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129. ゲーロで済んでよかった

 ニヤリと悪い笑顔で受け合うイザムに背を向けて二階に戻るヴェッラと入れ替わるように、夕食が運ばれてきた。


「イザム、あいつ、って……?」

「タイガだろ? あれだけ心配させておいて、午後中ずっと他の女にチャームかけたり解いたりして遊んでたんだから、当然。

 お膳立てもしてやったのに。まあ、中学生だし、異性にもてた経験もないだろうし……嬉しい気持ちはわからないでもない……いや、やっぱりわかんね~」


 そう言って、目だけでアルフさんを呼ぶ。悪い顔のまま。

 すぐに気づいてやってきたアルフさんはやれやれ助かった、って顔をしている。チャームごっこに付き合わされて、あきらかに困ってた感じ。


 アルフさんがタイガくんたちのいるほうに背を向けて、わたしたちの正面に座ると、イザムは魔王な顔を維持したまま、「俺今訳があってちょっと悪い顔してるけど、別に機嫌が悪いとかじゃないから気にしなくていいから――」って前置きして、質問した。


「タイガ、ずっとあんな感じだったのか?」

「ええ、まあ、はい」


 困り顔でアルフさんが答える。


「止めろよ~」

「いえ、しかし……」


 アルフさん、訪問者には低姿勢だから、止められなかったのか。


「自分で止められないなら俺を起こしに来ればよかったのに」


 呆れたようにイザムが言うと、アルフさんはとんでもないと言わんばかりに勢いよく首を振った。


「気を使わなくても、俺ならたんに寝てただけだから、タイガを止めて欲しいくらいのこと、言ってくれてよかったんだよ」


 肩をすくめてあっさり言ったイザムに、ちょっと驚いた顔をする。


「え? あ、そう……だったんですか」


 そう言って、でも疑わしそうにわたしの方を見た。


「アイリーンも、別にチャームとか、かかってないよ? 今のこれは、ヴェッラがチャームを練習するついでにタイガを懲らしめたいみたいだから、なんかそれっぽい振りをしてるだけで、別に俺のチャームでメロメロってわけじゃないし……そもそも俺たちがそういうんじゃなくて――婚約者ってのも設定だ、ってアルフはもう気づいてるだろ?」


 アルフさんは小さく頷いた。


「はい……それは。ですが、今朝のあれ(・・)を見せられたあとだと、どうしても魔導士様のお邪魔をするのは……敷居が高くて」


 そう言い訳するアルフさんの顔が、こわばっているような。


「あれ(・・)はあいつの自業自得。しかもそれはアイリーンにチャームをかけようとしたせいで、俺の睡眠を邪魔したせいじゃない」

「そうかもしれませんが、たとえあれの十分の一でも、被害にあうのは、ちょっと……」


 じり、とアルフさんが後退する。


 ものすごく怖がられてるような気がするけど、何をやったんだ。


「あんなえげつないの、そうそうやらないぞ?」

「そうですが、万一ということもありますので……」


 アルフさんが低姿勢になりすぎて地面に潜り込みそうになってるような気がする。

 レオさんがどんな被害に遭ったのか気にかかる。


「イザム、レオさんに何をしたの?」


 つい、二人の会話に口をはさんだ。


 アルフさんがそこまで嫌がるようなことってなんだろう。ゲーロのときだって平然としていたのに。

 わたしの質問に、アルフさんはぎくりと固まったけど、イザムは何でもないって感じに肩をすくめた。


「……魔導師の呪術は怖いってことだよ。前にアルフにも『傷をつけたら殺す』って言ったけど、今回はうっかり氷漬けにして殺し損ねただろ? 相応の結果だよ」


 そう言いながら、なんか、顔が怖くなってる。これは、そのまま魔王かも。……そして殺すのと相応の結果って、そんなの、あるの?


「別にどこも傷なんてついてないよ?」


 わたしは元気だ。たいして怖い目にも遭ってない。


「ついてたろ? 手首。あと、目の前で攫われた俺のプライドにも、ついた」


 自分の手首を見下ろす。


 ああ、そういえば。

 だけど擦りむいたのは縄抜けしようとしてた自分のせいだし、すぐ治しちゃったから忘れていた。


「イザムのプライドの傷はわからないけど、手首なんてあんなの、ちょっとじゃない。だけどタイガくんも起こしに来たくないって話だったし、そんなに怖がられるような何を――」

「ちょっとだろうが、傷は傷だ。だいたい、チャームは意図してかけるしかないんだから、最初から悪意があるんだし、俺の婚約者だって知っててかけたんだから、報復は当然の権利だろ?」


 イザムがそう言った途端に、音がしそうな勢いでアルフさんの顔から血の気が引いた。

 それを目に留めて、イザムがおもしろそうな顔をする。


「――ああ、そう言えば、確かアルフも知っててかけたよな――あの時あのお守り持ってたら、シンデレラとの将来はなかったかもな? よかったな」


 にこやかに話してるけど、明らかにアルフさんが青ざめてるから、やめて欲しい。


「ちょっとイザム? アルフさんに悪気はなかったんだし、あれはもともとイザムのせいだったって話をしたよ?」

「だから、よかったな、って。報復はゲーロで済んでるし。あれは呪いだから簡単には解けないし……ところでアイリーン、素に戻ってる。チャームにかかってるふりしといて」


 言われてまた、イザムに寄りかかるような体勢に戻す。

 アルフさんがぞっとした顔で、「ゲーロで済んでてよかった」って呟いた。


「ところでさ、俺、もうしばらく悪辣な魔王のふりしてなきゃいけないから、ちょっと頼まれてくれないかな」


 結局何をしたのかはぐらかされたけど……今までの会話の流れからして、このタイミングでイザムが頼みごとをしたら断れる人、いないんじゃないかな。


 アルフさんも同じことを考えたらしく、ぎくりと動きが固まった。おそるおそるって感じで頷く。


「今からヴェッラが踊るんだけどさ、今までチャームなしで踊ってたんだけど、今回はチャームつけるつもりで踊るから、かかったふりはしてもいいけど、かからないように注意して。それにかかったやつは正常に戻してから家に帰したいんだ。

 頼みってのは……他は何も言わずにタイガに『カルメン』か『サロメ』吹けって伝言を。それから――賭けは終わりに」


 最後の一言だけは、まじめな声だ。『チャームで遊ぶな』ってことらしい。同感だ。


 至極まともな頼みでよかった、と思ったのはわたしだけじゃなかったようで、アルフさんは大きく息を吐いて、こめかみをさすりながらタイガくんと騎士さんたちのところに戻って行った。イザムに危険な意図はないってわかったはずなのに、アルフさんの足もとがちょっと覚束ないような気がする。


 イザムってば、どれだけ大魔王だ。


 すぐに賭けとふざけたチャーム合戦は終わった。アルフさんの手腕というよりは、わたしが寄りかかっている不機嫌顔の大魔導士の圧力のせいだと思う。


「イザム? 今、レオさんってどうなってるの? これから報復されたりとか、しない?」


 見上げながら聞いてみる。


「んー、そろそろあいつを助けようとする女性たちも出尽くしただろうし、残りはそれほど強くチャームがかかってなかったんだろうから、諦めがついたところで現実に帰る決断をしてくれるんじゃないかな。……あんなふうに晒されたんだ、もうここにはいたくないと思う。報復は、まあ、無理じゃない? 力量が違うし」


 にやりと笑う。


「だけど他の人たちには? みんなにあんなふうに怖がられたらこれから先イザムが――」


 この世界で暮らしにくくなるに違いない。そう続けようとした言葉を遮る。


「まあ、大丈夫じゃない? 俺は手あたり次第ってタイプじゃないし。ちなみに今もその印象付けの真っ最中。俺はアイリーンに夢中で、アイリーンが俺に夢中のラブラブカップル?」

「……その言い方、バカっぽいからなんか違うやつにならない?」


 魔王の表情を保ったまま楽観的なことを言って、和ませようとしてくれてるのはわかるけど、もともとイザムは穏やかで、人が嫌がるようなことをする性格じゃない。


 だから、怖がられたり恨まれたりはして欲しくないよ。


 そう思っていたら、顔に出たらしい。


「いいんだよ。大魔導士って呼ばれるからにはね、それなりの理由があるんだ。それに、怖がられることで避けられるトラブルなら、出会う前に避けたい――ほら、心配そうな顔になってるよ? 夢中な顔してて。死守してくれるんだろ?」

「それは――そうだけど」


 握られっぱなしの手を見る。死守するって言ったって、相手はヴェッラだし――そして、この寄りかかった斜めの体勢、けっこうきつい。


 うむむ。


「遠慮しないで、そのままこっちに寄りかかればいいのに。アイリーンらしいけど」


 肩を抱かれて、ぐ、と引き寄せられたせいで、体重がそっちにかかって楽にはなったけど、ますますくっつく感じになった。


 うひゃ。


 これはなんか、恥ずかしい感じになってきたような気がする。

 

「落ち着かないなら平気なように本当にチャーム、かけてあげようか?」


 からっている声。そんなのは当然お断りだ。


「やだよ。でも、その悪人顔、いつまでやるの?」

「今日はヴェッラの気が済むまでかな。アイリーンもそれまで、がんばって」

「イザム、楽しんでない?」


 こっちを見下ろした目が笑った。


「俺、不機嫌な顔はしてるけど、実は抱き枕付きでよく寝たせいでかなり機嫌がいいんだよ。せっかくだし、悪い顔してても踊りは楽しく見せてもらわないと――ほら、お姫様の登場だ」


 不敵な笑みを浮かべたまま顎で指し示す先に、真っ赤なドレスのヴェッラが立っていた。

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