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138. 春休みの前に

 学年末試験を終えて無事迎えた終業式の日、帰りのHRも午前中で終わって、来年度のコース分けと選択教科、それに付随するおおよそのクラス割りの説明書を広げ、教室でクラスの友達とああでもないこうでもないとわいわい騒いでいるところに、残念仕様の勇が入ってきた――クラスが違うし、学校ではあまり話さないのに、珍しい。


「選択科目、もう決めるのか?」

「いや、だいたいのとこだけ。友達と一緒のやつ取りたいから情報交換中。勇は? 理系でしょ? 私立? 国公立? 専門学校組?」

「一応進学で、国公立だけど、私立もありだと思ってる――同じ授業、取れる?」 

「どうかな。わたし進学か専門学校かまだはっきりしてないし――でもなんとなく理系だから取れるのもあるかも――休み中に相談する?」

「わかった。じゃあまた後で」


 それだけ言って出て行く。


 そんなの、わざわざ学校で話すような内容じゃないのに――なんだ?


 そう思っていたら、「今の、彼氏?」って、近くに立っていた男子に聞かれた。


 へ?


「え? 愛梨が誰かとつきあってるとか聞いたことないけど? 今の、誰?」


 前の席に座っていた陽菜――高校入ってからの友達――にも聞かれた。


 隣の席で一緒に選択教科の紙を見ていた小学校からの友達の玲奈は、何も言わなかった。いろいろ知ってるから、形容に困ったんだと思う。


 わたしと勇のクラスは離れているから、おそらく自分の教室で一年間残念度を上げていたのだろう勇の噂なんて聞こえてこない。それに勇の本当の顔を知っている人にとってはあいつが精一杯顔を隠してるのはあきらかだから、触らぬ神になんとやら――玲奈はちゃんとわかってる。


「あ~、幼馴染。二組だから体育も違うし、あんまり会わないけど、家が近くて保育所から一緒なの」

「へ~」


 陽菜はそれだけで納得してくれたらしく、それ以上は聞かれなかった。選択教科におおよそのあたりをつけた後は、春休みに遊びに行く話になった。


 二週間程度の短い休み、宿題もあるけど、せっかくだから遊びたいのは当然で、カラオケに行くとか、テーマパークに行くとか、高校生らしい会話に花が咲く。

 陽菜が、春休みも平日の午前中は部活があるし、土日のテーマパークは混みそうだなって残念そうに話したら、さっき勇を彼氏かと聞いた男子――荻原陸君――の隣にいた男子――中村圭太君――が「じゃ、午後からカラオケとかボーリングにしようよ」と、誘った。

「映画でもいいし」と、荻原君が言ったところで、ん? って思った。


 これ、みんなで出かける流れか。ふと気づけば、教室に残っているのは陽菜と玲奈とわたしと、荻原君と中村君と――宮田雄吾君は、玲奈の彼氏で。


 まさか、三-三でトリプルデートとかじゃ、ない、よね。


 全然そんな感じはないように見えるし、考えすぎかなって思うけど、わざわざ声をかけに来た勇の行動がいまさらながら気になる。


「部活の後なら一回帰りたいし、それじゃ二時とかになる」って話す陽菜に「夕方まで遊べばいいじゃん」と返す中村君。その顔を見て、ああ、中村君が陽菜狙いなだけか、と納得した。


 せっかくだし、向こうでヴェッラにも言ったし、恋する中村君の様子でも観察しよう。

 そう思ってじっくり見てみれば、なんか、とっても微笑ましい感じだ。視線がほとんど陽菜から動かないのに、陽菜が中村君を見て目が合うと目元が優しくなって、時々照れたようにパッとずれる、そしてまた戻って来る――ほうほう。


 これは結構、面白いかも。


 詳しいことはメッセージを回すことにして、学校から駅に向かう間、今度は玲奈と宮田君を観察してみた。

 二人の距離的にはあんまり変わらないのに、こっちは目が合ってる時間が長い――でもって視線でなんか、会話してる感じだ……なんか、他人事なのに恥ずかしい。

 長時間の観察は、無理っぽい。ダメだ、レベルが高すぎる。


「愛梨ちゃん、なんか楽しそうだね」


 荻原君にそう言われて初めて、自分の隣の男子に目をやった。

 穏やかなその笑顔も楽しそうだ。


「うん。前の二人、楽しそうだなって思ってたとこ」

「そうだね。つきあってるし」

「うん」


 言われてみればもっともだった。首を振ればふふっと笑いが漏れた。

 他人事さえ直視できない自分はまだまだだなぁと思う反面、ああやって誰かと見つめあえることがちょっと羨ましくもあった。


 電車はわたしと玲奈が上りで、他の四人は下り――中学が一緒だって言ってたけど、宮田君が玲奈を送るって言ったので、一緒に上りホームに向かおうとしたら、「あ、じゃあ、俺も愛梨ちゃん送ろうかな」って荻原君が言った。


「え? わたし?」


 おもわず断ろうとしたら、荻原君の視線がちらっと陽菜と中村君の方にいって、その後で小さく片目をつぶった。


 おおう。これはそっちの二人を二人で帰らせたいってことか。

 そういうことなら、まったくかまわない。


「じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらおうかな」


 そう言うと、陽菜の方がちょっとびっくりした顔をした。


「え? 愛梨マジで?」


 その背中に隠れるように、中村君が両手を合わせて感謝を伝えてくる。


「帰りの雄吾の話し相手になるし?」って荻原君が言うと、陽菜は納得はしていない様子だったけれど、そのまま二人で下りホームに向かった。


「愛梨ちゃん、駅何個目?」

「四つ目だけど、でも、本当に来てもらわなくても、一本ずらして帰ればそれで……」

「いいよ、じゃあ時間つぶしにどっかでお茶してく?」

「へっ?」


 何だ、その展開は。


 相手の意図がわからなくてポカーンとなったら、荻原君がプッと吹き出した。


「送るよ」


 そう言って先に上り改札に向かった玲奈たちを目で追う。


「あ、うん、じゃあ……」


 なんていうか、線路をはさんだプラットホームのあっちから、陽菜の疑わしい視線を浴びることになった。

 玲奈たちは二人で仲良くラブラブで、その二人と一緒に帰ってると言えなくもない距離にわたしと荻原君がいるわけで。ぱっと見、それぞれがカップルのような感じかも、と思う。


 なんとなく居心地の悪い思いをしていたら、荻原君がのんびりした口調で言った。


「あいつらうまくいくかな~」

「中村君、陽菜のこと好きだったんだね。全然知らなかったから、さっき教室で気がついてびっくりしたよ」

「本当に? あいつ中学から陽菜のこと好きだったんだよ。うちのクラスで知らないやつ、いないかと思ってた」


 それは、わたしが男子をちゃんと見たことがなかったせいだと思う……まあ、見てみればわかりやすかったけど。


「うまくいくかなぁ」


 わたしものんびりと言った。まあ、他人事だし。


「今のとこ、陽菜はつきあうとか考えてないみたいだけど、嫌がってはいないんじゃないかって思うんだよな……でも女子の頭の中はわかんない」


 そう言って荻原君はてらいのない顔で笑った。


 確かにわたしも陽菜の口から、彼氏が欲しいとか誰かとつき合いたいって言葉を聞いたことはない。好きな人がいるかどうかってことも――ただ、向かいのホームの二人、そんなに雰囲気は悪くない。


 うまくいくなら、それに越したことはないよね。


 そんなことを思いながら、ホームにすべり込んできた電車に乗り込む。――玲奈たちは隣のドア――車両も隣だ。まあ、あっちもカップルだしわざわざ近くに行って邪魔することもない。


 車内にはそれなりに乗客がいて、ドア近くに並んで立って銀のポールをつかんだ。わたしの手よりも高い位置を荻原君の手がつかむ。肌の色が濃くて、勇よりもっと骨が太いことに気が付いた。顔を上げて見てみれば、ホームに立っていた時よりも距離が近くなったせいか、肩幅も広いし、その肩の位置も勇より高いのがわかった。首も太い感じだし、髪の毛の長さなんてまったくちがうし、そのタワシみたいに短いところはたぶん触った感じも――。


「愛梨ちゃん?」


 濃茶色の目と不思議そうな声にわれに返った。


「うわ、ごめん、今ちょっとトリップしてた。すごいごめん」

「いや、いいけど、なんかついてたかなって思って」


 荻原君が自分の襟足のところをこする。

 おもいっきり凝視していたことに気がついて、申し訳なさと恥ずかしさに耳が熱くなった。


「ううん。何もついてない。ごめん、考え事してた」


 フルフルと首を振る。

 違う人間なんだからいろいろ違って当然なんだけど、本当に違うんだってあらためてびっくりしてから、何やってるんだって自分に突っ込む。


 そんなわたしの内心などまったく気にしない様子で荻原君は笑った。

 さっきだいたい決めた選択教科の話や、部活の話――今日は全校部活動なしだけど、荻原君は陸上部だそうで、だから日焼けしているのだとわかった。


 うちの学校は部活動が強制じゃないからわたしは部活に入っていないけど、勇みたいに掛け持ちをしたり同好会に入る人もいる。対人関係に臆病で出不精のくせによくやってるな~、って思うけど、興味関心の向いた分野にはまっしぐらな勇らしいともいえる選択だ。


 わたしが降りる駅まで来ると、荻原君は隣の車両にいた玲奈と宮田君に手を振って一緒に下車した。もう一駅先まで行く玲奈たちとは合流せずにここから戻るらしい。


 反対ホームに向かう前に荻原君が聞いた。


「この春休み、出かけたら愛梨ちゃんは俺とペアになりそうだけど、大丈夫?」

「あ~、うん、大丈夫……。荻原君はわたしとペアで大丈夫?」

「陸でいいよ。さっきのやつには悪いけど、むしろ一人あぶれるところを救ってくれるとすごく助かる」


 やれやれって口調に気が抜ける。


「さっきの……」


 勇か。


「あれ、牽制に来たってことだろ? でも彼氏ではないんだ?」

「うん、まあ、そうなんだけど」


 彼氏、ではないんだけど。もしかしたら、たぶん、嫌がる……か。早めに説明しといたほうがいいかなって思う。

 荻原君はちょっと首を傾げた。


「『けど』ってことは、今後の展開はわからないってことか、それとも彼氏は欲しくないってことか~。ま、俺らは春休みはグループ行動協定ってことで?」


 そう言って突き出された右手の拳に、了解の意味で軽く拳を打ち付けた。


「じゃ、そういうことで、ヨロシク」


 ひらひらと手を振って反対側のホームに向かう階段を上って行く荻原君、いや、陸君を見送って改札を抜け、歩きながら考える。


 この春休み、六人で出歩く予定になるなら、それはやっぱり勇に言っとかないとダメだよね。

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