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136. 父娘に会いに

 現実を手放して、こっちで生きることを望む、そんな人がどれくらいいるのだろう。家族がいて、友達がいて、暮らしがあって。それをすべて手放してもいいと思うのは、どれだけの――。


 わたしの不安を察したように、向かいの席に座ったイザムが手を伸ばして、テーブルの上にあったわたしの手を軽く握ってくれた。


「あ~、そういえば、アルフがまた城に行ってる。今日中に親子連れの訪問者に会う手筈を整えるって」


 深刻な空気を切ってイザムが言うと、タイガくんが頷きながらイザムの隣、ヴェッラの向かい側に座った。


「昨夜、いろいろ整理して、あれ(・・)も、昨日のうちに向こうに戻った。もう来ないはずだ」


 へえ。


「口約束とかじゃ……」


 ヴェッラが心配そうに言う。


「や、たぶん来ない。いろいろ聞きだしたから、何かあったら『現実で晒す』って言ったし」

「え?」

「そんなことできるの?」


 ヴェッラと二人、驚いた。


「たまたま、あいつの転移アイテムが好きな人に当てた手紙だってことがわかって、そこに彼女と自分のフルネームが書いてあったんだよ」


 昨夜わたしたちを部屋に追い払った? 後で、男性陣は娼館の前に繋がれて丸一日晒されたレオさんを回収して、尋問というか、飲み会を行ったそうだ。アルコールを口にしたのはレオさんだけだったけれど、イザムがレオさんに、酔っぱらったと思わせるような幻惑の魔術をかけたら、いろいろ聞きだせた――というか、勝手にいろいろ喋ったらしい。


 転移アイテムについて聞きだすのは訪問者の間では禁じ手らしいので、本当に自分から喋ったようだ。魔術がかかってる時点でアウトじゃないのかなって思ったけど、イザムは「強い魔術じゃないし、嫌だったら普通は喋ったりしないから、聞いて欲しかったんだろ」と、肩をすくめた。


 レオさんは見た目と体力に極振りした、とにかく遊ぶことしか考えていない設定だったそうだけど、ドラゴンの五割引と、チャームを使おうとする度に(使おうとはしたらしい)襲ってくるフラッシュバックがよほどショックだったらしく、この世界で今後は遊べそうにないとわかったことで(チャームを使わずに自力で勝負することはできるのに、そういう考えはなかったらしい)、結構すんなり諦めて、もう来ないと約束し、なんとも情けない身の上話を半泣きで(泣き上戸?)いろいろ話し、転移アイテムまで見せてくれたそうだ。


 勉強と研究しかない生活。ぱっとしない見た目で女性にもてない実際の自分の暗い人生を、百八十度違う方向に設定して(本当は妙な性癖はなくて、たんに現実でもてなかったことの反動みたいな感じだったらしい)思う存分理想のモテモテ世界を楽しみたかったそうで……そういう説明をなんだかなぁって思いながら聞いていたら、イザムが最後に「その気持ちは、ちょっとわかる」って呟いた。


 昨日のタイガくんのチャームかけまくりには「わかんね~」って言ってたのに。こっちはわかるのか。

 まあ、女子とは縁遠い暮らしをしてたのは確かだけど。

 でも勇ならモテようと思えば簡単なはずだ。素顔をさらして笑いかければ、大抵の子は落ちるんじゃないかと思う。


 こちらの世界の人にとって何より幸いだったのは、レオさんの場合、この世界に落ちつく気持ちになるまではどれだけ遊ぼうと子どもはできない――そういう設定にしてあったってことだ。つまりレオさん自身がこの世界から手を引けば、大きな問題は起こらないはずだってこと。


 すっぱりあきらめて、現実で努力して欲しいと思う――わたしは二度と会いたくないけど。


「でも、異世界転移アイテムが何かなんて、本当によくわかったね。絶対誰にも教えないようにって最初に言われたやつでしょ? 自分から見せるなんて、思い切ったことをしたね~」


 ヴェッラが不思議そうに聞いた。


 そうなんだ。

 わたしにはない(・・)んだけど――それもイザムのおまけだからか、それとも人それぞれなのか。

 その辺りはもう少し聞いてみたいような気もしたけど、転移に関わることはたとえ相手がイザムでも話すな、ってここに来たばかりの頃に言われてるしな。


 それを見た時のことを思い出しているのか、タイガくんが少し伏し目がちになって息を吐いた。


「あれは勝手に向こうが話したからで、イザムさんが問いただしたわけじゃない。『異世界こっちで本当に自分を必要としてくれる人に出会えたら、これを破り捨ててもらおうと思ってた』って、言ってました。『もう使うこともないんだな』って、泣いてて。

 結局僕たちはどこにいたって、愛が必要で、誰かに必要とされている関係を求めてるんだなって……僕もそういう気持ちはわかるなって思ったよ」

「ま、それをどこに向けるかってのは、慎重になるべきだったけどな」


 にやりと笑うイザムを見るタイガくんの目に恐怖がある。


「本当ですよ。あんなに落ち込んでる人に向かって、戻ってきたら彼女ともども現実でネットに手紙の内容と本名を晒すって言い放ったんですから。イザムさんって本当に鬼畜……」


 げ。

 それは、本当に鬼畜だ。


「本当にやれたわけじゃない。あいつはわからないみたいだったからちょうどいいかなって。だけど、タイガもそのくらいマジでかかれよ。そしたらヴェッラも落ちるかもしれないだろ?」


 そう言われてヴェッラがすごく嫌そうに顔を顰めた。


「それだけやっててアイリーンさんが落ちてないじゃないですか」


 タイガくんも『やらないよ』っていう意思表示か、片手を上げた。


「余計なとこに気づくな。いいんだよ、人生かかってんだから焦りは禁物」

「僕はこっちの生き方に人生かけてないんで」

「そういう中途半端なのがわかりにくいんだろ。俺だってあっちでできないからこっちでがんばってんだよ」


 タイガくんが不思議そうな顔になった。


「現実ではがんばれないんですか? だから信用できないんじゃ……」


 いつもと同じ、中学生にしては妙に落ちついた突っ込みだ。


「それを聞くってことは、お前、あっちでがんばってないだろ」


 イザムが白い目で睨む。


「え?」

「あっちでがんばるのとこっちでがんばるのは違う。向こうでヴェッラにキスしてから言え」

「やめてよ!」


 あきらかにぎょっとして、ヴェッラが止めた。


「焚き付けないで! タイガ、絶対あっちでそんなことしないでよ。絶対だからね。絶っっっ対!!」


 あまりの剣幕に、タイガくんがたじたじとなって座った椅子ごと後ずさった。


「そんなに嫌なら、しないけど。そもそも僕はあそこまで行くの結構大変で……ろくに見えてないし」

「あ……そ、か。そうだよね……ごめん。お見舞い。せっかく来てくれたのに。いつの話? 今度帰ったらお兄ちゃんに聞いてみる」


「いや、大変ってのはもっと頻繁に行けたらいいんだけどって意味で……だからいいよ。それにたぶんヴェッラと僕の時間に結構時差ができてるせいで、うまくかみ合ってないんだと思う。お兄さんも眠っている時間がけっこう長いって言ってたし、僕はこっちで会えてるから、いいんだ」


 言い合いをしていた時とは違う、仲良しな感じに戻ったみたいで、よかった。


「ほらな。あっちでがんばるのは難しいだろ?」


 イザムが一人で納得した顔をして、皿からミニトマトもどきを一つつまんで口に放り込んだ。



 朝食の後でゆっくりしていると、いつものように穏やかな王子様仕様のアルフレッド様がお城から戻って来て、ここの王族からの感謝の意と、本来ならお礼に出向くべきであるが大仰になるし、訪問者の親子も城にいるため、城に出向いて欲しいという言葉をあらためて伝えてくれた。


 アルフレッド様はちらりちらりとヴェッラたちの方に視線を送っていた。昨夜のことを気にしているんだと思う。ちょっとぎこちない。

 食事前の二人のやり取りを知らないから、心配してくれているのかもしれない――わざわざわたしが説明するようなことじゃないと思うので黙っていたけど、やがてヴェッラとタイガくんの間がそれほどぎすぎすしていないことに気づいた様子で、笑顔になった。


 そんなわけで、朝食の後にみんなで連れ立って城に向かい、王様と王妃様に(双子だという王子様とお姫様は出てこなかったけれど、それはわたしたちに対して娶せようという意図がないからだと説明された)平身低頭の状態から歓迎してもらって(それはそうなるかなって思った)、訪問者だという親子に会うと、それは三十代半ばといった感じの穏やかそうな男性(名前はリョウタさん)と五歳くらいの女の子(こちらの名前はココロちゃん)だった。

 こちらの人なのだろう、優しそうな女性が女の子を挟むように一緒にいて、控えめに微笑んでいた。

 職業は、なんとパン屋さんだと言う――。


「闘えそうにないやつばっかりだな……? どういうことだ?」


 相手には聞こえない声でイザムがつぶやいた。


 忌憚なく話せるようにと王様と王妃様が席を外し、わたしたちと父親が一つのテーブルで向き合うと、娘さんと女の人も話の邪魔にならないようにと言う配慮なのだろう、テーブルから離れて窓ぎわで手遊びを始めた。

 本当の母子みたいに仲睦まじい様子だ。


 それぞれ自己紹介して、ここに来た経緯を話す。

 この世界で伴侶を持って生きていくことに迷いはないのか、と聞いたイザムに、リョウタさんは穏やかな笑みを浮かべたままで話し出した。


 小さなパン屋を営んでいた自分が、店を建てた時のローンを返しながら妻と娘と送っていた、穏やかな毎日について。


 大規模商業施設が建って買い物に来る人がそちらに流れたこと、市の給食センターが建ったことで小中学校への受注が大手に任され、収入がさらに減ったこと、そこに加えて奥さんが病気になってあっという間に亡くなってしまったこと。生活に行き詰ったこと。

 辛い生活を淡々と話す。


「自分たちは『訪問者』ではないと思います……僕と娘は、『転生者』だ」


 リョウタさんははっきりとそう言った。

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