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134. 夢の王子様

「見たんだ?」


 ヴェッラ、お尻フェチ、か。


「アルフさんもかわいいよ、お尻。タイガはわたしの好みよりは細い……でもイザム君だけあのローブのせいで体型が不明。お城ではずっと王子様の相手で殆ど見てなかったし。……っていうか、アイリーンはお尻、見ないの? ふくらはぎがキュッと締まったりするところとか、かっこよくない?」


 お尻だけじゃなくて、いろいろ見ているらしい。


「わたしはお尻は見ないかな……ふくらはぎも見ない……あ、でも前に男子の膝下を見比べる機会があった。結構骨がごつごつしてて、自分とは違っててびっくりしたよ?」


 あと、すね毛の太さと濃さにもびっくりしたんだけど、それは、いいか。


「びっくり? そっか、わたしはスタジオに通ってたぶん、男の人のお尻も脚も見慣れてるけど、そういうものかもね?」

「習い事でなら見るよ、拳とか足の甲とか?」

「……マニアックだね」

「空手の道場で出てるのってその程度だもん。あ、けっこう胸板も見えるけど」


 だからってじっと見たりはしない。的、としては見るけど。


「クラスの男子は? ドキッとするところないの? イザム君は?」

「んー、クラスの男子とか、あんまり見てなくて……じろじろ見たら失礼かなって思ってたし」


 勇のことがあるから特にそうだったんだと思う。無意識に、男の子は顔や一部だけをじっと見たりしないようにしていた。

 手足くらいは別だけど、ぼんやりと全体をとらえてる。


「でも今度帰ったら見てみようかな。だけどイザムは、そもそも見られるのが好きじゃないから」


 なのにイザムの顔を見ながら嫌~な顔してたことを知ったばかりだ。反省しないと。


「……? あんなにきれいな顔、設定したんだし、こっちでなら見てもいいんじゃない? 現実ではすごく顔で苦労したとか? それでいつもローブのフードをおろしてるの?」


 解せないって感じの質問は、当然だと思う。


「……そだね、苦労はしたと思う。それもかなり……だから、イザムについては特に顔以外のとこ、見たいなって思うし、周りにも見て欲しいって思うよ。ちゃんと、中身を……。

 ああ、でも、中身はダメか……」


 狂・サイエンティストなところなんか、見たら普通引くよね。2Dワールドとフィギュア大好きなところも。


「でも、外見は……ますますダメか」


 つまり、どこを見てもらえってことだろう。 


 は~、と息を吐く。


 ヴェッラと二人、ベッドに並んで静かに天井を見つめる。

 いい香りのキャンドルとオルゴールの音に浸ってたら、


「恋がしたいよ~」ってヴェッラが言って、「見た目だけならレオさんみたいな人と」って、ぼそっと追加した。


「え~、あの人変態だよ? しかも『五割引き』だよ?」

「……引かれる前で?」


 そう言葉が追加されて、ふふっ、と笑いが漏れる。


「……ね、ヴェッラが、『五割引き』ってお姉さんたちの噂、話したときのみんなの顔、見た?」

「見た見た! あれ、傑作だった。みんなして黙っちゃって」


 今度はふふっ、じゃ済まなくて、ひとしきり笑った後で、ヴェッラがつぶやいた。


「そんなことより、ハートが大事なんだって……ねえ?」


 そこは心の底から賛成だ。大きく頷く。


「ま、せっかくイザムがアロマキャンドルとオルゴールを準備してくれたんだし、理想の彼氏には夢で会ったら? わたしも夢で素敵な人に会えたら、ヴェッラに習ったばっかりのワルツを一緒に踊ってくれるか聞いてみる」

「そうだね、夢の中なら会えるかも。アイリーンはイザム君に会うんじゃないの?」

「あれは、理想の彼氏じゃない……理想の斜め上を突っ走ってる」


 突っ走ってる最中を見るのは楽しそうだし、火の粉が飛んでこないなら、それはかまわないんだけど。


「ダメなの?」

「ダメじゃないよ。ただ、夢の中でまでイザムだと……本当に踊るの? って思いながら踊ることになりそう」ゆっくり息を吐く。「つまり、わたしは群舞の一人でいいし、その位置が好きなの。舞台の中央に出されたくない」


 しかも相手が大魔王とか、ごめんだ。


「クリスティーヌはオペラ座の怪人に引っ張り出されるんだよ?」


 怪人のマスクをつけたイザムの姿が脳裏に浮かんだ。


 あ、かなり似合う。

 ……でも、わたしにはクリスティーヌは無理だな。


「わたしは舞台に立つくらいならずっと地下で暮らしたい」

「それって怪人サイドのハッピーエンドじゃん?」


 むむ。


「相手がクリスティーヌじゃなくても怪人が幸せになれると思う? 聴衆は納得しないでしょ?」


 イザムの隣に並ぶ子がわたしでもみんなが納得するのは、ここが異世界だからだし。


「だけど誰がクリスティーヌかを決めるのは怪人でしょ?」


 まあ、それはそうだけど。


「じゃ、クリスティーヌが――怪人を愛せなかったら? ちなみにハンサムな方の恋人も」

「恋愛要素ゼロってこと~? それはダメ」


 即答、ありがとう。わたしもそう思う。


「だよね……わたしの恋心、どこ行っちゃったのかな~。タイガくんがチャームかけてるところ見た時とか、ヴェッラの踊りを見た時はドキドキするのに。誰かとラブラブしたい気持ちがないとかって、やっぱり変かな……」

「わたしだって、いろいろ素敵な人は見るけど、誰が一番なのかなんてわかんないし、似たようなものだよ。昨日から混乱しまくりだし。三人にチャームかけられて惚れまくり……面白い体験だったけど、どんな尻軽って自分で思う」


 ヴェッラはそう言って盛大なため息を吐いたけど、重くはなかった。


「逆に最後は惚れられまくりだったじゃん。イザムが止めなきゃ、選びたい放題」

「選びたい人が入ってなかったら意味ないよ? もう、悪女まっしぐら。こんなんじゃきっと王子様に会えない~」


 バタバタと手足を動かす。


「大丈夫だよって言って抱きしめて欲しいよ。寂しい~」

「よしよし、今日のところはわたしが抱きしめてあげるよ」


 ほら、と腕を出せば、下唇を突き出して文句を言いつつ、腕に頭を乗せてきた。


「アイリーンじゃなくて、胸板が硬い人がいいよ……安心感が足りない」


 そんなことを言われても。


 だけどそういえば、イザムのチャームが、そんなだったような。


「大丈夫、こっち向いて。……か」


 ヴェッラが驚いたように顔を上げた。


「それ、イザム君の……」


 そう言って口を閉じる。


 ああ、あれってみんな同じパターンなんだ。そっか。


 納得すると同時に、なんだかもやっとするというか、複雑な気分になった。

 あれがわたしにかからなかったのは当然だけど、みんなはあれでかかるんだ。


「アイリーン? あの時、アイリーンはイザム君のチャーム……」


 不思議そうな声。


「ん、かかってない」


 ヴェッラの目が丸くなって、首を傾げる。


「何で? すごくほっとしなかった? もう絶対一人になることはないんだなって思わなかったの? あの顔であんなふうに抱きしめられてキスされたら、落ちるでしょ?」


 今度はこっちが目を丸くする番だ。抱きしめられた覚えはない。もちろんキスもない。あれ、続きがあったのか。


「そんな流れだったの? わたし、あの顔見た途端に腹が立って殴ってやろうと思ったから、こっちを向いたところまでしか見てない」

「ええ!? アイリーン、変!」

「変!? 無理だよ、あんな嘘くさいの、ひっかかれない。レオさんのやつの方がよっぽど……」


 しまった。口が滑った。


「え?」

「あ……あ~、と?」


 ごまかすのは……無理かな。


「……アイリーン? あの人に何をされたの? チャームはかからなかったんでしょ?」


 心配そうに寄った眉と声に、聞いてもらってもいいかなあって思った。


「……あの、ね。チャームはかからなかったんだけど、攫われる直前に幻視、っていうの? 偽物、見せられて、あんまりそっくりだったから、混乱して……そのせいで失神したんだと思う。本物じゃない、ありえないって思おうとしたんだけど、声までそっくりで。抵抗しきれなくて、逃げられなかったんだよね……」

「偽物……イザム君の?」


 そう聞かれて、目を閉じる。ゆっくり首を横に振った。


 あれは、イザムじゃない。


「だったらまだよかったんだけど……」


 イザムだったら、まだ笑い話にできたかもしれない。ジョーズやゴジラみたいに。


 ――あれはきっと、わたしが一番抗えない相手を見せる類の魔法だったんだと思う。レオさんが知っているはずがないんだから。


 まずい。

 ラブな感じは相変わらず底辺なのに、わたしの中でかなり大きな比率を占めてるってことだと思う。

 こんなことが本人に知られたら、あっちのわたしの身が持たない。ただでさえこの前ハグされてバカみたいに狼狽えたのに。


「……大丈夫?」


 しらずしらずのうちにしかめ面になっていて、ヴェッラに聞かれた。


「大丈夫……でも今の話、イザムには黙っててくれる?」

「うん。……でもなんか、アイリーンも大変そうだね」

「……あっちとこっちで勝手が違って、折り合いが難しくて」


 その夜は、五歳くらいのわたしと勇が手をつないで踊っている夢を見た。嬉しそうで楽しそうで、微笑ましかった。

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