14. 魔導士の館と使い魔
気を取り直してあちらこちらを見て回ると、家は三階建てで、わたしやイザムの部屋があるところが二階だった。同じ階には客間というか、空き部屋もある。
「仲間が増えるかもしれないしね」
三階は基本立ち入り禁止らしく、一つを除いてどのドアも開かなかった。扉にさわると緑色の魔法陣が浮かぶだけで、分厚いドアはどれもびくともしない。
「中には何が入ってるの?」
好奇心から尋ねると、「僕の宝物」そう言ってニヤリと笑われたので、詳しくは聞かないことにする。
きっと2Dか3Dのお宝か、世にも恐ろしい動植物の実験室に違いない。
こういうときは迂闊に刺激を与えてはいけない。ややもするとバラバラになった昆虫やトカゲのしっぽなどを見せられて、細胞分裂と新しい生成の記録などの説明をされることになる――現実世界で経験済みだ。
この階唯一の開いた扉は図書室のドアだった。なんでこの階のこの位置でこの広さ? って感じの大きさだった。
かなり高い天井までぎっしり本が詰まった本棚が並んでいて、外国の映画で見たことがあるような、スライドできる梯子が備え付けてある。学校の図書室みたいだ。
背表紙に書かれた文字はどれ一つとして読めない。
何のためにこんなにたくさんの本を持っている必要があるのかと思っていたら、一冊引き抜いて渡された。開いたとたんに見慣れた日本語の文字が浮かび上がる。――魔法に関する本だ。そう思ってよくよく見れば、背表紙も……読める。
「普通に物語とか、ミステリーとかもあるよ。料理の本とかこの世界の歴史や政治、領地経営に関する本もある。僕はみんな読んだから、どれでも好きなやつを持ち出していいよ」
ほええ。これ全部読んだのか。いったいどれだけの時間がかかったのやら……。
「読んでおいたほうがいい本があったら教えて?」
そう言うとイザムの笑顔が深まった。
「いくつかあるから、後で部屋に届けさせるよ」
一階には食堂や応接室、ちょっとした広間などがあって、地下は使用人のスペースだという。料理人がいるってさっきも言っていたけど、使用人がいるってなんだかすごい。でも家の中を見て回る間、まったく誰にも会わなかった。
そう指摘すると、当然って感じの返事が返ってきた。
「使用人っていうのはそういうものだから。むしろ家の主がいるところでうろうろして目につくようなのは使えない。それに僕は大魔導師だから、下手に機嫌を損ねたらカエル――こっちの世界ではゲーロっていうんだけど――にされるとでも思っているのかもしれないよ」
ニヤリと笑うその笑みがちょっと黒い。
カエルにされるのはまだしも、その後でどんな目に遭わされるかの方がたぶんずっと怖いってこと、ここの人たちは知っているんだろうか。
そしてゲーロって……誰だカエルにそんな名前つけたの。
自分の部屋着を着たわたしに赤いファーが付いた室内履きを履かせたことがよっぽど嬉しいのか、ちらりちらりと足もとを見ながらご機嫌のイザムと家の中を一回りして部屋に戻った。
「外は明るくなってから案内するよ。どうする? もう帰りたい?」
「それは……現実での時間が進まないなら、ここにいたっていいけど、帰らないとしたら何をするの?」
そう聞けば、またニコニコ笑顔が深まった。
「明日は町を案内するよ。一眠りしたとはいえ、初めての転移の後だし、疲れが残ってるようならこのまま休んで。元気ならナイフ投げとか練習する? それとも魔法の練習をしてみようか? どのくらい素養があるかはやってみないとわからないけど、簡単な回復魔法くらいはできたほうがいいし、転移も練習したい……それにこの世界の仕組みも、もうちょっと教えておきたいし、紹介しておきたいやつもいるし……。お城に行くまでにはある程度のマナーも必要になるかな……。
あ! せっかくの初めての夜だから、ちょっと豪華なディナーってのもいいかも。うんうん」
なんだか一人で納得してるけど、最後の一つはともかく、なんか、けっこうやることいっぱいじゃない?
「よし、ご飯を食べながら僕とこの町のことを話そう。ちゃんとしたディナーっていうよりはピクニックの方が似合う格好だし、敷物をしいてのんびりしようか」
ふい、とまた手を振れば、その手の中には小さな金のベルがあって、チリンと澄んだ音が響いた。
すると、扉の上部、ちょうど目の高さにある彫刻がほんわりと白く光って、十センチくらいの丸い何かが、閉まったままの扉の光った部分をすり抜けて飛んできた。黒っぽくてふわふわの毛が生えていて、小さな羽もある。さながら羽根つきのまっくろくろすけ目玉なしバージョンといった感じだ。
「僕の部屋に食事の用意を。暖炉の前に敷物とクッションを置いて」
まっくろくろすけはこくりと頷くようなかわいらしい動きを見せて、また扉をすり抜けて出て行った。
「今の、何? まさか使用人?」
人には見えなかったけど。
「まさか、使い魔だよ」
にこにこ笑顔のままイザムが答えた。なんだかちょっと得意そうだ。
「使い魔? それって鴉とか、黒猫とか?」
たしか魔法使いの手先となって働く生き物のことだ。
「そうそう、そんな感じ。僕は魔導士だから」
「へえ~。……ずいぶんかわいい感じだったね」
そう答えながらさっきのまん丸で黒いフワフワのことを思い返す。
鞄に付けたらかわいいだろうな。
触り心地もよさそうだった。
「そう? もしかして気に入った?」
「うん。スリッパよりよっぽどかわいいと思うよ」
使い魔がすり抜けて行ったドアを見たまま答えた。
「他にも狼っぽいのがいるよ。あ、さっきのはいちおう蝙蝠。気に入ったんなら呼ぼうか」
そう言ってまたチリンとベルを鳴らす。
扉の彫刻がまたほんわりと白く光って、黒い羽根つきの毛玉がすり抜けて飛んできた。
それだけじゃない。腰の高さにある彫刻も同じように光って、銀灰色に光るゴージャスな毛皮の、見るからに恐ろし気な顔と、でっかい牙を持つ狼が扉を抜けて入ってきた。四つ足をついているのにその頭の高さがわたしの胸まである。
薄い金色に光る鋭い目を向けられておもわず後ずさると、いつのまにか隣に来ていたイザムが、安心させるようにわたしの肩に手を回した。
「大丈夫。こっちの黒い方がクロ、狼の方がシルバーだよ」
そのまんまだね。
心の声が聞こえたように、狼が金の瞳をそらし、視線がそれたのでちょっとほっとした。
艶々として豪華な毛皮。この季節には暑そうだけどこれもまたすごく触り心地がよさそうで、顔が怖くなければ抱き着いてしまいたいくらいだ。触りたくて指がぴくぴくする。でも、嫌がられそう。
うう、と葛藤していると、ほにゃん、としたものが右手に触れた。
「ひゃっ!?」
ドキッとして目をやれば、クロと呼ばれていた蝙蝠の使い魔が右手のまわりをふわふわと飛んでいた。
おお。こっちは触っても大丈夫そう~。それにものすご~く毛がやわらかい。
右手を上げるのに合わせて左手も一緒に胸の前でおわん型にしてみれば、クロはぽすっとわたしの両手の中におさまった。やわらかくてほんのりあったかい。
なにこれ、めちゃくちゃかわいい。
「~~~!!」
言葉にならない幸せをかみしめていると、それを見た狼が「触ってもいいぞ?」と口をきいた。顔にぴったりの低い美声。
「オオカミ、喋った!?」
驚きにあんぐりと口を開けていると、イザムが苦笑交じりに言った。
「狼じゃなくて使い魔だから」
そういうもの? そいうものなの?
「触ってもいいの? ホントに? 噛みつかない?」
「使い魔は主に背かない。主従関係は絶対だ。アイリーンがここで危険な目に遭うことはないよ」
「でも、ええと、じゃあシルバーさん? だったらなおさら、無理に触るわけには……」
ぶっ、とイザムが噴き出した。
「シルバーさんて、なんか、急に近所のじいちゃんばあちゃんヘルパーさんみたいな響きになったな」
「え、そう?」
あ、でも言われてみればそうかも。
「シルバー、でいい。それから、触られるのが嫌いなわけじゃない」
狼っぽい使い魔のシルバーが、むっとしたような顔をして言った。




