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127. 着せ替え魔術

「アイリーン~!! イザム君、貸して~!! あと、夕ご飯~!」


 ドンドンと扉をたたく音と、ヴェッラの大声に目を開ける。

 暗い。


 暗い!?


 勢いよく起きあがろうとしたらぐいと引っぱられて、ベッドに逆戻りだ。


「のわわ、なに?」

「もうちょっと、このまま……」

「ああ、なんだ、イザムか……びっくりした」

「なんだ? なんだって、何だと思ったんだよ?」


 むっとした声。


「だから何だろうって思ったんだよ。イザムだった」


 またドアを叩く音。


「アイリーン! 開けて~! それともイザム君に襲われてる~?」


 ぎゃ! なんてことを。


「ないないない! 今行く!」

 って、言うわたしの声と、

「今から襲うから邪魔すんな!」

 って、言うイザムの声が重なった。


「ちょっと!!」


 なんてこと言うんだ。


 腰に巻き付いた腕から逃れようとしていると、


「現在進行形で襲ってないなら出てきて~! イザム君にも用があるの!」

「今襲うとこだからダメ!」

「ちょっと! そういうこと言わないで!」


 ゴツ!


 拳骨を一つ落としてドアに向かおうとしたら、腕をつかまれた。


「何よ!」

「待て待て待て、そのままはマズいから! 本気で襲われてた感じに乱れてるし」


 魔法を使ったのだろう、部屋に明かりが灯って、見下ろせば、確かに制服もどきは着崩れてあちこちしわになってる。

 でもそれだけじゃなくて、なぜかジャケットのダブルのボタンが外れてはだけてるし、低い位置で留めてあるはずのリボンもない。


「これ、どういうこと……」


 自分で外した覚えがない以上、やったのは目の前の残念魔導士だ。

 半目で睨みつけるとちょっとイザムの目が泳いだ。


「あ~、ちょっと、抱き心地が……じゃなくて、ジャケットだけでも脱がした方が楽かなって? シャツのボタンは外してないよ! そっちは触ってないから! スカートも!」

「次、勝手にボタン外したら……」

「外さない。はい。外しません。ごめんなさい」


 まったく、なんてこった。


「アイリーン? 大丈夫~?」

「大丈夫。ちょっと待って、今行く」


 とりあえずボタンを留め直していたら、ふわっと布地が浮いて、なんちゃって制服は元の通りのリボン付きに戻った。しわもない。

 振り向けば、小さく肩をすくめて、たいして悪びれた様子もないイザムがちょっと笑った。


 まあ、ジャケットのボタンとリボンを外したくらい、確かにいいんだけどさ。


「次は言ってから外すよ」


 わたしも怒っていないことはわかっているらしく、そんなことを言って立ち上がる。


 伸びをする様子は元気そうに見える――休めたってことだよね。よかった。

 戸口に行って鍵を開けると、シンプルなワンピース姿のヴェッラがわたしの肩越しに中をのぞき込んだ。


「夕ご飯一緒に食べるならあんまり遅くならない方がいいよってのと、イザム君、借して欲しいんだけど、いいかなって」

「夕ご飯はいいけど、イザムは……」

「貸さない? いいねそれ。ちょっとは俺に対して所有欲が出た?」


 ぬっと後ろから首を出してイザムが言った。


「いや? わたしのじゃないから本人に聞いて? って言おうと思って」

「俺たち、一緒に寝る仲だろ?」

「そういうんじゃないでしょ?」

「そういうのにしてもいいんだけど?」

「寝ないことにしてもいいんだけど?」

「「……」」


 うすく笑みを浮かべて笑い合っていたら、ヴェッラが呆れたように言った。


「とりあえず、下に来てよ二人とも。みんなもいろいろ相談とか話したいことがあるみたいで、ずっと待ってたんだよ」

「そうなの?」


 言われて窓の外を見れば、確かにもうとっぷりと暗い。寝たのは昼過ぎからだから結構長々と寝ていた感じだ。昨夜ろくに寝ていないイザムはともかく、わたしまでずいぶんよく寝たものだ。


「もっと早く声をかけてくれてもよかったのに。夜、眠れなくなりそう」

「わたしもそう言ったんだけど、みんな起こしに来るのは嫌だって、それに声をかけに来ようとしたらやめたほうがいいって言われて。……わけわかんない」


 軽く首を振りながら、ヴェッラが両肩を上げた。


「みんなイザム君を怖がってるみたい。何やったの?」


 ヴェッラが胡散くさそうな眼差しを向けて、わたしも一緒に振りかえる。

 清廉潔白を信じたくなるような柔らかい笑顔――わたしにはものすごく胡散くさく見える――を顔に貼り付けてイザムが首を傾げた。


「魔導士だからね~? またカエルにされるとか思われてるんじゃないかな」

「それにしたってアルフさんやタイガまで嫌だって言ってるんだよ? 絶対、変」


 そうなの? 確かにそれは変だ。


「ま、飯にしよう。よく寝たし、俺、腹減った」

「もう夕ご飯っていうよりはその後のくつろぎタイムに近いよ」


 ちょっと呆れた感じでヴェッラが言う。


「そうそう、アルフさんが、出てくるなら「仲良しな感じの方がいい」って伝えてくれって――」


 それを聞いてイザムが笑う。


「かなり警戒されてるってことか……」


 わたしの方を見ながら何か考える様子。

 ヴェッラも一緒になってじっと見る。


「制服みたいにかっちりしてない方がいいかも? ……そのままだってこっちの人たちにはわからないのかもしれないけど、アイリーン、何か持ってる?」

「ああ、大丈夫。ちょっと待って、すぐ行く」


 わたしの代わりにイザムが嬉しそうに返事をして、ヴェッラがまた不審そうな顔をした。

 その目の前でドアを閉める。


「オフホワイトの首元が広めのざっくりネックのニットワンピース。膝下まででサイドスリット入り。それからきちんと系の黒のちょい深めのスクエアネックのワンピース。スカートはロングのAラインで黒のレースのチョーカーつき。靴はニットの方が七センチヒールのショートブーツで、スクエアネックがちょい太めの五センチヒールだったらどっちがいい?」


 寝る前までの疲れた様子は宇宙の果てに飛び去ったらしい、ワクテカ笑顔で聞かれた。


 いつそんなやつできるようになったんだ……。


「露出の少ない方で、オネガイシマス」

「襟元は大差ないけど……そういう希望なら、黒ワンピにしようかな」


 久し振りに半眼でじっと見られて、さわさわと肌が粟立つような感覚に目を閉じた。そういえば、こんな感じだったな、って最初にバニーに着替えさせられた時のことを思い出す。あの時はびっくりした。ソファとお尻に挟まれたでっかい尻尾の感触とつま先にファーのついたピンヒールを思い出して笑いが漏れる。


「何?」


 首を横に振って目を開ければ、あの時と同じようでいて違う顔。

 楽しそうな顔は同じだけど、わたしが抵抗しないことが嬉しいらしく、反応を窺うような、控えめな感じがずっと少なくなっていて、自然な感じだ。


 言われたとおりのスクエアネックのワンピースは、フロントはシンプルで大人し目のすとんとした形だったけど、確かにちょっと胸もとが深い……ホクロは見えないけど。スカートはひだの多いたっぷりした柔らかい素材で、特に変わったところはない。ヒールは五センチくらいなら余裕だし、太い分安定感がある。イザムが選んだにしてはおとなしいデザインで、現実で本当に着ている人がいてもおかしくないような気がする。


 不思議に思ったのが顔に出たらしい。


「後ろが難しくてさ。脚の露出は少ないけど、背中もけっこうポイント高いんだよ? こうやってエスコートした時とか、ダンスするときなんかに――」


 説明しながらすっと伸ばした指が肩甲骨の下に直に触れたような気がした。


「うひゃ」

「ね? 出てるのか出てないのかって言われると微妙なんだけど、この紐で編んであるところが結構複雑で。ほとんど隠れてるし背中のラインが出てきれいなんだけど、再現するのはちょっと難しかったんだ。大丈夫、そんな顔しなくても、たいして出てない」


 そう言いながらガチャリと扉を開ける。

 廊下に立ったまま待っていたらしいヴェッラが、目を丸くした。


「今の一瞬で着替えたわけ? どうやって? 髪型も違うよ!?」


 サイドわけで下ろし、ゆるくふんわりカールさせてある。


「アイリーンのトータルコーディネートは俺の得意技。でも、これが人をカエルにするやつより難しいんだよ」


 喜々として説明する。


 カエルの方が楽なんだ……?


 わたしの表情に浮かんだ疑問を読んだらしいイザムが理由を説明しはじめた。


「カエルの中身はちゃんとわかってるけど、背中の網目の作り方はわからないから――」

「それは説明しなくていいよ! 行こう」


 慌てて止めたけど、言われてみれば、なるほどもっともな理由だった。

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