116. 宝箱(トレジャー・ボックス)
へ?
「昨夜のチャームが解けてない場合に備えて。けっこうどたばたしてたし、確認しなかったから、解けてないやつはこれで叩く。どうぞ?」
どうぞ、って差し出されても。なんでわたしに渡すのだ。
昨夜のチャームって、レオさんのチャームのことなら、わたしは叩かれる側じゃないのかな?
そして、何を叩けと?
「とりあえず、叩いてみてくれる?」
「イザムを? わたしが?」
「強度チェック」
「なにそれ」
こんな玩具に強度とかいう?
とりあえず受け取って、ポン、とイザムの頭を叩くと「キュッ」っと懐かしい音がして、ふっ、と笑ってしまった。
イザムがほっと小さく息を吐いた――なんだかちょっと寂しそうな顔をしている。
たいして力は入れなかったはずだ。思いがけず痛かった、とかじゃないといいけど。
「普通のピコピコハンマーだと思うよ? これに強いも弱いもなくない? あと、レオさんのチャームならわたしが叩かれる方じゃないの? どうぞ?」
持ち手を返してイザムにハンマーを渡しながら、頭を出してみた。
「あれはかかってないって」
そう言いながらもイザムがポン、とわたしの頭を叩いた。「キュッ」とまた懐かしい音がして、ふっ、と笑いが漏れる。
「なんだこれ、意外と楽しいな。もう一回叩くか」
「地味に笑えるよね。っていうか、チャームを解けるの? これで?」
イザムが再び振り上げたハンマーを避けながら聞いた。
「解けるよ。昨日、質問するときに俺がチャームかけた人たちで、まだ解けてない人がいたら困る……たぶんいるはずだ。……あと、万一タイガがまだ困ってたら、ヴェッラを叩かせようと思って。あの変質者のチャームが残ってる人もいるから、それもなんとかできればなってのもあって……そっちはちょっと難しそうなんだけど、せめて解くのくらいは簡単にできるといいなって」
ああ、そういう目的なんだ。
「そういうわけだから、今日もここを基点に、周りの人たちの様子を、見るようになるんじゃないかと思う、んだけど」
ほうほう。アフター・ケア、ってやつか。
繰り出されるハンマーをひょいひょいと避ける。
「けど、何?」シーフの俊敏さか、空手のおかげか、余裕だ。
「くそ、当たんねーな。……ちょっと頼みがあって」
頼み? 珍しい。わざわざ頼みがある、なんて普段言わないのに。
「そのハンマー、当てられたらいいよ」
「えっ!?」
ちょっと楽しくなってきたからそう言ってみたら、本気顔で驚かれた。
イザムのハンマーが一瞬止まって、思案顔になる。
「冗談だよ? 頼みくらい、いくらだって――」
「じゃ当てられたら、キスしてもいい?」
「え。だめ」
繰り出されるハンマーに集中していたせいか、考えるまでもなく、返事をしていた――でも危なく動きが止まるところだったよ。
「まさかの速攻却下? 挑戦のし甲斐もない……」
「本気出されたら勝てないかもしれないのに、リスクが大きすぎ」
スピードだけならわたしの方が速いかもしれないけど、相手は魔導士だ。どんな魔法を使われるかわかったもんじゃない。
「かも? そこで『かも』なんて俺相手にずいぶん余裕――じゃあ、とりあえず賭けはナシの真剣勝負、やってみる?」
ハンマーを完全に止めて、斜めに見下ろすような体勢。
ちょっと、いやかなりバカにしてるように見える。
むむむ。今まで当てられていないくせに。
「痛いのと怖いのナシでいいなら受けて立つよ」
「余裕」
不敵な笑い。
ずいぶん甘く見られてる――腹立たしい。頭の中で作戦を練る。せっかくだから、最近覚えた技を試そう。
「三、二、一、で?」
「O.K.」
「じゃ、三、二、一」
白い光とともに、ぎくり、と身体が固まった。これは――ストップ? ドンム? うおお、確かに一ミリも動けない。
そして目の前にはピコピコハンマーを繰り出そうとしたイザムの当惑顔があった。
空の両手を見下ろして、あたりをキョロキョロ見回す。
「……アイリーン、ハンマーどこやった?」
「教えない」
おお、喋れた。ということはストップじゃない。
「ええ? ハンマーだぞ? 普通は避けるだろ?」
「シーフだもん。盗る方が楽。よっしゃ~、勝った~」
動けたらガッツポーズするんだけど。動けん。動けないけど、ざまあみろ。わたしの勝ちだ。
「……盗ったって消えてなくなるわけじゃないんだから、どっかにあるんだろ?」
「そりゃあ、どっかにはあるでしょ」
「じゃ、見つけて叩いたら俺の勝ち?」
「叩けなかったんだからわたしの勝ちでしょ? これ解いてよ」
「やだ。探そ」
ベッドの下とか、上掛けの中とかをのぞいて確認していく。そんな所にはない。ふふん。
「負けを認めたら返すけど?」
「認めない認めなーい」
小学生か。
「だってハンマー出てこなかったら叩けないでしょ。わたしの勝ちじゃん」
「そうだけど……今からお前にチャームかけたら白状するんじゃないのか? 今なら逃げられないし、やってみようかな」
にやりと笑う。
「えええ! ずっる! それはずるいでしょ!」
「アイリーンもヴェッラみたいにならいかな~♪」
それは嫌だ。たとえチャームにかかったとしても、泣き上戸とか甘えん坊炸裂みたいなのは勘弁してほしい。それに、それはまずい。
「そんなことしたらたぶん取り出せなくなっちゃうけど?」
「え? そうなの?」
そうなのだ。頷こうとして動けず、口で、「そう」と、言い直す。ステータス異常はまずい。
「じゃあ、俺の負けでいいけど、どこにあるのか教えてくれる?」
「どこにあるのか……はわからないから教えられない。たぶんどっかその辺」
精一杯誠実に答えたんだけど、イザムが疑わしい目を向けてくる。
「なんだよそれ」
「だから、よくわからない」
「本当に返ってくるのか? あれ、一個しかないんだぞ」
「動けるようにしてくれたら、返すよ」
すっごく疑ってる眼差しをしばらく注いだ後で、イザムは魔法を解除してくれた。
ふう。
「じゃあ、返すけど……えっとそうだな、その上でいいかな」
さっきイザムが上掛けをひっくり返したベッドに向き合って目を閉じる。思い浮かべるのは宝箱と鍵だ。
鍵穴に鍵を差し込んで、蓋を開ける。
中に手を入れる。
お目当ての物は~、これか。つかんで取り出す。あとは蓋をして鍵をかけて、おしまいだ。
「はい。ほらね、その辺にあったでしょ?」
「何、今の、どっから出した?」
「宝箱。ヴェッラの電子レンジ魔法からヒントをもらってこのごろ練習してたの。イザムも範囲指定魔法がどうのって言ってたでしょ? 大事な物をしまえるアイテムボックス的なもの。盗った物を即座に送り込めるのが特徴で、身体検査されても『持ってませーん』ってしらばっくれられる上にわたししか開けられないっていうやつ」
「見えない箱があるのか?」
「実際はないけど、箱のイメージ? があるよ」
「へ~」
イザムがベッドの上にピコピコハンマーを置いて、何もないところにポンポンと手を乗せて確認する。
「ちょっとすごいでしょ? レベルアップしたと思わない? 誉めてくれていいよ」
得意げな顔を作ってみたら、イザムがにやりと悪い顔で笑った。
「……泥棒し放題だな」
ま、基本がシーフだからね。




