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140. 五歳児の安堵

「なんだよ、その男子の観察って。後、なんであいつだけ名前呼び?」


 でもまだ不満そうだ。


「勇、けっこう細かいとこ気にするね……まあ、話して気が済むならいいけど」


 男子を観察することにした理由を話すことにする。


「わたしさ、これまであんまり男子の顔とか身体とかマジ見したことなかったから、お尻がかわいいとか、ふくらはぎがかっこいいとか言われてもよくわからなくて。見たら失礼かと思ってたんだけど、そんなに気にすることもないのかなって思ったから、ちょっと観察してみようかと……あ、でも! お尻は見てないよ?

 それから、名前呼びは名前で呼んでいいって言われたからで、大きな意味はない」


 それを聞いて勇が呆れたような顔になった。


「それ、ヴェッラだろ」さらにちょっと迷惑そうな顔で付け足す。「尻の話はするなって言ったぞ?」

「いいじゃんお尻の話くらい。たぶんバレエのリフトしてもらうのに筋肉がどうとかってところから来てるんだと思うよ?」


 睨まれた。ダメなのか。


「俺が逆をやったらセクハラって言うだろ?」

「あ~、ん~……確かにそうかも。でもヴェッラはイザムのお尻の話はしなかったよ」


 ローブのせいでわからないっていう理由は黙ったままそう言ったら、怪訝な顔をされた。


「俺のだけ?」

「うん、そう」

「何で?」


 気になるのか。


「好みじゃないとか?」


 そう言ってみたら、なんとも複雑な表情になった――ちょっと笑える。


「愛梨は――、あいつが好みってわけじゃない?」


 質問が戻ったらしい。


「陸君? 正直、好みとかよくわかんないってことはわかった。人好きがして性格は良さそうだけど、それを言ったら他の二人だって変わらないし。せっかくだから春休みに会ったらもう少し観察してみようかと――そうだ、それより、すね毛がどうとかって、何なの!?」


 なんか、そこはものすごく気にくわない発言だったんだよね。


「え? ああ、すね毛じゃないのか。じゃあ胸毛?」

「は?」

「腹の毛?」

「はぁ?」

「え? まさか普通に髪の毛? でも確かにあの時は見てたし……」

「何が?」

「見ただろ?」

「え?」


 なんか、完全に話がかみ合ってないと思う。


「あっちで、俺がローブ脱いだ時、へその下に毛があるの、見ただろ?」


 な。


 おもいっきり返答に詰まった。


「な、んで、今、そんなこと急に」


 初めて異世界に行った、半年以上前の話だ。かーっと顔が熱くなって、思わず頬を押さえた。


「同好会の部室でもみんなの脚、見てたし」

「あれは! わたしが見てたんじゃなくて、部長さんがフィギュアの膝の骨が男子のと女子のじゃ違うって言って、みんなのを参考に……って、何? これ、何の話?」


 一体この会話はどこに向かっているんだ!?


「じゃあ何の毛だよ?」

「何の毛って、何がよ!!」

「何の毛が好きなのかって」

「毛なんかどこの毛だって好きじゃない! って、何言わせんのよ! もう、わたし今日は帰る! なんなの一体、わけわかんない」


 立ち上がろうとしたら当然のように抱えられて引き戻された。


「離せ!」


 振り切ろうとしたら、一拍空けて言われた。


「お前がシルバーとクロを好きなのは、毛が生えてるからだって、話だよ。ベルも」


 口調は穏やかになったけど、またわけがわからないところに話が飛んだ。


「話が見えないよ!」

「だから、お前が使い魔たちのことすごくかわいがる割りに、その主の俺はほったらかしなのは、毛が足りないせいじゃないかってシルバーが言うから……」

「は!?」


 何のボケかと思って顔を見れば、真剣な顔をしていた。


 マジか。そこを説明しろ、と?


「勇……人間の毛は、動物の毛とは違う。あんたの使い魔がふわふわしてかわいいのは確かだけど、普通は勇にも毛が生えていた方がいいとは思わないんじゃないの?」


 至極冷静に意見を言うと、勇ががっくり肩を落とした。


「じゃ、なんで俺はあいつらより扱いが悪いんだよ」


 別に、悪くないと思うけど。


「よくわからないけど、どうして欲しいわけ?」

「お前、あいつらといるときの方がリラックスしてるだろ? よく笑ってるし、しょっちゅう触ってるし、抱きついたりもするし、内緒話もするし、シルバーは枕かクッションの代わりになってるし、ベルは一緒に寝てるし、クロなんか胸のとこに入れてたりして――あ、それは無理だってわかってるけど――俺は――なんだよ?」


 聞きながら、自分が残念な物を見る顔になっていった自覚はある。


「いや、どうぞ、続けて?」


 たとえ向こうでも、この飼い主を使い魔たちと同じように扱うのは――到底無理というものだ。それがなぜわからない。


「俺は、もうちょっと……ごにょごにょ」


 うん? 久々にごにょごにょされたな。


「もうちょっと、何?」

「その……もうちょっと、甘えて欲しいし、甘えさせて欲しい」


 尻すぼみに小さくなる声と、伏せた顔。これ、真面目に言ってるんだよね……?


 どう応えたらいいのか、困る。


「甘えて欲しいって言うのは、もうさんざん甘やかされてる気がするから難しい気がするけど……甘えさせて欲しいって言うのは、具体的に何をしたいってこと? 言ってくれれば、可能な範囲で応えるよ」


 そう言ってみると、ぱっと顔を上げた勇の表情は明るかった。


「ホント? じゃあ、今日はあっちに行かないで、こっちで一緒に過ごすってことでいい?」


 珍しい要求だ。


「もちろんいいけど、何する? ゲーム? せっかく春休み初日なんだから、今日くらい勉強とか言わないで欲しいんだけど」

「そうだな~、下でDVDでも見ようか。あと、さっきの質問、まだ返事を聞いていないやつ、答えて?」


 こっちは意外に普通の要求だった。そしてさっきの質問……はあんまり覚えていなかった。


「最後の答えは『忘れてない』なんだけど、他の質問は忘れたから、知りたかったらもう一回聞いて」


 そう返事をしたら、「ならいいや」と言ってやっと離してくれた。


 ほっとして立ち上がると、「DVD、何見る?」そう言って本棚に手を伸ばす。


「下に親のやつもあるけど……」

「あんまりイタくないやつで」


 アニメも普通に好きだけど、露出が多くて舌足らずで声が甲高い女の子がいっぱい出てくるような、あんまりカワイイのは見ない。そういうのは男子が独自に楽しめばいいと思ってるし、そこにつき合う必要はないかなって思う。


「SF? アクション? ホラー? ミステリー?」

「そのジャンルなら、何でも行けるけど、ホラーならスプラッタじゃないやつ、オネガイシマス」


 そう言うと、勇がちょっと笑った。


「苦手?」

「まあ、得意ではないかな。テレビの画面なら映画館より怖くないかもしれないけど」


 すっかり雰囲気が変わった勇と下のリビングに移動する。


 テレビの前のテーブルにお茶とお菓子を並べて、わたしがここに来た時とは打って変わってご機嫌の勇がプレーヤーにディスクを入れるのを見ながら二人掛けのソファに座ろうとしたら、「ちょっと待って」と、止められた。

 どうしたのかと思っていたら、二人掛けのソファを押してその隣の一人用のソファをくっつけて三人分の広さにする。


「愛梨はこっち」


 わたしの席は二人掛けのソファの端らしい……なんだ?


 言われるままに腰掛けると、リモコンを手にしたまま、隣にやって来た勇がころりと横になった。


「膝枕♡」


 へへ、と笑って、くっつけた一人用のソファに足を乗せて、頭はわたしの膝の上。

 これはさっきの、甘えさせて、ってやつの続きか。


 害のない甘え方でよかった、とほっとしながら、時々五歳児に戻ったような行動をする勇を不思議に思う。


 横向きに転がって画面の方を見た勇は、髪の毛が顔の方に落ちてちょっと邪魔そうだ。


「ね、ここの髪の毛、編んでもいい?」


 そう言いながら手を伸ばすと、ちら、とこっちに視線を上げてから「いいけど……お前ってやっぱり毛が好きなんじゃないの?」と聞かれた。


「その疑惑を晴らすために、ここんとこ毟ろうか?」

 ふふふと不敵な笑みを見せれば、「失言でした。ハゲは勘弁してください」とあっさり降伏。


 画面の中で頭の毛の薄い男優が第一の殺人を犯すころ、膝の上から穏やかな寝息が聞こえてきた。

 ――これは、昨夜ちゃんと寝ていなかったってことだと思う。昨日の帰り、勇が見ていたことに気づかなかったのは悪かったな、と思いながらゆっくり残りの髪の毛に指を通すと、眠ったままの勇がほっとしたように息を吐いた。

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