117. 男性陣は寝不足
「泥棒はやらないよ? ところで、頼みって?」
珍しくイザムが頼みごとがあるって話だったはずだ。
「ああ……俺が他の人たちに会ってる間、ずっと一緒にいて欲しいんだけど」
「いいよ?」
いいけど、わざわざ頼むようなことかな。それになんか、イザムの気が重そう。何をするにしても、やりたくなさそう~な顔してる。
「時々ちょっと嫌な思いをするかもしれないけど」
「いいよ?」
「で、万一俺がてこずったら、止めて」
「何を?」
「どっちでもいいから、止めやすそうな方で。あと、時々充電させて――けっこう頻繁になると思う」
「うん」
よくわからないけど、隣にいて、困ったら手伝え、そして不安定になりやすいから抱っことかハグとかが必要になりそうだ、と。そのくらいならお安い御用だ。
そのまま承諾すると、安心した顔になった。
「じゃ、タイガの様子を見てから食事に行く?」
「顔を洗ってから行く。先に行っててもいいよ? だけど、タイガくんたちの部屋に行くなら一緒の方がいいかな?」
「ん、待ってる」
水差しの水を器に移してタオルを絞る。顔を拭いたら思っていた以上にすっきりした。
「うおっしゃ。おまたせ」
ピコピコハンマーを振りながら歩くイザムと一緒に部屋を出て、隣の扉の前に立つ。
ノックして返事を待つ――静かだ。
まだ寝てるのかなって思ったら中で足音がして、静かにドアが開いた。
うわ、タイガくん、すっごい寝不足な顔してる。
「解けてるか?」
イザムが小声で聞いた。
「わかりません……寝てますけど」
うわ、声も疲れてる。
「一応こいつでピコっと叩いとけ、解けるから」
「はい……」
ピコピコハンマーを渡されて中に戻ると、じきに戻って来た。
「あっちの部屋で寝るか?」
そう聞かれて後ろを振り返る。少し悩んでから「そうします」って言って、出てきた。
ハンマーと交換で鍵を受け取って、わたしたちが出てきた部屋に向かう背中が、なんだか深刻だ。
「大丈夫かな」
「なるようにしかならないけど、どうにかしたかったらがんばるだろ。それに、ああやって考えてるってことは、気持ちがあるってことだろうから、俺としては助かる」
「そっか……え? イザムが助かるの?」
イザムがヴェッラが寝ている部屋のドアに魔法で外から鍵をかけて歩きだす。
「昨日、余裕なくて、脅して追い込んだから……」
ああ、そういえば。『かなり具体的な脅し』をかけたって、言われてたっけ。
確かに、あれはひどい言い様だったと思う……。
「『俺が解くのが嫌ならやれ』って言ったんだから、一応選択肢は与えてるし、気にしないようにはしてるんだけど、言い方も内容も酷かったなって思ってる」
「ヴェッラのチャーム解こうとしたって……わたしの時みたいにキスするつもりだったの?」
「まさか、口説いて上書きするか、てこずるようなら平手打ちしようかと。やり過ぎたら治癒魔法で治せばいいんだし」
「わたしの時も平手打ちでよかったのに」
「それができたら苦労しない。俺も、タイガも、手をあげたらいけない相手は、はっきりしてるんだよ。まあ、今日はこれがあるからピコっとできるけど」
「……そういえば、そのハンマー、どうしたの? こっちでは初めて見るけど」
「今朝取ってきた」
空中に放り投げてくるくると回す。
「わたしが寝てる間に一回帰ったの?」
「領地までね。三年の間にいろいろ持ち込む練習をしたやつの中から、使えそうなのを選んで、できるだけ無害な感じでチャームを解く効果を付加してみた」
へら、と笑う。
そんなことができるなんて、さすがではあるんだけど。
「ねえ、イザム、ちゃんと寝た?」
廊下で立ち止まる。
「え?」
「そんなことしてたんなら、イザムはいつ寝たの?」
昨夜もすごく疲れてたのに、そんなものを作っていたのならろくに寝ていないんじゃないかと思う。
「あ~、あんまり? でも利害関係は一致してたし、役に立ちたかったから、そんなに気にならなくて? それにあのままってのは流石にまずかったし……ごにょごにょ」
「利害関係? なんでそこでごにょごにょするの? まあ、あのかっこで一緒に寝させられたりしたらわたしも困るけど、カバンには部屋着もあったから、ちゃんと言ってくれたら着替えたのに。
ご飯食べたらタイガくんとあっちの部屋で寝なおしたら? わたしなら――ヴェッラの様子も見たいし、出歩かないでちゃんとおとなしくしてるから」
「どうせ寝るならアイリーンと寝たい……充電足りてない」
「……今朝は置いてったのに?」
そう言ったらなんか、情けない顔になったけど、なんでそうなるのかわからないよ。
「とりあえず、食事にしよ……」
イザムに促されて食堂に入ると、カウンターの奥にいた人が大急ぎで近づいて来た。
「朝食でよろしいですか。何をお持ちしましょうか」
笑顔まで浮かべて、昨日と全然違う。
あからさますぎて指摘する気も失せた。
「アイリーン、何がいい? って聞いても俺たちだと何があるのかわからないから、適当に持ってきてよ。あと、コップとミルク」
イザムも苦笑いだ。
テーブルに着いても、周りの雰囲気が全然違って、笑顔が多い……それに男性たちが……わたしを見て――ほっとした顔をしてるように見える? なんだ?
「なんか、昨日との差がすごいね。あの人よっぽど嫌われてたんだ……」
「そりゃあな~、見境なしに片っ端からチャームかけてたら、嫌われるさ。特に男からは。それ言ったら俺だって……まあ、今は俺にはアイリーンがいるってわかってるからいいみたいだけど。紅茶でいい?」
頷くと、あっという間に持ってきてくれた空のコップに中身を入れてくれる。
「あと、シュヴァルツがいい感じに展示してったから、ユーモアを解する男は親近感を持ってくれてる……でも、女はまた別で……チャームが残ってるのもいるし、単にあれ(・・)の見てくれだけで好意を持ってたやつもいるし、怒るやつとか泣くやつもいて、恋心ってやつは面倒だよ」
忌々しそうに言う。レオさん自身に対する嫌悪だけじゃなくて、チャームで操られたわけでもないのに、見た目だけに惹かれて中身を見ようとしなかった女性たちに対する嫌悪のほうがイザムにとっては強いのかもしれない。
そんなことを考えていたら、宿屋の人が大きな皿にあれやこれやと食べ物を盛り付けて運んできてくれた。
しかも、すごい笑顔で、「お気に召したものがあればもっとお持ちします!」って言われたし。
「こんなにたくさん、ありがとうございます。もう十分です」って、即座にイザムがお礼を言って、「食べよっか」って促してくれたけど、こんなに食べられないんじゃないかと思う。
「……つまりシュヴァルツさんの力作は彼女たちが一目で正気に戻るほどには酷くなかったってことか」
大皿から小皿に少しずつとりわけながら、茶化すつもりで言った。
「あれで一目で正気に戻ったのは、むしろ男だったみたいだぞ。あれ(・・)にはかなわないって思い込んでたのが、あれ(・・)も普通の人間だったと思い出したようで、みんな心が軽くなった感じらしい」
ほええ、そんな解けかたをするチャームもあるのか。
「ま、一部はアイリーンのおかげだけど」
恐ろしいくらい真っ黒い笑顔になった。
「わたし? 何もしてないけど、知らないうちに何かした?」
「あいつがアイリーンにチャームをかけようとした時点で俺の呪術が発動したんだよ。かけようとした魔法――今回の場合はチャームだな。それが無効になって、報復が――それに同じ魔法なら向かう先が誰であれ使おうとした段階で報復とフラッシュバックも起こるように――」
「その報復とフラッシュバックって?」
「ああ、あれは――ごにょごにょ」
なぜごにょごにょする?
「ごにょごにょ部分の説明はないの?」
「……あれは呪いだし、さすがにえげつなさすぎてアイリーンには言えない。でも、二度とちょっかいを出されないって保証できる」
それはつまり、報復とやらが何であれ、ドラゴンのお守りの、つまりイザムのおかげだってことだ。
「ありがと、本当に助かった。それにあの人のチャームがかかってなくてよかった」
感謝の気持ちで見上げれば、いつもの穏やかな笑顔だ。
「でもまあ、そんな感じだから、事後処理でちょっと騒がしくなるかもしれないけど、じきに落ちつくはずだから――それまで我慢してくれると嬉しいんだけど」
? 不思議な言い方をしたな。
「我慢?」
「うん、あと、待ってて欲しい」
「そんなの、今さら言われなくてもいくらでも待つけど?」
なんか、待っていられなくなりそうな状態が想定できる――そんな言い方だ。
「うん。そう言ってくれるのはわかってたんだけど、でも一応言っとこうと思って。あと、充電、頼むね」
なんだか釈然としないけど、まあ、わたしはもともとがイザムのおまけなんだし、ご希望に沿うようにがんばりますよ?
そんな感じで頷き合ったわたしたちに、怒涛の一日が迫っていた。




