115. チャーム解除アイテム
「……もう疲れたし、朝になるし、抱っこして充電する時間がもったいないからこのまま寝る。嫌だったら俺が眠ってからそっちのベッドに移って」
すでに眠そうな声で、そう説明された。
あ、そういう、理由。
「は~い」
わたしを抱えたまま靴だけ蹴り脱いで、もう一度しっかり抱え直すと、大きく一回息をして、イザムはそのまま動かなくなった。
これなら、ま、いいか。
でもとりあえず、わたしも、靴は脱ぎたい。
もぞもぞしていたら、腕がきつくなった。
「まだ眠ってない……」って言った声はもうかなり眠そうで、何を言っているのか判別が微妙なところだ。
「あ~、靴を脱ごうとしてるだけだから、気にしないで」
そう言ってみたら腕がちょっと緩くなって、「靴……」って呟いてる。「ああ、靴。そうだね、靴は脱がないと……靴?」
いやいや、何回靴って言う? もう寝ぼけてるのか。
笑いが込み上げてきて、ふふ、と身体が震えたら腕が離れて、むくり、とイザムが身体を起こした。
「あいりちゃん、いたずらはダメ。ねるときはくつは、ぬがないとダメなんだよ。りなせんせい、おこるよ……」
!?
びっくりして一瞬耳を疑ったけど、今の、寝言だ~!?
『あいりちゃん』って、言った。いつの寝言? 何歳!? 『りなせんせい』って、保育園の? ってことはええと……四歳? 五歳?
「はやく、くつ!」
しかも怒ってる。
「はいっ」
わたしが靴を脱いでベッドの下に揃えている間に、いさむくん(推定五歳)は上掛けの中にすべり込むと、ベッドの上に乗せていたわたしの左手を自分の右手でつかんで、そのまま寝息をたて出した。
寝たか。
そう思ってそっと手を引き抜こうとしたら、わたしの手をつかんでいた指にぎゅっと力が入った。
「まだ眠ってない……」
眠ってないの? じゃあさっきの、何?
まじまじと観察してみる。眠ってるようにしか見えない。
今のも寝言か。
「眠ってないの?」
一応聞いてみたけど、返事はない。
手を抜こうとする。
「まだ眠ってない……」
うそ、だって絶対眠ってるよね? これ。
もう一回そーっと手を引き抜こうとしてみる。
「まだ眠ってないって言ってるだろ!」
「ひゃ、ごめ」
怒鳴られて謝ろうとしたら、がっ! って捕まえられてそのまま上掛けの中に引きずり込まれた。
ぎゃー藪蛇だ。
首をすくめて続くお叱りの言葉を待ってみたけど、何も続かない。がっちり回されていた腕は、あっという間に緩んで、……聞こえてきたのは、また寝息?
……まさか、今の眠ってない宣言も寝言?
なんか、バカバカしくなってきた。
イザムが寝てるか、起きてるか、寝ぼけてるかなんて、結局どれでも大差ないのかもしれない。
「今日は、助けに来てくれてありがと、おやすみ」
それだけ言って、身体の力を抜いたら、イザムが満足そうな音で何かつぶやいた。感謝の言葉のお返しだと思っとこう。
~~~~~~
首のあたりが、くすぐったい。
耳の後ろが、さわさわしてる。
これは、あれだ、ベッドにベルが乗ってるってやつだ。起こそうとしてる。遊んで欲しいのか、それともお腹が空いたのか。
やめてよ~、まだ眠いよ~。
こらこら、肩も、だめ。背中も、だめ。腰も、くすぐったらだめだよ。
眠いんだってば。もうちょっと寝かせて。
腕を伸ばして頭を撫でる。
いい子、いい子。よしよし。
ベルも、もうちょっと寝よ? わたしまだ眠いんだよ。
それに、重いよ。なんで猫型になってないの。
もしゃもしゃと頭を撫でて、ついでに首と背中も撫でてやる。
ほら、おいで。一緒に寝よ。
ん~、ふふ、くすぐったい。でもあったかいし、いいか。
もうちょっと眠らせて。おとなしくしててね。
~~~~~~
目を開けたら、朝の光が降り注ぐ、見慣れない部屋に一人。いつも寝起きはいい方なのに、なんか今朝はすごく眠い――。
あ、眠いのも当然か、昨日寝たのが今朝に近かったんだっけ。
そのままの体勢で周りを確認する。昨夜は暗かったし、あっという間に寝ることになったせいか、全然記憶にない部屋だ。誰もいない。いつの間に出て行ったのか、イザムもいない。
明るいから朝なのは確かだけど、何時だろ。眠いのになんで目が覚めた――そういえば窓の外が騒がしい。
おそらくすがすがしい朝の光が(寝不足のせいでわたしには眩しい)射しこんでいる窓の向こうで、なにやらキャーキャー騒いでいる人たちがいる。目が覚めたのはこのせいか。
何が起こっているのか確認するよりはこのまま寝ていたいけど、気にはなる。
首を振って起きあがったら、上掛けが膝に落ちて――半年前に見た覚えのある艶々した光沢のある……胸ほぼ見えのレース付きの退廃的なキャミソールが目に入った。
うそ。またやられた。
あわてて膝に落ちた上掛けを肩まで引き上げたけど、見る人は誰もいないんだった。怒る相手もいない。たぶんまた寝心地が悪そうだったとかそういう理由だろうけど――一体いつからわたしはこの格好で、いつからイザムはいないのか。
そこは問題だ。
でもとりあえず着替え――と思ったらカバンが見当たらない。昨夜イザムが荷物は部屋に入ってるって言ってなかったっけ? パジャマ代わりの部屋着なら、カバンに入ってたのに。
上掛けを頭から被って、窓に近づく。何も見えなかったけど、笑い声とヤジはわかった。歓声と一部嬌声らしきものも聞こえる。なんだろう――。
あ。
思い当った。「縛って晒す」「娼館の前に」「朝一で発見されるように」って、あれか……シュヴァルツさんの得意技? が原因の騒ぎなんだ。
着替えの服がないのはつまり、出てくるなってことか。
なんかいろいろどうなってるのか気にはなるけど、眠いし、部屋から出られないってことはこのまま寝てていいかな。
ベッドに戻って頭から上掛けをかぶる。これでよし。
春眠暁を覚えず……おやすみなさい。
次に気がついたのは、ノックの音だった。それからイザムの声。
「アイリーン? アイリーン、起きてる? 開けても平気?」
起きてない。開けて平気かどうかなんてわからない。
「おーい。起きてる? ドア、開けていい? 入るよ~?」
起きてない。起きてない起きてない起きて……なんで入っていいかなんて――? あ、わたしの格好か!
「アイリーン? 開けるよ?」
「起きてない! 開けちゃダメ!! 今起きる!」
勢いよく起きあがったせいでベッドから落ちそうになった。うわわ。そしてなんとか体勢を整えたはいいものの、着替えがないんだった。
「イザム、わたしの着替え、どこっ?」
扉の方に向かって聞く。
「あ~着替えは奥のベッドの下……ダメだと思うけど、一応聞くけど、そのままじゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!……わたしなんでまたこの格好なの?」
着替えが入ったバッグ……あった。
ドアの向こうからのんびりした声。
「あのままは寝るのに向かないし、本当に脱がせたら嫌かと思って。心配しなくても、着替えさせたのは俺が出た後だよ? あと、それから着替えるならあの制服に戻していい? 戻したらドア開けて入ってもいい?」
「いいよ!」
部屋着に着替えても、結局また出かける時に着替え直すことになるんだし、だったら最初からあの制服もどきになってる方が楽でいい。
返事をするや否や、キャミソールはセーラーカラーにダブルボタンのジャケットの制服に変わって、ドアの鍵が音をたて、イザムが入って来た。
「言っとくけど、見てないよ? だけど次があったら見てもいい?」
「いいわけないでしょ! ダメってわかってて何で聞くの? さっきから……って、何、それ?」
入って来たイザムの左手に握られているのは、見覚えのある赤と黄色の玩具。
「ん~、万一でもいいよって言ってくれたらなって希望? で、これはピコピコハンマー」
「や、それはわかるけど、なんでそれ持ってるの?」
現実感が強くて違和感バリバリなんだけど。
「チャーム解除アイテムだから」




