133. いつか夢で
は!?
たぶん、今の心の声、ヴェッラ以外の四人そろってたと思う。
それってどういう――?
「何のつもりだよ?」
そう聞いたイザムの声もすごく不審そうだ。
「……う~んと、あれかかってたらよく眠れそうだなって、思って」
その後に続いた長いため息のせいで、他の意図がないことが感じられる。
イザムの表情も緩んだ。
「あれだけ頑張ったんだから、今日は落ちつかなくて当然だろうけど……俺がチャームかけるの苦手だって話、聞いてたよな? どうしてもって思うなら、タイガかアルフにかけてもらえよ」
「え~」
「え~、じゃないだろ。アイリーンの前で他のやつにかけるとか、ホント勘弁」
そう言って掴んでいたタイガくんの襟を離して椅子に座りなおす。
「手あたり次第にかけられるこいつが変……いや、吟遊詩人ってそういうジョブだっけ」
それを聞いたヴェッラがちょっと寂しそうに笑った。
「だよね……ごめん。なんか、他に精神が安定するような魔法ないかな? カルメンなんて踊るんじゃなかった。未来に悲恋しかないような気がする。さっきのチャームがかかってる間はかなり幸せだったんだ」
イザムが眉を寄せる。
「精神安定……それなら他のやつに効くかどうかわかんないけど、心配してもらったし、踊りはすごかったから、お礼の続きってことで、今日はアイリーンを貸してやる」
え? わたし?
「その代わり、尻の話はするなよ」
そう言ってまた立ち上がる。
「ほら、行くぞ。寝つきやすくなるように手伝ってやるから」
アルフさんとタイガくんをそのままに、イザムの後に続いてヴェッラと一緒に二階に行くと、ヴェッラが使っていた方の部屋に入ったイザムが、片方のベッドを押して二つのベッドをくっつけた。
「よし。ダブルサイズ」
昨夜も今日の午後も、抱きつかれた状態でシングルサイズに寝てたんだけど。
……こっちを見ないところを見ると、確信犯だ。今さらだけど。
その確信犯の手にはいつのまにかおなじみの杖が握られていて、ふいと振ったら部屋の空気が澄んだような気がした。それから窓ぎわの小卓に向かって、どこからともなく取り出した小さなガラスの器に入ったパステルカラーの蝋燭を五つ並べる。
杖の一振りで部屋の備え付けのランプが消え、代わりに蝋燭に火が灯ると、穏やかに揺れる光の中にかすかに甘い香りが漂ってきた。
こんなこともできるのか、と目を見張る。
……シャンプーとかボディーソープも持ち込んでたし、本当に万能だ。
次の一振りで出てきたのは領地のわたしの部屋にあったはずのバレリーナのオルゴールだった。カリカリと巻いて蝋燭の隣に置くと、眠りの森の美女のワルツが流れ出して、ヴェッラが微笑んだ。
「ほら、俺は行くから、さっさと寝て、いい夢を見たらいい」
寝付きやすくする、ってこういうことだったのか。
「あの、イザム? わたしの着替えあっちの部屋だし、今着てるこれ、どういう扱いになるの?」
外に出ようとするイザムを引き止める。
そのままクローゼットに入るような、荷物扱いの服になるのか、今回限りの魔法ってことになるのかわからない。靴もそうだ。
「……荷物は届けるし、出たら服は戻すから、寝ろ。ヴェッラのこと、頼むな。……尻の話はするなよ?」
「はーい」
パタンと音を立てて扉が閉まり、続けて鍵をかける音が続いた……んだけど、ふわりと空気が揺れて、戻されたわたしの格好……なんとあの退廃的なキャミソールだ。
背後でヴェッラが息を呑んだのが気配でわかる。
「ちょと! イザム! これ、どういうつもり!? 着替えは!?」
部屋の中から、ドアを叩く。開けるわけにはいかない――だってこの格好だ。
「着替えは、朝になったら届ける。おやすみ」
「朝!? ちょっと、ずっとこれでいろって言うの!?」
「寝るだけだし、ヴェッラだし、いいだろ? 出て来るなよ」
目的はそっちか。
「閉じ込めて、その間に何するつもり?」
「いいから、おやすみ! うるさいし迷惑だから、寝ろ!」
遠ざかる足音がして、それっきりだ。
かわりにヴェッラが口を開いた。
「アイリーン、イザム君って自分ではマメじゃないって言ってたけど、かなりマメだよね? これ、アロマキャンドル、全部色が違ってて、すごくいい匂いだし、オルゴールもすごくかわいいし、アイリーンの格好も、うん……素敵、だし……」
そう言って、こらえ切れなくなったように笑い出す。
「何それ? 絶対、アイリーンの趣味じゃないよね? 超セクシー♡」
語尾にハートマークつけて話さないで欲しい。
「……笑い事じゃないよ。前に話さなかったけ? 異世界に来てる時点で絶対変人ばっかなんだよ。イザムだって例外じゃないし! あいつの中身、はっきり言ってこんなの序の口って思えるくらいの変人なんだから。あのお守りのことだって……ありえなくない? なんなのもう、五割引きとかって信じらんない!」
憤慨するわたしを見てヴェッラが笑う。
「でも、アイリーンのためでしょ?」
「こんなの着させられてるけど?」
くるりと向き合って自分の状態を示す。
「手足長いし、似合ってるよ?」
似合ってる、と言いながらも肩が震えて、笑い声も漏れている。
「それは異世界補正が入ってるからだし、見たでしょ? わたしの意思は無視だよ?」
「まあ、男子だし、全然興味ないよりいいんじゃない?」
声が楽しそうだ。
「もう! ヴェッラはイザムに甘いよ!」
「優しい男子には甘くなるのが人の情でしょ。あと、お尻がかわいい男子と腹筋が締まってる男子も。膝に乗ったらイザム君、けっこう引き締まってる感じだったし? わたし、細い人よりちゃんと筋肉着いてる人の方が好き♡ リフトしてくれそうだから」
そう言いながら、自分の荷物を漁って首周りにタオルを巻き付けて、手際よくメイクを落とす。真っ赤な衣装をするりと脱いで簪を引き抜くと、滝のように髪の毛が落ちた。Tシャツとスパッツに着替えてからオルゴールに合わせてふわりと跳ねると、体重がないみたいに軽い。
「わ、きれい」
すんなりと称賛の言葉が漏れる。
「ありがとう。この曲、もともとバレエだから」
そう言いながら床に座ってヴェッラは丁寧にストレッチを始めた。
わたしのほうは特にすることもないので、お城で踊った三拍子の振り付けをベースにして、オルゴールに合わせて一、二、三、とステップを踏んでみた。
でもわかる、あなたこそ、愛してくれる、あの夢と、おな、じ、に。
それを見てヴェッラがくすりと笑う。
「夢の王子様、か。それならアルフさんがぴったり正統派だよね。ドッレビートの春の宴、シンデレラとお似合いだったな~」
うっとりしてるけど、アルフさんはそれだけじゃないんだよ?
「正統派じゃないと思う……中身が。ヴェッラ、知らなかったっけ? あの人も変人だよ。女の子を苛めるのが好きなんだって」
「えええっ! 嘘! あんなに穏やかなのに」
「取り繕うのがうまいんじゃない? わたしたちのまわりにいる男の人たちってみんな変人ばっか……あ~、この曲、いいな。変人はともかく、今度アルフさんに踊ってくださいって頼んでみようかな」
踊るのをやめてベッドに座って考える。アルフさんに頼んでも大丈夫かな。ダメかな。
「イザム君じゃなくて?」
「せっかくだから、悪辣魔導士じゃなくて王子様がいい。イザムより安全だし」
次背中に手を当てられたら、指の感触を思い出して動けなくなりそうだ。
「イザム君がいるのに? アルフさん、またゲーロにされるんじゃない? 踊ってくれると思う?」
笑いながらヴェッラが言う。
「じゃ、ヴェッラに譲るから踊ってみせて。自分で踊らなくていいから。なんかこう、ふんわりしたスカートで、クルクル回ってさ、幸せな感じで」
「じゃ、こんな感じ……」
立ち上がったヴェッラがおじぎをして、架空の相手のホールドで踊りだす。
わあ。
きれいだしかわいい。ろうそくの明かりで幻想的。Tシャツとスパッツのせいで腕だけでなく足がきれいに見えていて、小さな動きまですごく女の子らしい……下で見たカルメンとは別人だ。
表情もゆったりと微笑んでいて、夢を見ているみたい。
「すごく素敵。もう一回やって。技を盗む感じで見てもいい?」
「いいよ? でも技を盗むって、何それ?」
「あ、そっか、イザムがみんなに黙ってるから言ってなかったんだけど、わたしのジョブ、シーフなの。いろいろ盗むのが得意。とりあえず他の人には黙ってて?」
ヴェッラはきょとんとした顔でわたしを見て、そのあとで納得したように笑った。
「へ~、それで警戒心が強くて、逃げ足が速いんだ?」
ちょっと照れくさくて、へへへ。って笑った。
それから二回、同じ動きで踊ってもらった。
「見てる時の集中力が、すごいね。サックスの練習してる時のタイガみたいな顔してる」
「ありがとう。でも、これ、けっこう疲れる……高度な技、入ってたりする? それともわたしが素人すぎるせいかな」
こめかみを揉みながら頭の中を整理する。そのあとで、できないところは手とり足取り教えてもらった。
「覚えるの早! しかも細かい」
「ありがとう、たぶん技使ってるから……うわわ」
けっこう魔力を使ったみたいで、膝ががくがくした。
「踊り子から踊りの技を盗もうなんて、ちょっと欲張り過ぎだったか……」
へばりそうになって、ヴェッラがベッドにひっぱり上げてくれた。並んで上掛けにもぐる。
「……わたしの王子様、どこで百年の眠りについてんのかなぁ」
天井を見上げながらのヴェッラの呟きに笑いが漏れた。
「王子様なら、ヘンリック様がいるじゃん。アルフさんみたいに細身じゃないし、筋肉質でしょ。お尻は注目したことないけど、たぶんリフトは余裕じゃないの?」
「あの人はダメだよ~、いい人過ぎるから、国のためにOKしそう。見た目は似てないって思うかもしれないけど、アルフさんによく似てる。本当に、親切で苦労性。あの人に必要なのは理解のあるお妃様。バックアップしてくれるっていう申し出なら歓迎するよ?
それに、いくらお尻がかわいくてもさ、わたしは誰かのためにじゃなくて、自分の気持ちでわたしを望んでくれる人がいいの!」
ヴェッラは前にもそんなこと言ってたなって思う。
確かにそうだよね。
「……でもとりあえず、お尻はかわいかった」
ヴェッラがくすりと笑った。




