139. 五歳児の嫉妬
春休み、何回か友だちと出かける予定。
特に心配するようなことはないと思うけど、
男子も一緒だし、一応連絡しとく。
あと、明日行くけど、何時がいい?
その日の夜は空手があったので、メールだけにして直接は会わなかった。
了解。
明日、10時で。待ってる。
そして、翌日。
玄関を開けた勇を見た途端に、回れ右をして帰りたいような気分になった。現実にいるのに、恐怖の大魔王ってテロップが頭の中を流れていく。
「あの、都合が悪いなら、わたし出直して……」
じりじりと後ずさる。なんか、怖い。
スエットに長袖Tシャツっていうラフな服装。ということはこれから誰か嫌な相手と会う予定とかそういうことではないのだろう。その誰かに会ったばかりか、もしくはわたしに怒ってるか――何を、した、かな。
「入って」
短い声も、なんか、怖いし、目つきが悪い――。
「でも、勇、なんか――」
「入って」
ちょっとだけ強くなった声が、やっぱり怖い。
玄関先で立ちつくしていると、すっと勇の手が伸びて、その指先が頬に触れた途端にびくりと身体が震えてしまった。目を閉じる――今のはごまかしようがない。
「今度は何? 何に怯えてるの?」
声に呆れた音が交じった。
「だって、怒ってる、でしょ?」
おそるおそる目を開ける。
「たとえ怒ってるとしても、それで愛梨に八つ当たりとか、しないけど」
そう言って背を向け、スタスタと中に戻って行く。
八つ当たりじゃないとしても十分怖かったけれど、とりあえず背を向けられたことでわたしが感じる危機感は半減した。
そのまま何を言うでもなく歩いて、奥に行ってしまう。足音から二階に行ったのがわかった。やっぱり、かなり不機嫌だ。友達と出かけるのがそんなに嫌だったのだろうか――だとしたら横暴だ。
「おじゃまします……」
平日の日中だし、誰もいないのはわかっているけど、一応そっと挨拶をして中に入った。玄関に鍵をかけて勇を追いかける。なんとなく勇の怒りが残っているような気がして、足音を忍ばせた。
部屋のドアが開いていて、そっと覗くと、いつかみたいにベッドに寝転んで天井を見ている。
「……勇?」
返事はない。
「入るよ?」
何かを考えているのはわかる、そしてイライラしているのもわかる。
そっと中に入ってみれば、出て行けとは言われなかったけど、やっぱり勇は無言だった。
机から椅子を引っ張り出していつもみたいに座ってみる。
沈黙が続いた。
「あの、帰った方が、いい?」
そう聞いた途端、ガバ、と勇が起きあがった。それと同時にまっすぐにこっちを見る。
「あいつ、誰?」
え。
とっさのことで、あいつが何なのか思い浮かばない。
「愛梨、あいつ、誰?」
もう一度聞かれてようやく、昨日の帰りのことを聞かれているのだと思い至った。
「あ~、同じクラスの、陸君?」
「なんで一緒に帰ってきたの? 何であんなに楽しそうだったの? 愛梨はああいうのが好みなの? 好きだって言われたの? 春休み一緒に出掛けるのってあいつ? 断る口実は作ったのに、結局それってどういうこと? 俺が待ってるって言ったことと、俺と出かける約束、忘れてない?」
怒涛の質問攻めだ。
昨日陸君にお茶していくかと言われた時以上にポカーンとなって、まじまじと勇を見つめる。
これは、何?
まさか嫉妬してるってことだろうか……精一杯訴える様は五歳児みたいだったけど。そう思ったらさっきまでの恐怖が消え、急におかしくなった。
ぷくくと笑い出したわたしを勇がむっとしたように睨んで、その後でほっとしたように肩の力を抜いて立ち上がった。手を伸ばしてくしゃ、とわたしの頭を撫でる。
「笑ってんじゃねーよ」
ぼそっと言われて見やれば、耳が赤くなっている。それがまたおかしくて、さらに笑っていると、ぐいと引っ張られた。ベッドに座った勇の膝に乗せられて、勇が大きく息を吐く。
「俺の、考えすぎ?」
後頭部に問いかけられた。
「だと思うよ? 少なくともわたしには、そうとしか思えない」わたしも大きく息を吐く。「あ~、びっくりした。こっちにも大魔王が降臨するのかと思ったよ……また雷落とされて腰が抜けるかと……」
「や、いくらなんでもこっちでは無理だよ」
勇がびっくりしたように言う。
「わかってるけど、だって、すごく怒ってる感じだったし。何をしたかと思った」
「……知らないやつと二人で帰ってきただろ。しかもあのメール。『男子も一緒に出かける』って何? 断る口実は作ったろ?」
断る口実って……それは、「彼氏か」って聞かれたあの時に「そうだ」って答えればよかったってことか。
「駅まで一緒だっただけじゃん。しかも不可抗力。昨日の帰りは、六人いたところの一組がカップルで、一組がカップル予備軍でわたしと陸君が残ったの」
勇はそれでも不満そうなしかめ面をした。
「だからって逆方向なのに、わざわざ降りる駅までついて来なくたって……あんなに近くに立つ必要もないし……あんなに嬉しそうに……拳まで合わせて」ブツブツ呟いていたと思ったら、「なんであんなやつに見とれてたんだよ? あれが愛梨の好み? そりゃたぶん俺よりあいつの方がすね毛は濃いと思うけど!」
唐突にそう言われた。
は?
「何の話、それ?」
「電車で、あいつに見とれてたろ!? 触ってみたそうな顔して」
それは、あれだ、勇とは髪の毛がずいぶん違いそうだって思ってた時のことか。首のところの短い毛がタワシみたいな感じかと思ってた時の。触ってみたいって思ったの、バレてることにびっくりだ。
ん?
「ちょっと、待って。なんで知ってるの? いつから見てたの?」
「……ずっといたけど」
「いつから」
「……教室から」
「はあ?」
おもわず大きな声が出た。
「教室からって、選択教科の話の後からってこと? なんで……」
「いや、あの後一回教室に戻ってカバン持って、一緒に帰らないかって聞こうと思って戻ったら……」
そこでためらう。
「戻ったら?」
「愛梨が、違うやつを見ながら嬉しそうに笑ってたから、声をかけそびれて……」
それは、あれか、陽菜を見ている中村君を観察していた時のことか。
「そのあと外に出たらまた別のやつを見て恥ずかしそうな顔したから、ますます……」
そっちは宮田君か。
「そんで、電車ではあいつだろ? 俺以外のやつを真剣に見てることなんか今までなかったのに、しかも楽しそうだったし……」
うおお、そんなとこ見られてたのか。
「……見てたのは男子の観察をしてたからで、中村君は陽菜が好きなんだよ。嬉しそうだったのはたぶん、よく見たらわたしにもそれがわかって、そっか~って思ってたから」
クラスのみんなが知っているくらいなら、わたしが勇に話しても大差ないだろうとは思いながらも、人の恋バナを勝手に話してしまうのは悪い気がして、一応口止めをした。
「で、宮田君は玲奈の彼氏なの。恥ずかしそうだったってのは、たぶん、二人が目線で会話をしてることに気がついたせい。
で、陸君が一緒だったのは、電車の方向の関係から、陽菜と中村君を一緒に帰らせるために、わたしを送って宮田君と帰るって口実を作ったからだよ。楽しそうだったってのは、まあ、邪険にすることはないからで……そういう理由だったから、電車が出る前に声をかけられたら困ったかもしれないけど、別に声をかけてくれてもよかったのに。少なくともそうしてくれたら陸君は次の駅で戻ったと思うし、無駄足させずに済んだ」
そう説明すれば、ちょっとは納得したのか少し表情が緩んだ。




