思い切って聞いてみた。


「へっ?」


 全く予想外の言葉だったらしく目が真ん丸になって、その顔がおもしろかわいくて吹き出した。でも、さすがに失礼かな、と思ったし、照れ隠しに「送るよ」とだけ言って歩きだすと、ちゃんとついて来る。

 向かいのホームの陽菜たちを見ながらのんびり電車を待つ。雄吾たちとはちょっと離れて立った。わざわざ邪魔をすることもない。


 これ、傍目に見たら俺たちもつきあってるように見えるかな……いや、距離的に見えないか。


 雑談をしていて、愛梨ちゃんはこの一年あれだけラブ光線を出しまくっていた圭太の恋心に今日初めて気づいたらしいことがわかった。活発そうな子だって思ってたけど、意外とおっとりしているのかもしれない。まあ、俺には女子のことはわかんないけど――いつも一個下の妹にお兄ちゃんは女心がわからないって言われてるし。


 電車はそれなりに混んでいて、俺たちはドア近くに立って銀の手すりを掴んだ。


 自分の手より低い位置を掴んだ愛梨ちゃんの手が、思っていたより小さいことに気が付いた。指も細いんだな――。そう思いながら顔を上げた、ら。


 愛梨ちゃんはまるで生まれて初めて物を見たかのような真面目な顔で、こっちを見ていた。

 少し首を傾げて、俺の肩から首へとゆっくり視線が移っていく。襟元あたりでちょっと眉を寄せたとおもったら、なんだかとてもいいものを見つけたみたいに一瞬笑った。


 心臓が跳ねた。

 なんだ、これ。


「愛梨ちゃん?」


 思わず声をかけたら、はっとして謝られたけど、黙ってるんだった――って、あとで後悔した。

 愛梨ちゃんの降りる駅まで一緒に帰って、そこで折り返した帰り道、俺の春休みへの期待はけっこう膨らんでいた。


 もちろん学校からずっと、ちょっと離れたところから俺を睨んでいた視線のことはすっきり無視だ。彼氏じゃないってことだし、みんなで出かける約束はとりつけてあるんだから。楽しく遊ぶくらい、いいと思う。


 そして、その後にどれだけ伸びしろがあるかは――ゆっくり見極めればいいんだ。

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