126. 充電
「あ、ごめん。反射した……」
「本当は、嫌だとか?」
「そうじゃないけど」
「……」
じっと観察してる。
「昨夜は平気だったよな?」
「平気じゃなかったけど? イザムがいきなり抱え込んだんじゃない」
「……それはつまり、今日も抱っこして運べばいいってこと?」
言うなり扉から離れると二歩で目の前にやって来た。
「ほら」
そう言って両手を広げる。
「そういう意味じゃないよ! むしろ運ばないで」
「俺がひっくり返る前に運ばせて?」
ひっくり返りそうなの!?
「ますます運ばなくていいよ!? そんなに切羽詰まってるなら、自分だけでもさっさと寝たらよかったのに」
「寝ちゃったらアイリーンが来てくれないかと思って」
ああ、そう言われればそうかも。――じゃなくて。
「ほらね?」
お見通しだといわんばかりの顔だ。
「ほらね、じゃないよ。さっさと寝て!」
立ち上がってベッドにぐいぐい押しやる。重い。
「一緒に……」
心細そうな顔。
「寝る寝る! 心配しなくてもちゃんと寝る! はやく横になって。ひっくり返ったら持ち上げられないから」
イザムがベッドに登った後から登る。
靴を脱ごうとしたときに、昨日の寝言を思い出してちょっとおかしくなった。イザムはイザムだな、と思う。
上掛けの下で昨日みたいに引き寄せられると、ようやくイザムが安心した顔になった。
「これでいい? 眠れる?」
「んー……もうちょっと、こう……んー、こう? あんまり離れると落ち着かないし……いい感じで眠れる体勢ってないかな……」
寝る前に落ちつく場所を探してもぞもぞしてるハムスターみたいだ。
「そっち向いて。うん、背中向けて。……頭、こっちに乗せて。これでよし。おやすみ~」
横向きに背を向けたわたしを背中から抱きしめる感じで、首の下から出したイザムの腕が上になっている方のわたしの二の腕を包み、反対の手がその上を乗り越える状態で、けっこうしっかり抱きつかれた――これが他の時なら絶対逃げ出してるけど、今のイザムに「充電」と落ちつきやすい体勢を探す以外の意図はないみたいで、意外と嫌じゃない。首元にかかる息がちょっとこそばゆい感じはあるけど。
それに、こうやってイザムの腕の中にいるのは、「安心」だ――昨夜攫われた後、帰って来てからもちゃんと寝られたのは、イザムが抱きしめていてくれたからだったんじゃないかと思う。
部屋に入ったときは二時間くらいは空手の型を練習しないと落ち着かない感じの興奮状態だった。それが、ああやってすんなりおとなしく(させられたんだけど)していただけじゃなくて、意外にすとんと眠れたのは、自分が絶対に安全な場所にいるって感じられたせいだと思う。
……ピコピコハンマーを作りに行っちゃったけどさ。
いつもなら、あんな状態で黙って置いて行ったりしないと思う。
魔法が不調だとか、何かあったのかな。
「話してくれたら、いいのに……」
不甲斐ない。
そう思っていたせいで、つい口に出して呟いていた。
「……じゃあ、変えていい?」
もう眠ったのかと思っていたのに、ぼそぼそと背後から聞かれた。
「あれ、起きてた? いいよ?」
なんだかわからないけど、答えた次の瞬間、しまったなんてもんじゃない。
ふわっと風を感じたと思ったら、こんな場所で、この体勢で、自分の二の腕にじかに触れる掌を感じて、身体が固まった。
え。え? え!?
「……いいって言われたし……見てないよ?」
そう言われた。――でも、見てない、ってそれは、つまり、わたしの今の格好って。
「……これで安心。どこにも行かないよね」
ふう、と吐いたイザムの息が直に首に当たった。
だから、つまり、……首がもろに出ている、そういう格好なわけで。でもその目的は……逃亡防止みたいな、そういうことなの?
「あの、さ? そんなことしなくたって、絶対どこにも行かないって約束するから、戻してもらうわけには……?」
「……なんで? さっきよりずっと気持ちいいのに……つけこんで何かしようとか、ないよ? ……軽蔑されたくないし」
またあくびをしてる。
いや、いやいや、無理。
「……そうだとしても、ものすごくきまり悪いんだけど」
「ちぇ」
小さく不平を漏らした後でまたふわりと空気が動いて、服は元通りになったけど……はぁ。焦った。
ふぅ、と息を吐くと体からも力が抜ける。
「……アイリーン?」
「何?」
「そうやってさ……すぐ警戒するけど……アイリーンをどうかしようと思ったら、簡単なんだし……もうちょっと俺を信頼してくれていいと思うよ?」
またしても大きなあくび付きで、眠そうな声でもごもごと後頭部に話しかけてる。
「あ~、うん。そうだよね。でも、こういうのって、信頼してるかどうかっていうより、反射的な物で、今のところわたし的には無理ってだけで」
「そっか……残念……あんな感じなら、いいのかと思ったのに……」
?
「あんな感じって?」
「んー。あんなってのは……あんなふうに、一緒に寝よって言ってくれるくらいなら……」
んん?
「それ、何の話?」
首の後ろに小さく笑ったような息づかいを感じた。
「……また今度ね。おやすみ」
それきり、穏やかな寝息が聞こえるだけになった。
はぐらかされたのはわかったけど、なんとなく幸せそうな声だったのでいいことにするか。




