122. ハンマー活躍
そんなことを考えていたら、艶っぽい声がして、娼館の御一行が入って来た――先頭は、さっきの美人のお姉さんだ。妹分は置いてきたらしく見当たらない。
「あんたたちはこっち」
十人ほどの集団をわたしたちのいるほうのテーブルに向かわせる。あれがピコピコハンマー組か。一様に興奮して、頬が上気していて、露出も多い。
――なんていうか、色気が溢れてとろけてるみたい……に見える。なんか、あれって、いいの? まだ午前中だよ?
まわりの男性たちも騒がしくなったような。
「イザム、イザム起きて。ハンマー組が来たよ」
「んー?」
「ピコピコハンマー組が来た」
「ん~、そっか……」
むくっと起きあがって伸びをすると、ローブのフードが後ろに落ちて、集団から嬌声が沸き起こった。途端にイザムの顔から表情が消える。
「そっか……チャーム、かかってるんだった」
女性たちに見とれていたアルフさん(その気持ちはわかる。わたしも見とれてた)が、はっとして立ち上がると、残りの三人を騎士さんたちの方に誘導する。
イザムはといえば、気にも留めていない様子でちょいちょいと集団に手招きをした。
一気に華やいだ表情になった女性たちは一様に、それこそ愛人との密会に向かうかのような……え~と、その、惜しげもなく身体を晒した衣装で、艶やかな微笑みを浮かべていた。
イザムのチャームにかかった人たちがみんなこんなふうになったのなら、今朝娘さんを連れてきたモーリッツさんが『二人にはさせん!』って言った理由もわかる。
わたしだって絶対にかかりたくない。それに、リディアちゃんがイザムの膝にいたわたしに対する嫉妬で震えてたっていうのも頷ける。このお姉さんたち、妖艶な笑みを浮かべているけど、よく見れば目が肉食獣並みに光ってて怖い。
イザムの方はしかめ面で感情を見せない感じ――多分疲れている上にうんざりしてるせいだけど、この対比はパッと見、女性たちのことなど歯牙にもかけない遊びなれた冷酷非道な魔導士みたいに見えなくもない。
でもまあ、右手のピコピコハンマーが……なんていうか、このハンマーのせいで全ての緊張感が台無しなんだけど。
うーん、ピコピコハンマーの破壊力、恐るべし。
「誰から遊ぼうか?」
冷たい視線とは裏腹に優しい口調でイザムが言うと、甲高い悲鳴が沸き起こった。
おーい。周りの男性たちの目が、また冷たくなってるけどいいのか?
「順番だね。ケンカはなし」
そう言われた途端に女性たちが一列に並んだ。見た感じと違ってものすごく行儀がいい。
……これってチャームの命令だからか。
「いい子だね。じゃ、君から――」
立ち上がって近づくと、すっと手を伸ばして一番近くにいた女性を引き寄せる。
失神しそうなくらいの恍惚感に浸っているように見える女性のおでこに――キュッ。
「はい、じゃあね」
ポカーンとしている女性をわきに進ませて、
「じゃ、次は君だね――」
キュッ。
「次は――」
キュッ。
……キュッ。……キュッ。……。淡々とピコピコハンマーを振るうこと十回。何事もなくテーブルに戻って来た。
「よし。終わった。う~ん、我ながらいいもの作ったな~。このピコピコハンマー、かなり使える。助かった。自分でかけといて悪いけど、あれを全員分解くとか、すげー疲れそう」
周りで毒気を抜かれて呆然としている女性たちの方を軽く見やって、満足そうな顔でイザムがハンマーを空中にくるくると投げ上げてキャッチした。ローブのフードを被ると周りからの視線も少し落ち着く。
毒気を抜かれたのは周りでざわめいていた男性たちも同じらしく、ポカーンとしている。
「解くだけなら、雷とかでびっくりさせたら解けるんじゃないの?」
驚かして解く方法があったはずじゃないのかな。
「解ける人もいるだろうけど、それでますます好きになられたら困る。見た目の他に魔力も魅力的だなんて思われたくない。彼女たちは特に、俺を獲物扱いしそうだし。これならあっという間に解ける。いくらでも来い、だ」
それを多用するような人を最低って言うんじゃないかな、って思ったけど、確かに今日のところはお役立ちアイテムだ。
イザムが、残りの三人に対応しようとしている騎士さんたちとアルフさんとタイガくんに目をやった。
苦戦してるみたい。
「がんばれー」
って、イザムが周りに聞こえないくらいの小声で言ったので、
「がんばれー」
って、真似してわたしも言ってみた。
聞きつけたイザムがちょっとこっちを見て笑顔を作ったけど、目じりが歪んでいる。辛そうだ。
「あとはあの三人か……今のところ、だけど。まだ来るよな……」
吐きだした息が重い。
「そうだね、娼館の人じゃない人たちが残ってるもんね……上行ってちょっとでも休んだら?」
「あいつらを手伝ってやらないと……あいつのチャーム、けっこう強いんだよ。腹立たしいけど、俺の顔がこれでよかった」
まだがんばる気?
「休みなよ。向こうは任せて」
「ありがと。だけど――」
ローブをつかんで、イザムの言葉を遮った。
「さっきアルフさんと話してて気づいたんだけど――わたしだってイザムが他の人に言い寄ってるのを見て何も思わないわけじゃないんだよ? あ、嫉妬してるわけじゃないからそこは安心してくれていいよ――相手の女性に飛びかかったりしない。だけど、無理してるって――やりたくないことを我慢してやってるのはわかるし、それでもやるのはイザムが優しいからだってわかるから、できればやらないで済めばいいなって思う。だけどどうしてもやらなきゃいけないんだから、それならみんなで苦労するのがフェアでしょ」
「フェア?」
「うん。わたしが直接の助けになれないのが心苦しいけど」
そのまま奮闘する四人を観察する。みんな、がんばれ。
音をあげることなく挑戦し続けてる。そして、観客が増えてきた。相手が娼館の女性だということもあるのか、イザムが最初の女の子にチャームをかけた時と違って深刻な感じはない。「兄ちゃんがんばれー!」なんて声援も聞こえる。
さっきイザムのチャームが解けたばかりの女性たちが、自分だったら誰に口説かれたいか話しだした。
みんなハンサムだもんね。甲乙つけがたいのはよくわかる。そして、ちらりちらりと向かう女性たちの視線が一番多いのは、やっぱり、自分の隣の魔法使いだ。いまは顔もろくに出ていないのに。
見た目、ねえ?
中身だって、普通にいいと思うんだけど――ああ、でもいろいろ怖いところも確かにあるんだけど。
『理由はどうせまた俺の顔だろ?』って言った、あの時の顔と言葉が思い出されて、しげしげと観察する。この顔の何が……そんなにいいんだろうか。
確かに、ローブのフードの下からのぞけば、理知的な濃色の瞳と男の子にしては長いまつ毛。通った鼻筋と形のいい頬骨。唇に顎。だけど、それはそれだと思う。いろいろ組み合わさった結果がいいのかな?
むむう。
「何? 見惚れてるにしては、不服そうな顔して。お前はいつもそういう顔して俺を見るんだよな。うっとりしてるようには見えないし、どっちかって言うと不思議そうだったり不満そうな……俺の顔が気に入らない、って感じで」
「うわ、ごめん」
言われて気づいた。確かに気に入らないって思いながら見てた。人の顔を見ながらなんて失礼な。
「その反応ってことは、やっぱり気に入ってなかったのか……」
「あ、いや、気に入ってないのはイザムの顔じゃなくて、周りの反応で……」
「え? 嫉妬したの?」
落ちたばかりのテンションがぱあ、って上向いたのがわかる。なんでイザムはそんなに嫉妬させたがるんだ。嫉妬しないってさっきも言ったはずなのに。
「いや、そうじゃなくて、人間はイザムの顔のどこにそれだけ惹かれるのかっていう昔からの謎にはまってたの」
「え」
「前からずっと不思議で――まあ、考えたからってイザムの顔はイザムの顔なんだけど……ね、あの四人、誰が有望?」




