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128. チャーム講座

「下はどんな感じなの? 俺が寝てる間に何かあった?」


 ローブのフードを深く被ったままのイザムが、歩きながら聞いた。


「ない。イザム君がいない分、あの四人ががんばって……というか、味を占めたみたいで、お姫様待遇でチャームをかけるってやつをいろいろ試して遊んでる。娼館のお姉さんたちがかけてもらいたがってキャーキャー言ってて、すごく上機嫌。そんでもって誰がかかりやすいか男性陣がお金を賭けてる」


 ん? ヴェッラ、不機嫌だ。声に棘がある。


「タイガとは話せたのか?」


 イザムも気づいたみたいで、窺うような声の調子になった。


「話してないけど、別によかったみたい」


 ますます棘ってる。


「何だよそれ?」

「話す必要も何もなかったみたい。お姉さんたちに囲まれて楽しそうにしてる。わたしがいなくても困ってないし」

「ふうん?」


 あ、『ふうん』だ。何か考えてる。


「で、俺に用事ってのは? 誰? チャームが解けないやつでもいた?」


 イザムが聞くと、珍しくヴェッラが言い淀んだ。


「わたし……チャームについて教えて欲しくて……」

「ヴェッラが?」


 イザムがちょっとびっくりな顔になって足を止めた。


「そう。だって、わたしにもできるって言ってたでしょ? 『踊り子なんだし』余裕だろ、みたいな……あれってどういうことかと思って」

「ああ、なんだ。いいよ……じゃあ、そうだな~とりあえずアイリーンは俺に、え~と、夢中な感じで、いいかな」


 へ?


「設定? 下で何かやるの?」


 突然役割を振られてちょっとびっくりしたけど、イザムに夢中なふりをしていればいいのか。


「まあ、そうしといた方が後々楽ってだけだから、嫌なら無理にとは……」

「いいよ。イザムがクロちゃんだと思えば簡単」

「……クロか」


 ちょっと不満顔だ。かすかに眉間にしわが寄った。


「シルバーの方がいい?」


 そう聞いたら眉間の溝が深くなった。


「いや、シルバーだと思うと腹立つから、クロでいい」

「了解♪」

「ヴェッラも、とりあえず、あ~、嫌じゃない程度に近くに来る?」

「わたしも? なんで?」


 わけがわからない、って顔をしている。


「当てこすりの材料になってやるよ。ついでだし、俺を含め、周りをチャームの練習台にしてみたら?」

「「ええ!?」」


 ヴェッラとわたし、声が揃った。


「せっかく俺が悪名高くなってるし、妬かせたいのか心配させたいのか知らないけど、どうせなら最初から両手に花の方が、それらしいかなって」

「いいの? イザム君にそんなことして」

「いいよ。狙われるのは好きじゃないけど、アイリーンのこと心配してくれてたみたいだし、お礼がわりに」


 自分で練習していいって言うなんて、寝る前よりずいぶん落ちついたってことだ。よかった。


「いや、そうじゃなくって、アイリーンの前でイザム君といちゃつけってことでしょ?」


 そう言って、見るのはわたしの方だ。


「いいよ、どうぞ?」


 全く、かまわない。


「アイリーン、そこは即答しないでちょっとためらうとかしろよ……」

「そうだよ。婚約者なんだし」


 なんでそこで二人の意見が合うのか。


「え、もう?」

「『もう』って?」

「他の人の目もないし、今困ってみせる意味はないかなって……ところで、ヴェッラがチャームの練習をしたら、わたしは怒るの? 拗ねるの? それとも対抗する? ちょっと苦手だけど、ヴェッラへのお礼になるなら、わたしもがんばるよ」


 ぐっと右手を拳にしたら、イザムが残念な物を見る顔になった。なぜかヴェッラも。


「……俺がクロだと思って行動すれば?」


 それは大変だ。


「了解。死守する」

「……くそ、クロめ」


 そう言うなり、イザムがフードを脱いだ。髪の毛をかき上げて顔を晒す。ちょっと不機嫌そうに寄った眉と細めた目が威圧的。


「本当にキレーな顔してるよね。どういう設定にしたらその顔になったの?」


 ヴェッラが聞く。


「さあ?」


 って、イザムは答えてるけど、それ、ほぼ地顔です。


「ほら、アイリーンはこっち。ヴェッラは、まあ、できる範囲で近くに来て?」


 階段を下りていくと、キャーキャーと賑やかだった喧騒が止んだ。


 イザムはちょっと不機嫌そうな目元に反して口元には笑み。下まで降りると手を離してわたしの腰を抱く。ラブラブな感じで、ね。はいはい、わかっておりますとも。

 少しイザムに寄りかかる感じで歩く。首も傾けて頭を寄せる。「夢中」って言われたから、周りには一切視線を送らなかった。さっきまで抱きしめられていたせいか、そもそもが異世界のせいか、そんなに違和感はない。


 でも、時々背中の出てるとこに触るのは、控えて欲しい。


 カウンターのところで一度立ち止まった。夕食を頼むとそのまま一番奥の空いたテーブルまで進む。不機嫌大魔王の降臨に静まり返った周りを見たいけど、我慢する。


「そんなふうに、ずっと俺だけ見てるの、いいね」


 耳元で囁いて、壁沿いの作り付けの長椅子に座り、脚を組む。

 

 わざとだけど、態度悪っ。


 わたしを自分の左に座らせながら、「いつもそうしてればいいのに」口を耳元に寄せたままイザムがつぶやいた。


「でも、わたしからは周りが見えないから面白くない。どうなってるか、教えて欲しいよ」


 つぶやき返せば、イザムが小さく笑った。


「今のところはちょっと唖然とした感じで、俺たちを見てる――魔法で軽く威圧してるし。たぶんあれだな、俺はお楽しみを邪魔されて不機嫌で、アイリーンはあいつに負けない威力のチャームをかけられてメロメロだって思われてる。

 俺のチャームが他の人間に向けられていなくてよかったなって思ってる男連中と、アイリーンを羨ましがってる女連中と――あとはアルフがほっとしてて、タイガがぎょっとしてる。そのままこっち見てて。あの様子じゃあいつ、午後じゅうずっとヴェッラをほったらかしにして、話もしなかったのか。ヴェッラの方は心配で駆け出してったのに……バカだな。

 ちょっとヴェッラと遊んでもいい?」

「どうぞ? クロちゃんはかわいいもん。広い心で貸し出すよ」


 クロちゃんのふわふわの毛を撫でるように、代わりにイザムの頬を撫でようかと思って手を伸ばしたら、つかんで止めさせられた。


 撫でるのはダメなのか?


「幸せな顔しちゃいそうだから、今はダメ――ヴェッラ、こっちに」


 ちょいちょいと手招きをして、わたしとは反対側の隣にヴェッラを座らせる。

 小声で、「ちょっと耳貸して」といった後で、顔を寄せたヴェッラにチャームのかけ方を説明すると、案の定、ヴェッラの顔が真っ赤になるのが見えた。


 だよね、一介の女子高生には荷が勝ちすぎてるんだよ。


「それをイザム君にやれって言うの? ここで? 無理に決まってるでしょ?」


 小声で言い返してる――周りには両手に花に見えるかな。


「嫌ならやる必要はないし、今のは知識として説明しただけ――時間をかけて丁寧に口説けないこともないし、そのほうが親切なのかもしれないんだけど、とりあえず俺は魔導士だから、チャームをかけるときは大抵そのやり方で……つまり俺の場合は魔法や行動で圧倒して心を乱させてから一気にかける方が楽だってこと」


 そう言って周りに見せるための不敵な笑みを浮かべてみせてから、小声で続けた。


「だけど、ヴェッラは踊り子だから、わざわざ口説かなくても、踊りの一環だと思えばそれだけで十分かけられるだろ? 演じるのは得意のはずだ。カルメンかマタ・ハリにでもなったつもりで迫ってみたら、その辺のやつらなら案外簡単に落ちると思う」

「わたし、次から次へと男性を乗り換えたり、大勢の前でストリップをするつもりはない――」

「それが踊り子だろ?」


 それを聞いてヴェッラの目つきが悪くなった。


 イザムもそんなヴェッラを挑発するように半目で顎を上げた。


「侮辱してるの?」

「じゃあサロメは? あれも踊り子だろ?」

「首を切り落として欲しいわけ?」


 小声の言い合いが迫力を増して続いてる。何これ? サロメって誰だ?


「心配させたいだけなら、アイリーンみたいに俺のチャームにかかったふりでもいいけど――せっかくだし、試してみたらいいだろ? 鼻を明かせるし、万一俺にチャームがかかったら、ねだってみたらどう? 銀の盆に男の首だろ? どいつの首でもいいよ? かかったら(・・・・・)、だけど」


 そう言ってふふん、と笑う。


 サロメってそんな怖い女なのか。


「挑発しないでよ」

「挑発してるのは俺じゃない。それにチャームのかけ方を知りたがってるのも、俺じゃない」


 無言の睨み合いがしばらく続いた。


「――わかった。首はいらないけど、チャームをかけられたら、あいつ三階の窓から吊るしてくれる? ――着替えてくる」

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