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125. 気持ちの問題

「何だよ、その顔。タイガより俺がよかったとか言うんじゃないだろ?」

「違うよ!」

「じゃあ、いいじゃないか。キスせずにすんでお互いよかったな」


 あ~、ヴェッラの顔が般若になって来てるよ? 火に油を注ぐの、やめてくれないかな。


「よくないよ! イザム君のバカ!」

「バカとか言うな。小学生かよ」

「なによ、年下のくせに偉そうに! わたしはね、誰とキスしたかったのか、なんて一言も言ってないの! 気持ちの問題なの! 好きだって思って、キスしたいって思ってくれたキスじゃないのが嫌だって言ってるの! 誰かに強制されてとか、魔法で仕方なくなんて、そういうのをタイガに押しつけたのが嫌なの!」


 そこまで言って、ぱっとこっちを見る。


「アイリーン、わたしが帰っても平気? 落ち着いたらできるだけ早く帰ってくる――」


 わかる、その気持ちはすごくよくわかるよ。帰りたいってのも。ただ、帰らない方がいいってやんわり伝えたいけど、それだけの口をはさむタイミングが見つからない――。


「いや、ダメだろ」

「何で! 鬼!」


 そこでズバッと言うとか、やめて。先に理由を。


「このタイミングで帰られたら、タイガの方が辛いだろ。よっぽど嫌だったんだと思って、目も当てられないくらい落ち込むぞ。取りなすのが面倒だ」


 理由はきたけど、最後の一言は余計!


「目の前で女の子が困ってるんだからそのくらいしなさいよ! 自分はアイリーンとラブラブだからって、余裕ぶっこいてるくらいならちょっとくらい助けてくれたっていいじゃない」

「別にラブラブじゃないし、俺だって余裕なんてねーよ! そもそも嫌だったんならタイガが断ればよかったんだ。断らないでキスしたんだから、したかったんだろ! 確かに胸とか尻とか触れって言ったのは悪かったけど、本当に触るかどうかはタイガの自由だし、あんなに思いきりやるとは思ってなかったし、あいつのチャームがそこまでかかるとは思ってなかったんだよ! かけかたも知らないって言ってたんだぞ!」


 へ。


 顔から火が出そうな勢いで真っ赤になって声もないヴェッラと、さすがに済まなそうな顔をしているイザムとを見比べる。

 やっと口をはさめる時間がきたみたいだけど、はさむ言葉が見当たらない。


 わたし何か言うべきかな。


「あの、昨夜、わたしがいない間に、一体何があった……の?」


 絶対聞いてない部分があると思う。


「大体はアルフが説明した通りだよ。俺が脅して、タイガがキスした。――ヴェッラにかかってたチャームはすぐ解けたんだけど、あいつがちょっと、いやだいぶ、やり過ぎて――だけどタイガは加減もわかってなかったし、ヴェッラも――本人がどういうつもりだったのかは知らないけど、少なくとも俺にはどっちも嫌がってはいないように見えた。それに俺は質問にさえ答えてくれれば誰のチャームにかかっていようが問題はなかったし、自分でやらずに済んで助かった、ってしか思ってなくて。

 だけど、そのうちさすがにまずいかなって――アルフと一緒に引き剥がそうとしたら、もうヴェッラはアイリーンが見た通りのメロメロになってたんだよ。

 さっき下でも見たろ? あいつのチャーム、けっこう強力で――考えてみればジョブが吟遊詩人で楽師なんだから当然なんだけど。さっきのやつだって、俺に聞くくらいならタイガに聞いた方がよっぽど――」


 それは、さっき彼女に平手打ちされてた彼のことか。


 片手で口をふさいでイザムが黙った。しばらく黙った後で、「だからあれは、どっちかって言えばタイガが悪い。ヴェッラが気にすることじゃない。アイリーンもさっき下であいつがチャームかけてるとこ見てただけでぼんやりしてた」って、今さらのように話を戻した。


 なんと、タイガくん、ダークホースだったらしい。

 しかもさっきのあのうっとりした感じって、チャームの飛び火だったの?


「……あの感じ、そうだったの……本当に?」


 両腕で自分を抱きしめる。


 その横でヴェッラが「タイガ、誰かにチャームをかけたの……?」ってつぶやいた。


 あの幸福感。愛されてるって感じ。ちょっと遠慮がちに伏せた目とはにかんだ笑い顔。ほっぺにしてた控えめなキス――あれ全部、わざと?


「意識してやってるかどうかは別だぞ? それに、チャームだけならヴェッラだって踊り子なんだから、その気になったら並みの男はひとたまりもないだろ? 昨夜はお互いにちょっと相乗効果だったんじゃないか?」


 あれ、全部嘘とか、わざととか――信じられない思いでいたら、イザムがそう言った。

 

 そういうものなのか。


「わたしあれだけ離れたところから見てただけのに、あれは断れないな~いいな~って、思ったんだよ? あれ、チャームなの?」

「むしろあれだけ離れててうっとりできるんだから、チャームだろ? これまであいつにうっとりしたことあったか? 相手はタイガだぞ?」


 そう言われてみれば、ない……マジか。


「下に行ってわたしもハンマーで叩いてもらった方がいいかも。この際百万回くらい」


 立ち上がるとガタリと椅子が音を立てた。


「大丈夫、かかってない」


 イザムが受け合ってくれたけど、さっきはすごく幸福感を感じてた。確か、前にアルフさんにかけられた時も、見てるだけで幸せって感じがしたはずだ。


「かかってるかどうか、どうやってわかるの?」

「俺に触るのを嫌がってないし、俺が触っても嫌がらないから、かかってない」

「あ、そっか」

「昨夜も言ったろ? かかってないって」


 そういえばそんなこと言ってたっけ。でもあれはお守りのせいだし。


「――ねえ、タイガくん――いいの? 下にほったらかしてきたけど、レオさんみたいに無駄にとりまきを増やしてたりするんじゃない?」


 急に心配になってきた。


「ジョブ的にファンは増えたほうがいいんじゃないか? タイガに悪気があるわけじゃないし、ハンマーも置いてきたから身の危険を感じたなら叩けばいい――それに仮に解けなくても、あのかかり方なら、幸せなやつばっかりで諍いにはならないだろ?」


 確かに幸福感はすごかったけど。


「でもあのかかり方だと、そのうち誰かに結婚を迫られるんじゃないかって思うよ? チャームを解いても素で狙われそうな気がする。あれだけ幸せな感じにしてくれるなら、絶対旦那さん向き。お値打ち商品、掘り出し物って、勘が言ってる」

「マジか。アイリーンの勘は当たるから、逆プロポーズされてるかも……まあ、それでも自力で乗り切ってもらうしかないな。虫除けにアイリーンを貸す気はないし。そもそも俺の婚約者だし。ストッパー、いると楽なんだけどな」


 イザムがちら、と困惑の表情を浮かべているヴェッラを見た。


「わたしの! って感じで、近くにいてくれると助かるんだけどな。今朝アイリーンが俺にやってくれてたみたいに」


 ちら。


「相手がいれば、こっちの人間も強く出られないだろうし」


 ちら。


 イザム、わざとらしい。でも、意図ははっきり伝わってると思う。


「なんだかんだ言っても中身は中学生だし、耐性はないだろうから、娼婦の集団に囲まれた状態はキツイだろうな」


 ちら。


「あ、でも、いろいろ教えてもらえるぶん、すぐ楽しめるって考えるのもありか。昨日ヴェッラにキスしてた時の様子からするとあいつの方もそれなりには楽しませてやれそうだったし」


 ちら。


「そうなったらこっちに永住組に決定だな」


 ちら。


 ついでにわたしの方にも目配せをする。

 結構、しぶといなって考えてるのがわかるし、わたしにも何か言えって思ってるのもわかる。

 だけど何を言ったら。……ええと。


「……わたしとしては、今朝イザムにチャームをかけようとしたあのお姉さんがタイガくんに目をつけたらひとたまりもないんじゃないかな、って思うから、ヴェッラがどうこう関係なしに、今すぐ無事を確かめておきたいんだけど」


 わざとじゃなく、本心で言った途端にイザムが立ち上がった。


「あ、確かにあれはヤバい。アイリーン、俺ちょっと行って――」


 ガタガタッ


 大きな音を立てて椅子が倒れた――と思ったら、ヴェッラがダッシュで出て行った。


「……」


 二人で開いたままのドアを見つめること数秒。


「……ナイス・アシスト。なんだかんだ言ってアイリーンもアルフも面倒見いいな~。話ができれば仲直りくらいできるんじゃないか?」


 立ち上がるとさっさとドアを閉めて鍵をかける。

 わたしのはアシストしようとしたわけじゃないんだけど。


「これで邪魔者はなし」


 にっと笑った顔に、つい身体を引いたら、傷ついた顔をされてしまった。

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