13. 何がロマン
借りたTシャツもハーフパンツもゆるゆるだったので、ハーフパンツのウエストはさっきまでローブを縛っていた紐で縛りなおした。おうちモードというか、楽ちんスタイル。もう一本残った紐で髪の毛を束ねると格段に動きやすくなった。
ローブを畳んで腕に抱え、ドアを開けると、言った通り部屋の目の前でイザムが待っていた。
「お待たせ。ローブ、ありがとう」
「いえいえ」
ニコニコニコニコ。
また見てる。
なんか、この上機嫌の笑顔を見ると、裏の気持ちがあるような気がするんだけど、今度は何が嬉しいんだ? 裸足以外の露出はないし、別にどこも変じゃないはずだけど。
ニコニコニコニコ。
上機嫌が怖い。
「……で、部屋の確認と家の散策、するんだよね?」
「うん」
うん、の言葉の後ろに「ルン♪」が聞こえた気がする。
特に何をされたわけでもないのに、なんだかゾワッとする。
「入る……でしょ?」
「うん。おじゃましまーす」
自分の家でお邪魔しますも何もあったもんじゃないとは思うけど、一応わたしの部屋として準備してくれたスペースだから、家主のイザムの方が部外者、ということらしい。
「カーテンとか、絨毯とか、壁紙とか、どう?」
そう言いながらも視線がわたしから動いていないのが気になる。
バニーとかよりよっぽど普通の格好だと思うんだけど。
言われるまでは気づいていなかったけれど、石壁なのは暖炉周辺だけで、他のところには白を基調にした壁紙が張ってあった。ピンクの小花が散らしてあって、女性的な部屋だ。かわいいけど、フリルもレースもない。基本シンプルで、やり過ぎ感なくまとまっている。
考えて、ちゃんと準備してくれてたんだと思うとちょっと嬉しくなった。
これで趣味の世界を追求するような感じだったら気持ち悪く感じるところだけど、けして友達枠を外してない……人に着せた服装に関しては常識が飛んでると思うけど。
「僕の勝手なイメージで準備したから、気に入らないところがあったらどんどん言ってね。模様なんかは向こうに帰ってから気に入ったのが見つかれば、雑誌の切り抜きとかでも見せてもらえれば参考にするよ」
ニコニコニコニコ。
特にどこをどうして欲しいとかはないけど、上機嫌の理由が気になる。
なんなの? 気にはなるけど、聞きたくないような。
うん。無視しよう。
「こっちがクローゼット。今はほとんど空だけど、こっちで買ったものはここにしまえるようになってるから。さっき買った上着とアンダースコートはここに入ってる。アイテム扱いにして鞄に入れることもできるよ。で、そっちが洗面所。
この家は外見は中世ヨーロッパ的で古いけど、中身は現実設定だからお湯も出るしお風呂も入れる。キッチンは一階で、料理人もいるけど、自分で料理することもできるよ」
「へ~、それいいね」
ご飯とお風呂は純粋に嬉しい。
ニコニコニコニコ。
「ん~。特に変えてほしいところなんてなさそうだよ。むしろわざわざこんなふうに気を使ってくれてありがとう」
「そう? どういたしまして」
ニコニコニコニコ。
ダメだ。やっぱり気になる。
「あのさ……今度は何?」
「何って?」
「何が嬉しくて、その顔なの?」
「うん? アイリーンがかわいくて。いや~、女の子がいるって、本当にいいよね。バニーを逃したのは残念だけど、こんな格好してもらえるなら帳消しだよ」
ニコニコニコニコ。
よくわからない。ゆるゆるのTシャツとバニーが比較対照になるなら、わたしとしてはTシャツのほうがはるかにいいんだけど。
わけがわからない顔をしていることに気づいたイザムが続けた。
「これが現実だったら気に入ったキャラに『僕の』服を着せるなんて絶対無理だろ? それに、そのゆるゆる具合。所有権を感じさせつつ保護欲をかき立てるんだよ。あと、ブラつけてないから揺れるたびにいい感じに想像力もかき立てられて、もうロマンだよね」
ニコニコニコニコ。
存外にばかばかしい理由で気が抜けた。
つまり、ここにいるわたしのことは、やっぱりアニメやゲームのキャラみたいに見てるってことか。最初があの格好だったし、見た目も結構違ったし、ね。
危険はなさそうだけどやっぱり無視しとくんだった。コメントのしようがない。
聞かなかったことにして首を振りつつ、他の部屋も見てみようと思って部屋から出てようとしたら、床が石だからやっぱり履き物を準備したい、と止められた。
「スリッパ、僕の趣味で出してもいい?」
いい笑顔で言われた。これまでの経験から、たかがスリッパなのにとても危険な物について聞かれているかのような気がする。
「スリッパ、だよね? あの家の中で足に履く、柔らかい靴の話だよね?」
念のため確認する。
「そう、それ。」
それならわたしの頭の中にあるスリッパとそう違うとは思えないし、危険ではないはずだ。
「一応言っとくけど、踵が高くて歩きにくいとか、ちっちゃい子どものサンダルみたいに歩くとキューキュー音がするとか、そういうのはやめてね?」
その注文がおかしかったらしく、イザムがふっと頬を緩めた。
わたしの手を取って椅子に連れて行く。
「そんなやつにはしないよ。せっかくの機会だから、かわいいデザインにしたいだけ」
わたしを座らせて、目の前に片膝をつくと、「サイズ見せてね」と言ってヒョイとわたしの右足を持ち上げた。
「え!? サイズなんて適当でいいよ!」
わたしの訴えはしれっと聞こえない振りをして、左手で足首を掴むと、真剣な表情で踵から爪先まで、そっと右手の指を滑らせる。
一瞬ゾワっとなったけど、すぐにそれどころではなくなった。
「ちょ、くすぐったい! 待って、待って! その横のとこ触るのやめて」
予想外の攻撃に、足を引き抜こうとしたら、足首を掴んでいる手に力が入れられた。
「こら、動くな!」
「動くなっていわれたって、無理! その、そっと触るのやめて! そんなことされるくらいなら思い切りつかまれたほうがましっ! や、なんの罰ゲームよこれっ!?」
椅子の上で身悶えすると、「罰ゲームじゃないけど、これはこれで……」と楽しそうな声がして、くくく、と笑い声が続いた。
「蹴るよ! 変態っ!」
「待てよ、わざとじゃないって。すぐ済むから」
「済まなくていいから離してっ!」
「も、ちょっと……やば、これ楽しい。けっこう快感で癖になりそう。俺ってSだったのか……そっちの足もかして」
嬉しそうに昆虫標本を作製していた小三の頃からイザムがSだってことはあきらかだけど、そんな恐ろしいことを言われて誰が足なんて出すか。イザムがSだろうがなんだろうがどうでもいいけど、わたしはMじゃない。
異世界で見た目が違うとはいえ、中身はわたしだってことを忘れてもらっては困る。
寸止めなしの蹴りをお見舞いし、どうにか魔の手を逃れた五分後、二度とわたしの足に触らないと約束させたその後で、イザムはバニーヒールについていたようなまん丸い赤いふわふわのファーがついた華奢な室内履きを出してくれた。
「足くらい、いいじゃん……」と呟いて、「どうせならもうちょっと上まで触っとくんだった……」って、続ける。
それマジでセクハラ発言。
さっきは友達枠を外してないって思ったけど、こいつ、それ以前に変人枠にどっぷり入っていたんだった。何をされても文句を言わないアニメキャラと同一視されるなんて、やっぱり怖すぎる。




