120. ミックス・チャーム
よしよし、と頭を撫でてみた。ついでに抱きしめてみる。
「何? 急に優しくなった」
「お疲れ様、だから」
「そっか」手を伸ばして、わたしの頬を撫でる。「ゴジラ並みの恐怖感を与える存在でしかないのかと思ってたけど」そう言ってちょっと笑った。
「ところで、あのままキスしたら、止めてくれてた?」
それは。
「……さっきも止めようとしたけど、止めなかったから、止めないと思う」
「え? なんで?」
止めてもよかったんだろうか。だけど。
「イザムは必要もないのに女の子にキスしたり触ったりしないでしょ? むしろ避けてるし――だからイザムが自分からキスしたんなら、それが必要なんだって信じる」
ちょっと――寂しかったけど。
「魔がさしたりとか、せっかくだからって、シチュエーションを利用するかもよ?」
抱きしめられた腕がちょっときつめになって、右手がわたしの腕を撫でた。
「――それなら軽蔑するんじゃない?」
ぴたり、とイザムの動きが固まった。腕の力が緩む。
「今の――これは、必要なやつだから――意図的とか、わざとだとか――」
「わかってる。わかってるよ、充電、でしょ」
急にオタオタし始めたイザムの肩に手を乗せて落ちつかせる。
「ゴジラ並みの強度の信頼感があるんだし、安心して?」
「あれ、強度の話だっけ?」
「恐怖だったカナ?」
そんな話をしてちょっと場が和んだとき、扉にノックの音が響いた。
膝からわたしをおろして立ち上がったイザムが扉に向かい、ドアを開ける。
さっきの――アントンさんが、困り顔をして立っていた。
イザムの背中が固くなったのがわかる。
「どんな――人ですか?」
イザムの質問に、アントンさんがほっとした顔になった。
「ああ、娼館の――別嬪さんとその世話をする十二、三歳くらいの娘っ子だ。娘っ子の方は昨夜あんたと一度話してる子だ」
「誰か男性は一緒にいますか?」
「いや、二人だけだ」
そう聞いてイザムがまた嫌そうにため息を吐く。こっちからは見えないけど、たぶん顔もかなり嫌がってると思う。
「じゃあ、誰か二人、それなりに腕の立つのを必ず一緒によこしてください」
「女の方がいいんじゃないのか?」
「いえ、男性をお願いします」
「ああ、お安い御用だ」
踵を返してアントンさんが去って行くと、イザムが椅子に戻ってきて、またわたしを膝に乗せる。
は~~~。
腕をまわして、またため息。
「次が来るのね?」
「そうらしい。娼館の人なら、結構すんなり割り切ってくれるかもしれないけど。……ごめん」
ごめん? なんで謝られたのかわからない。
どういうことなのか聞こうとした時、扉にノックの音が響いた。
イザムの膝から降りようとしたら、身体に回された腕に力が入って引き止められた。
「このまま」
ええっ? これからチャームをかけようって相手が来るのに、わたしを膝に乗せたままで会うの?
最初に入って来たのは、ヴェッラ並みに女性らしい体形をしたかなりの美女で、わたしを膝にのせているイザムを見ても驚きもせず、にっこりと微笑んだ。
その後ろから付いてきた小学校高学年くらいの女の子――世話をする娘さんだって言ってたっけ――は、ぎくりと動きを止めてから、ちょっと泣きそうな顔をして女性の後ろに隠れた。
娼館で働いている人たちが相手とはいえ、膝にわたしを乗せたままで他の女性に会うなんて、やっぱりダメだったのでは。
立ち上がろうとしたら、ますます腕がきつくなった。
うう、立てない。
さらに後ろから体格のいい男性が二人――中に入ると扉を閉めて、その場に立った。
とりあえず全員揃ったらしく、イザムが息を吸って話し出す。
「じゃあ――用件を聞こうか。俺に用があるっていうのは――どっち?」
声が冷たい。今回は最初から威圧的――顔も出してる。
しばしの沈黙の後、美女が一歩踏み出して妖艶な笑みを浮かべた。
「あたし。あなたが昨夜うちの子にチャームをかけたって魔法使いさん? 確かにとってもハンサムだし――あの(・・)甲斐性なしとは違うみたいね?」
イザムの価値を見定めるような目つき。ゆっくり近づいて来る。
歩くたびに揺れる腰と胸。セックスアピールがすごい――さすが、娼館で働くお姉さんだ。
わたしの身体に回されたイザムの腕がきつくなった。動揺してるのか。
でもこれは、わたしでも動揺するよ。なんかいい匂いもするし、くらくらする。
お姉さんはわたしたちの目の前まで歩いてくると、またにーっこり、と笑った。
「あなた、すてきね。ねえ? あたしは別に二人の邪魔をしようっていうんじゃないの。ただうちの子が昨夜から、あなたがどんなに素敵かって話ばかり聞かせるから、ちょっと味見させてもらうのもいいかなって思って――そうね、一晩――明日の朝まででいいんだけど、夢を見させてもらえないかしら? お礼はするわよ? なんなら身体で?」
ええ? ってことはこの人、チャームを解いてもらいに来たんじゃなくて、かけてもらいに来たの!? ピコピコハンマーの出番はナシ?
じゃなくて、そんな申し出、どうするの? 断るんだよね?
って、思ったのに、イザムの答えは違った。
「一晩? 身体で払ってくれるの? ふうん……どうしようかな」
えええ!?
値踏みするように上から下までお姉さんを見つめて、軽く肩をすくめる。
「俺、今やっとお気に入りのおもちゃを取り返したとこなんだよね。あんたも悪くなさそうだけど、どれだけ楽しめるかは微妙ってとこかな。どうしてもって言うなら遊ばないこともないけど――そうだな、遊ぶなら支払いはあんたじゃなくて、そっちの子がいいな」
って、顎で示した先は、世話係だっていうあの子だ。
なにそれ、鬼畜!? お姉さんだけじゃなくて、あのちっちゃい子付きで遊びたいってこと?
「あんたみたいなのもいいけど、俺さ、今こういうの(・・・・・)で遊ぶのにはまってんだよ」
冷たい笑みを浮かべたまま、こういうの、のタイミングでわたしの頬をさらりと撫でて、反対の手を太ももに乗せる――その手がゆっくりのぼってくる――うひゃ。何これ。
「どう? 先払いで」
しかも先にそっちの子と遊ばせろって?
離れた位置に立っている女の子は、わたしにもはっきりわかるくらい震えていた。
「リディア」
お姉さんに呼ばれて、ぎくりと身体をこわばらせる。
「リディア」
もう一回呼ばれて、歩いてくる――両手を胸の前で組み合わせて、気の毒なくらい目を見開いて、イザムを見てる。
女の子が目の前まで来ると、イザムはわたしを膝からおろして立ち上がり、後ろに押しやった。
「後で遊んでやるから、こっちの新しいおもちゃに近づくなよ?」
そう言ってわたしの頬をさらりと撫でる――女の子の喉から、妙な唸り声が響いた。
イザムが戸口の男性に目配せをすると、一人が近づいてきた。
「この子、捕まえて」
男性は束の間困惑した表情を見せたけれど、言われた通り女の子の腕と肩を押さえた。
ふん、と小さく息を吐いて軽く顎を上げる仕草は、シュヴァルツさんのお得意――何かを見下しているときのやり方だ。
「さて? この子――」
話し出した声が冷たさを増した。なんだろう、イザムの声なのに、背筋がぞくりとした。恐怖感か嫌悪感か――なんだか、蛇に睨まれたカエルのような。
「どの程度遊べそうかな? 君は見たんだよね? あいつは今も娼館の前にいるんだし。ということは、俺が遊ぶって言ったら、君に何をするか、想像はつくね? 俺はあいつと同じ、放浪者だし――ふふふ。どんな声で抵抗するかな――? どんな首輪が似合うかな――? でも煩いのは好きじゃないし、声が出ないようにしておくってのも楽しいんだよね――泣き声はもうたくさんだし、やめてって懇願されるのもいい加減に飽きた。そうそう、先に言っとくけど、君が見たのは、男性用じゃないよ? でも大人用だから、君にはちょっと大変かもね?」
底冷えのするような冷たい目と声でそう言われた途端に、女の子が細い悲鳴をあげて泣きだした。




