121. したたか
「アイリーン。念のためハンマー」
「え? はい――」
キュッ。
「もう離していいですよ。連れてって――お姉さん、向こうに様子の変な人ってどれくらい残ってます?」
通常モードに切り替わったイザムが美人のお姉さんに聞いた。
「そうね、難しそうなのはあっち(・・・)のがあと三人、あと、あなたのはあと十人くらい――でも、こんなの(・・・・)はもういないから大丈夫だと思うわ。大事な妹分だし、困ってたのよ」
お姉さんの方もさっきまでの艶っぽい雰囲気はどこへやら、事務的に答える。
「すみません。昨夜は必死で。それにまさかあいつがこんな小さい子にまでチャームを使ってるとは思わなかったんで、びっくりしたせいで変なかかり方をしたみたいで。あの、戻ったら僕の分をまとめてこっちによこしてもらえますか。すぐ済むんで」
「ありがとう、助かるわ――お礼は身体で支払ってもいいわよ?」
片目をつむってさらりと誘う。さすが、慣れてる。そしてさっきの妖艶な誘い方よりもずっと素敵で、ドキドキしちゃう。
でも誘われてるのはわたしじゃないんだけど。
「勘弁してくださいよ――できればあっち(・・・)のやつはそっちでどうにかして下さい。彼女、俺の婚約者なんです。あることないことやらされ過ぎてもうボロボロです……」
イザムが椅子に戻って身体の力を抜いた。背もたれに頭を預けて天を仰ぐ。
「あら~、それはお気の毒。でも癒してもらえばいいじゃないの」
「結婚前に手を出したら抹殺されます」
「あら大変」
まったく大変だとは思っていない様子で笑いながら言うと、妹分だというリディアさん(呆然としてた)の手を引いて出て行く。
後ろから男の人たちも出て行くと、「アイリーン……」ってげんなりしたような声。
「はいはい、充電ね。わたしが乗るより、イザムが乗った方がいいような顔してるけど。お疲れ様」
さっきの体勢に戻って、は~、とまたため息。
ずいぶん疲れているみたいだ。
「難しかったの?」
「んー、あのお姉さん、俺がチャームをかけないならあっちからかける気満々だったし、あっちの子はアイリーンに飛びかかりそうだったし」
「え」
そうだったのか。だけど言われてみれば、あのお姉さんすごいセックスアピールだって自分でも思った。あれはイザムにチャームをかけさせるか、自分がチャームをかけるか、ってやってたのか。
「でも何でイザムにチャーム?」
「妹分の話を聞いて、遊んでみたくなったんじゃないか? 興味を持ったから、半端なチャームを解かせる名目で見に来たんだろ? どの程度か見てやろう、おもしろそうなら遊んでみよう、なんなら虜にしてやろう――そんな気持ちで見に来て、やってみる気になった――理由はどうせまた俺の顔だろ? それか魔力か。まあ、チャームにかかりたいって気持ちは――あんな幸せな感じで過ごせる時間が欲しいっていうのは俺にもわかるからいいよ。
だけど、こっちの選択権を無視してるのと、誰でもいいってのは横暴だよな。それに頭の中の駆け引きは疲れるんだ――まったく、ここの女性たちはしたたかだよ。頭は悪くなくて――敵わないって分かった途端にあっさり引いてくれたから助かったけど」
かなりの心理戦があったらしい――確かにそれは疲れそうだ。
「妹分もやっかいで――本当はあの年齢にチャームとか、使いたくなかったけど、昨夜はそれどころじゃなかったし――だけど話を聞くために超特急でチャームをかけたせいか、俺のチャームが半端にかかって、あれ(・・)のチャームも残ってたせいで混乱してたんだ。一人前にアイリーンに嫉妬して震えてたし……あれはちょっと怖かったな。できるだけアイリーンを遠ざけておきたくてあんなこと言ったけど、唸ってたし。飛びかかられるかと思った。
あの子はまだ小さいし、これ以上頭の中をひっかきまわしたくなかったから、できるだけ魔法は使わない方法であれ(・・)のチャームを外したくて脅したんだよ。あれ(・・)のが外れた段階で俺のも外れてたと思うけど、残ってたらやっかいだし、念のためハンマーも使ったんだ。さっきはまだ呆然としてたけど、そのうち正気に戻るはずだよ」
あの震えてたの、わたしに嫉妬してたのか。よっぽどイザムの鬼畜な提案が怖かったのかと思ってた。
「そんなわけで、さっきの子と比べたら、今の二人の方が疲れたんだ――良心の呵責っていう点ではさっきのやつの方が辛かったけど。さて、もうちょっと充電したいけど、仕方ないから娼館の御一行が来る前に下に行こう」
左手でわたしの右手をつかんで立ち上がる。
エスコートの余裕はないらしいけど、このつなぎ方のほうがずっとわたしたちらしいような気がする。
一緒に下に戻ると、すぐにアントンさんがハーブティーらしきものが入ったカップを二つ持ってきてくれた。
「リラックス効果があるって話しだったんで」
そう説明してくれる。
「ありがとうございます。助かります――」
お礼を言って一つをイザムの前に押しやった。
手をつないだままの左手でわたしの右手をつかんでいたイザムは、空いている右手でカップを持って一口飲むと「はあ~」って言ってテーブルに突っ伏した。
「お疲れ様」
「ん……」
やっぱり眠そうだ。そうだよね、ろくに寝てないのにこのハードワークだから。
何か手伝えたらいいんだけど。とりあえず開いている左手で頭を撫でてみる。本当に、このくらいしかできないな――。
あっという間に寝息を立て始めたイザムを見る。わたしにできること――。
『癒してもらえばいいじゃないの』って言ったあのお姉さんの言葉が浮かんだ。鼓動が早くなる。いや、それは、無理。無理無理。イザムの頭から手を離して、熱くなった頬に手うちわで風を送っていたら、「遅くなってすみません」って声がして、振りかえるとアルフさん(街人仕様)が立っていた。
「魔導士様――いえ、イザムさんは眠っているのですか。やはり、さすがにお疲れなのでしょうね。魔法の調子が悪いくらいですし。」
声を落とす。
「おはようございます――アルフさん、今までどこにいたんですか?」
それにイザムの魔法の調子が悪い? 初耳だ。まだ魔力切れなのだろうか。
「城です。ちょっと事後報告と物資調達に」
空いていた椅子に座ったアルフさんが肩をすくめて背後を見やる。イケメンの騎士らしき格好をした男性が二人、宿屋の入り口に立っていた。
物資調達? って、まさかあれ?
心の声が顔に出たらしく、アルフさんが笑った。
「はい。イザムさんのチャームの調子が悪いそうなので、城からチャームの上書き要員を二名借りてきました」
それは助かる!
「ありがとう、アルフさん! すっごく助かります。イザムが寝不足で、げんなりしてて、もう気の毒で――」
「不調なところに想い人の前で他の女性を口説かなければならないのですから、かなりの苦行でしょう。アイリーンさんも、想いを寄せる男性が他の女性に言い寄るところなど見せられてどんなに心乱されたことかと――ここからはできる限り彼らに引き継げればと思っていますが」
あ、え、あ~、そういう理由、じゃないんだけど……ま、いいか。
わたしが残念な顔をしていることには気づかず、アルフさんは先を続けた。
「けれど、魔力の強さという点ではおそらくイザムさんが一番でしょうし、かけた方も放浪者ですから彼らで上書きできるかどうか。イザムさんの不調の原因に心当たりはありませんか?」
言われて首を振る。
「寝不足、くらいしか……」心当たりどころか、不調だったことも知らなかった。「特に変わったところがあるようには見えませんでしたけど、イザム、魔法が不調なんですか?」
「はい。今朝早くに起きてこられて、チャームがかけられないから、誰か他に上書きできそうなやつが必要だ、領地に行って対策を立ててくるから誰か探してこい、とおっしゃって出て行かれました」
?
それはますます変だ。
「わたしが起きた時は普通でした――チャームもさっき普通に使ってましたよ?」
アルフさんの顔が明るくなった。
「それは頼もしい――いえ、頼ってばかりではいけないのでした。微力ながら私もお手伝いさせていただきます。さすがにあの格好では無理ですが」
「アルフさんも、いいの!? やった、ありがとうございます」
やったー。チャームはなんだかんだいって、人との距離を置きたいイザムには精神的なダメージが大きいんだよ。
そして、今さらかもしれないけど王子様状態でやるのはやっぱダメってことだよね……そのほうがチャーム自体はかかりやすそうではあるけれど、一国の王子様が宿屋で女性たちにチャームとか……外聞が悪すぎだ。
「失礼して、準備します」
アルフさんは立ち上がるとカウンターのアントンさんに声をかけ、店のテーブルをわたしとイザムが座っているところを含めて三つ残して壁際に動かすと、一つに騎士さんたち、一つに自分の席を作った。
「タイガさんは――?」
「昨日眠れなかったみたいで、上の、わたしたちが使った部屋で寝てます」
「ああ……寝せておきたいところですが、彼もなかなかハンサムですし、ロマンチックな音楽を奏でてくれてもいいでしょうから、連れてきて協力させましょう。ちょっと行って呼んできます」
タイガくんも、お気の毒さま……。
アルフさんはすぐにサックスのケースをつかんだタイガくんを連れて戻って来た。ものすごく寝起きな感じで、しどけない。眼帯もない。服もいつものス〇フキンじゃなくて、袖をまくった白シャツで胸もとのボタンを留めていない、手首に黒い時計。下は黒のスラックス。すごく新鮮――タイガくんはあれが普段着なのかな。




