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12. 大魔導士はご機嫌

 とにかく、バニーの上からダボダボのローブを着てこの家の中を探索するか、現実世界に帰るかっていう二択しかないなら、当然普通の格好のできる現実にもちろん帰りたい。


「そう? 僕としてはアイリーンの部屋の内装とか、何が必要なのか一緒に見て回って、もうちょっと希望や好みを教えてもらいたかったんだけど」

「それってこのピンヒールで歩きまわった方がいいくらい急ぐべきことなの? 絶対ものすごく歩きにくいと思うんだけど――」

「いや、単なる希望。せっかく来てくれたんだし、予想外に早くここまで連れてくることができたし。ああ、そのヒールは確かに歩きにくそう……でも足首がすごく……いや、ダメ、だよね。ごめん」

 

 『足首が』のところですっとローブの下になるように足を引っ込めたら、イザムが姿勢を正した。


「もちろん機会があれば転移させちゃおうとは思ってたんだけど、転移陣には信頼してもらえない相手とは乗れないんだよ……一緒に乗るといろいろ弊害もあるんだよね。転移酔いしたでしょ? 念のため詠唱もしたし、あの後眠りの呪文をかけて、しばらく様子を見てたんだけど、特に問題なかったみたいでよかったよ」


 大丈夫だよね? と、確認するようにわたしの顔を見る。


「大丈夫……だけど、運んでくれたのって、イザム?」

「うん、そうだけど?」

「ならいい」


 なんだか、知らない人みたいな気がしただけだ。


「……まあ、転移できなかったら歩いたり馬車に乗ったりして、ここに辿りつくまで、こっち時間で一週間くらいかけてゆっくり旅をする可能性もありだなって覚悟してたんだけどね。

 だけど歩いて抜けるのは結構大変なところもあってさ、セイレーンの森とかいろいろ厄介な場所もあるし。

 それに最初は長々といないほうがいいから、できるだけ早く戻るつもりではいたんだけど、現実あっちに帰った時に、次も来てもらえるようにどう説得しようかなってのが一番の気がかりで――でも、住んでいるところまで見てもらえればいろいろ――そんなにひどいところじゃないってわかっただろ?」


 両手であたりを示して『こんな感じ』ってジェスチャー。そしていい笑顔だ。


「なにしろ中学の途中からはあんまり話してなかったから、そんなに簡単に信頼してもらえると思ってなかったんだよね。だから嬉しい。

 服はそんなに気に入ってもらえなかったみたいだったから、失敗したかな~って思ってたんだけど、そのネックレス、気に入った? 似合ってるよね。

 それともやっぱ顔出してるせい? アイリーンも実は僕の顔、好き? 自分の顔は補正してないつもりだけど、いろいろだいぶ僕の主観入っちゃってる可能性はあるからな~」


 ニコニコ笑顔の上機嫌で延々と言われてるけど、なんか、突っ込みどころ満載なような、もう、どうでもいいような……。とにかく、最後のところだけは訂正させてもらう。


「勇の顔が整ってることは物心ついた時から知ってるけど、そこには心底・・興味ない」


 げんなりしているのが通じたのか、さっきのバニーの脅しがまだ効いてるのか、強く引き止められることはなかった。

 代わりにちょっとひきつった偽物っぽい笑顔のままで聞かれた。


「一度帰るなら、次はいつ来ることにしようか?」

「次って、それ、今決めないとダメなの?」

「う~ん。どうしてもってわけじゃないけど、ほら、こっちで勇者を助けるって約束しちゃってるから、それなりに制限があってさ。今は向こうの時間でだいたい三、四日くらいで戻ってくることになってるんだよね」


「へ~……って、短くない!? それ三日に一回必ずゲームってことでしょ?」

「ゲームじゃなくて異世界だって。それにちっとも短くないよ。三日のうちのいつでもいいんだし、こっちで過ごしてる時間はあっちでは止まってるから、頭が疲れてるときなんか長々とこっちにいて休憩できるのはすごく助かる」

「何それ、便利。テスト前とかにいい設定だね」


 仕事や日常で疲れ切った人が異世界に来られるなら、超お勧めだ。


「もとの体に戻されるから、体の疲れは取れないよ? ちょっと頭がリフレッシュできるってだけ。あと、参考書とかは持ち込むとこっちの世界の似たような分野の本になっちゃうみたいだからあんまり使えないよ。化学も英語も全然別物だった。それに自分で理解してないものは知識も含め殆ど持ち込めないんだ」


 ということは、教科書を持ち込もうとはしたんだな。


「それにね、のめり込み過ぎると帰りにくくなって、そのうち戻れなくなりそうになる……っていうか、行ったり来たりのバランスはすごく大切なんだ。疲れてる人ほど、帰りたくなくなっちゃうようにできてるし、異世界の比率が大きくなりすぎると現実の方がどんどん夢みたいに感じられるようになるからね。

 僕も最初の頃苦労したんだ。だってこっちに来てる時の方が楽しいから。

 好きなだけ生き物の研究もできるし、何時間フィギュアを見てたって誰にも文句は言われないし、なにしろ見ず知らずの女の子やストーカーにつきまとわれる危険がないってことだけでも十分に価値がある」


 前半はともかく、最後は心からの言葉だろう。

 そういうことならむしろとっくにこっちの住人になって現実を見限っていないことの方が不思議。

 素直にそう言ったら、「こっちの世界には絶対ないものがあっちにはあるんだ――漫画もアニメもフィギュアも……」って悔しそうに言われた。 


 ああ、そうか。それなら納得。超・残念男子だもの。


「期限までに戻って来なかったらどうなるの?」

「ここに来る資格をはく奪されるらしいよ。僕たちはパーティだから、少なくともどちらかがコンスタントにここに来ているうちは大丈夫なはずだけど、できればどっちかじゃなくて、どちらも来ているのが望ましい。一度はく奪された権利は二度と戻らないみたいなんだ。けっこう厳しいよね」


 ふむふむ。


「ねえ、あっちの時間は、こっちではどのくらいなの? 向こうで三日過ごして、戻ってきたらこっちの時間はどのくらい過ぎてるの?」

「それはね、戻ってくるときに設定するんだよ。次に戻ってくるとき、ゲームでセーブしたところから始めるように、ここを出て行った直後から始めたいのか、みんなで参加するオンラインゲームに参加するみたいに、自分がいないときも時が流れている状態にしたいのかって。あんまり偏りすぎるのはまずいみたいだけど、ある程度の自由は利く。

 ああそうだ、過去には行けない。

 だから、例えば僕たちがここを出た後で僕一人がここに来てその分の時間を進めたら、アイリーンはその先の時間にしか戻って来られない。やってみたことがあるわけじゃないから確かじゃないけど。それにたぶん僕たち以外にも現実からやって来る人たちがいるから、その人たちとの兼ね合いもあるはずだ」

 

 ということは、時間が気にならないなら、単なる行って帰っては、可能なんだ。


「じゃあ、これから一回現実むこうに帰るとして、この服を何とかして帰ってくるのは?」

「あ~、ごめん。そのローブは僕の初期設定だから、強制的に僕のところに戻ってくるし、アイリーンも初期設定に戻るからあの、最初のミニスカートのやつに……」


 一度現実世界に帰り、服だけ変えて戻ってくるわけにはいかないらしい。

 次回戻ったときに、今着ている黒バニーに戻されないだけマシだと思うしかない。


「あの、今日着たやつの中から選んでもらえれば、頑張れば設定はできるはずだよ? もちろん、そのローブ以外だけど」


 『今日着たやつの中から選択』がまた出たな。

 でもそれって①黒ビスチェにミニスカ、②白のエッチなキャミ、③黒のバニーしかないから。


「他の選択はいつ選べるようになるの?」

「あっちで次のフィギュアを手に入れてから?」


 ニコニコニコニコ。


 笑ってごまかす気か。


「それはいつ?」

「う~ん。現実世界でお金が貯まったら? もちろん僕の手持ちから選んでくれてもいいんだよ? MPのことだけなら回復できるし、既に持ってるフィギュアなら想像しやすいから、アイリーンが協力してくれれば集中もしやすいし。でもさ、たぶん気に入らないと思うんだよね……それにどれも大事なフィギュアだし、僕も命は惜しいから」


 ニコニコニコニコ。


 わたしの希望する服装について、いくらかは予想がつくらしい。

 そしてさっきからいい笑顔だけど、わたしはちっとも嬉しくない。

 ため息を吐いて首を振った。


「自分の服、持ち込めるようになったって言ってたじゃん。普通にTシャツとか、部屋着を貸してもらえればそれでいいんだけど。それも無理?」

「俺のでいいの?!」


 ニコニコ顔がぱあっと輝いた。

 ここは『僕』じゃなくて『俺』なんだ。


「部屋着も露出が多いとか、言わないよね?」

「言わない! いたって普通だよ。Tシャツとハーフパンツでいい? それにスリッパくらいなら、今のMPでも出せる……いや、裸足もそれはそれでなかなか……あ、でもどうせならピンクのふわふわがついたやつを……いや、黒も捨てがたい……あああ、決められない! 

 アイリーン、スリッパ、ピンクと黒どっちがいい? 赤もいいよね?」


 なんか、一大事って感じに天井を見つめて悩んでるけど。


「……ものすごくどうでもいい」

「えええええ!? 萌えポイントでしょ?」


 本当にどうでもいい。この網タイツとピンヒールでないなら学校の来客用スリッパでもいい。


 とりあえずTシャツとハーフパンツを持ってきてもらった。


「部屋に入ったら、今着てるバニーを解除……じゃなくてええと、さっきのキャミソールに戻すよ。あれなら、その、うん……ごにょごにょ」


 言い淀む顔が真っ赤になった。


「思い出さないで!」

「や、うん。大丈夫」

「大丈夫じゃない! 忘れて!」


 いくら気が動転していたとはいえ、自分本体じゃないとはいえ、あんな格好で人前に出たなんて、自分だけじゃなくてイザムの記憶も消したい。


「さすがに忘れるのは無理……じゃ、着替えたら出てきて。待ってる」


 渡された部屋着を胸に抱え、さっきまで寝ていた部屋に戻る。いつの間にか、壁に取り付けられたランプに灯りがともっていた。明暗&人感センサーでもあるのかな。

 扉を閉めるとすぐにふわっとローブが浮き上がってまたもどった。それだけだ。さっきみたいな恐怖も何もない。首元から確認すれば、確かに黒バニーは消え去って、中はレースのキャミソール。


「どういう仕組みになってるんだろ」


 独り言を呟きながらダボダボのローブを縛っていた紐をほどいて脱ぐ。

 キャミソールの上からTシャツをかぶるついでに確認したら、下はキャミとお揃いのレースのショーツだった。……あのフィギュア、下着は見えていなかったはずなのに、どうしてこうなったのか……。


 やめよう。考えないほうがいいような気がする。

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