113. 留守中の出来事
そのまま外まで連れ出された。真っ暗で、どこにいるのかわからない。空には星もなくて、今も風が強い。この頃では珍しく、イザムが魔法陣の描かれた紙を取り出した。
「さっきの宿屋に戻るんじゃないの? 遠いの?」
「そんなに遠くないよ。だけど今はちょっと、精神的に落ちついてないから。それに外から外の移動にしとく。行くのは宿屋の入り口まで、な」
そっか。ずいぶん心配させたから。
「ごめんね。心配させて」
「俺がついてたのに攫われたんだから、俺のせいだ。あのお守り、持っててくれてよかった」
「あれ、効かなかったってば」
「効いてたよ」
?
「後で説明する。とりあえず、行こう」
肩に回された手に力が入る。目を閉じれば、いつもと同じ浮遊感。
足もとに固い地面があるのを確かめて目を開ければ、ちゃんと宿屋の前に着いていた。二軒隣の娼館には煌々と明かりが灯っているし、隣の酒場もまだ明るい。
でも、窓から明かりは洩れているものの宿屋はひっそりと静かで、もう真夜中を回っているのだとわかった。
イザムと一緒に静かに中に入る。カウンターと奥のテーブルで動きがあって、テーブルから駆け寄ってきたのはアルフレッド様――王子様仕様なのに珍しく衣服が着崩れていて、きれいな金髪もくしゃくしゃに乱れている。
「アイリーン様! 魔導士様! ご無事ですか」
ものすごく心配してくれたって一目でわかる様相に、申し訳なくなる。
「大丈夫。爪が傷ついた程度で、元気です。心配かけてごめんなさい。ヴェッラは大丈夫ですか?」
「今はあの通り、落ち着いていますよ」
アルフレッド様が安堵の息を吐いて後ろを振り返る。
テーブル席の奥で、タイガくんがヴェッラを抱えて座っていた。ヴェッラは、眠ってるみたいだ。なんか、二人、いい感じに見えるんだけど。
「わたしがいなくなってから、何があったの?」
一気にテンションが上がったわたしに気づいたイザムが、ぺし、と頭を叩いた。
「まずは座れよ。あと、なんか飲む物くれ、疲れた」
疲れた、と言いつつも、自分が座る前にわたしに椅子を引いてくれる。おとなしく座ってヴェッラとタイガ君を観察する。
イザムも座って、それから呆れたようにわたしを見た。
見たっていいじゃん~さっきまでと雰囲気が違うんだもん。
アルフレッド様も座る。こっちはまだちょっと心配そうな顔をしている。
カウンターの奥にいた男性が大急ぎで飲み物を準備している音がする。
「あ、空でいいや。二つ。そのままくれ。後ミルク」
小走りで持って来てくれた空のカップにかざした手をどければ、湯気の立つ紅茶で満たされている。
「ほら」
一つをわたしの方に押しやる。
「ありがとう。で、何があったの?」
両方のコップにミルクを足しながら聞いた――わくわくしちゃう。
「アイリーン様?」
「はい?」
アルフレッド様が説明してくれるの? いなかったのに。
「この二人のことより、私がいない間に何があったのか説明していただきたいのですが」
え、わたしが(・・・・)話すの? わたしとしては、自分の話よりもタイガくんがそんなふうにヴェッラを抱っこしてる理由が知りたいんだけど。
でも、イザムとタイガくんが、アルフレッド様に賛同するように頷いたので、これは、話すしかないらしい。
「ええと、アルフレッド様がお城に行って、わたしたちはここで夕ご飯にして、食べ終わったところでレオさんっていう訪問者に声をかけられて、レオさんが宿屋の人に交渉してくれたからタイガくんが演奏できることになって、サックスを吹いてくれて――そうそう、今日の演奏も、すごくすてきだったよ! だけどヴェッラがちょっと悲しくなっちゃって、レオさんが、「今だけ自分を恋人代わりだと思えばいい」ってヴェッラをからかって、ヴェッラが「期間限定の恋人はいらない」って断ったら「たかが五分やそこら、恋人だと思ったからってたいしたことじゃない」ってそんな話を――思えばもうその頃から狙ってたんだと思うけど。
イザムが飲み物を持ってきてくれるって言って席を立った後、サックスの音に集中したくて目をつむってたからはっきりしないけど、なんか二人で話してるなって思ったすぐ後で、目を開けたらもうヴェッラがチャームにかかってて。
すっごい早業で、信じられなかったんだけど、わたしの方を見たから目をそらしたら「そんなことをしても関係ない」って。あの人、チャームをかけるのに目を合わせなくていいし、一分もかからないって――ジョブが『ドンファン』だって。何のことか知ってる?」
そう聞いてみると、イザムが「ロクデナシだ」って一言で説明した。
「あ、やっぱり。そうじゃないかと思った。で」
「で?」
――あの、現実の勇の幻を見た話はしなくてもいいよね?
「で――、抵抗しようとしたんだけど、うまくいかなかったみたいで、結局連れて行かれた? んじゃないかと思うけど、よくわからない。あとは、気がついたら知らない所で、とっとと逃げないとイザムが来ちゃうと思って、怖くてがんばって縄抜けしようと奮闘してたんだけど、結局間に合わなくて、で、イザムが来た?」
たぶんそんな感じであってるはず。
「……アイリーン? それって俺に来て欲しくなかったみたいに聞こえるんだけど?」
え、そうかな。
いやいや、そんなことはない。
「来てくれて助かったよ! でもあのときは自分がどこにいるかわからなかったし、絶対恐怖の大魔王をやられると思ったから――耳栓もなかったし、隠れるにも動けないし。
だんだん風も強くなって雷も聞こえてきてるのに、レオさんは悪態を吐くばっかで何考えてるのかわからないし、もう、ドラゴンを呼びだして館ごと焼き払われたらどうしようって思ったら怖くて、必死でがんばったんだけど縄抜けできないし……最終的には爪がガタガタになっただけだったけど」
右手の指先を見ながらあの時の恐怖を思い返していたら、イザムが盛大にため息を吐いてテーブルに突っ伏した。
「アイリーンの俺に対する信頼感ってそんななのか……」
声に徒労感がある。
ごめん。
「でも、絶対来るって信頼感に裏打ちされたからこその恐怖感だよ。頭の中でジョーズのテーマが流れた」
「ジョーズ……」
って呟いたアルフレッド様に、タイガくんがぼそぼそと説明する。アルフレッド様の表情が残念な感じになってるのは、見なかったことにしよう。
「ジョーズ……」
イザムも呟いた。
「ゴジラがよかった?」
「ゴジラ……婚約者のピンチに駆けつけたんだから、もっとかっこいいやつにして欲しかった。……コナ〇とか」
「え」
それって方向性が全然違う。
タイガくんがゴジラとコ〇ンをアルフレッド様に説明して、また沈黙。
わたしは頭の中で今日の出来事のどこに名探偵〇ナンのテーマが流れそうなところがあったか確認した。
……イザムには悪いけど、ないと思う。
「あ~、僕が気がついたのはイザムさんがテーブルに走ってったところなんですけど、アイリーンさんはもういなくて。レオさんも。アルフレッド様が飛び込んできたのがその直後です」
沈黙に耐えられなくなったのか、タイガくんがそう言って、肩をすくめる。
そこで終わり? ヴェッラを抱っこしてるとこまでの過程は?
次は誰が話す番なのかと思って待っていたら、アルフレッド様が話し出した。
「私は魔導士様一行に対する失礼な扱いについて問い質すつもりで城に行きました。そこで初めて悪質な訪問者がいて困っている、と聞かされました。娼館に入り浸って放蕩の限りを尽くし、それだけでは飽き足らず近隣の女性に見境もなく言い寄って弄んでいる。強力なチャームを使い、男性を退け、異性の心を奪っては捨てている、と。
あまりに外聞が悪いため、国外に情報が漏れないようにしていたようです。
この時期貴重な訪問者ではあるが、国としての本音を言えばそのような輩は追い出したい。
そこに新たな訪問者がやって来て、この国に永住してくれることになった。悪質な訪問者は完全なる邪魔者になった。
しかし追放したとして、いくら訪問者でもあのような者を抱え込んだら次の国が困るのは目に見えているため、追い出し先の国との国交が悪化する可能性は高い。人知れず葬り去ることも考えたが、魅了されている女性たちは庇うし、騒ぎになるのは避けられない。しかも生きたまま追い払えば本人からの報復があるかもしれず、おいそれと手が出せない」
アルフレッド様は疲れたため息を吐いた。
「そこで、訪問者同士を引き合わせて様子を見ることにし、諫めてもらうか、あわよくば諍いになって追い出してもらえればと企んで、必ず出会うように宿を指定した、と聞かされました。訪問者同士の争いの結果なら、どう転んでも周囲への言い訳が立ちますから。
それで大急ぎで宿屋に取って返してみれば、すでに事は起こった後で、魔導士様が、「何が起こったのか」とヴェッラさんを問い詰め、ヴェッラさんの方はほろほろと涙をこぼしながら「あの人はどこに行ったの」と繰り返すばかりで。
魔導士様がヴェッラさんにチャームがかかっていることに気づいて、解こうとされたのを、駆けつけたタイガさんが止めようとなさって、あわや一触即発。……かと思ったのですが、魔導士様が「俺に解かれるのが嫌ならお前が解け」とおっしゃいまして。「解き方がわからない」とおっしゃるタイガさんに、「脳天ぶっ飛ぶようなキスの一つもしてやれば解ける、胸だろうが尻だろうが触れ。さっさとしろ。やらないなら二人ともこの建物の三階のベランダから逆さに吊るしてやる。あと三十秒」と、かなり具体的な脅しをかけまして、その結果チャームは解けたのですが、ちょっとやり過ぎた感じで、ヴェッラさんはタイガさんのチャームにかかったようです。で、この状態ですね」
そこでアルフレッド様はどうしようもないという顔をした。
「引き剥がそうとすると泣きますので、このままなんですよ」
なるほど。
それは……お疲れ様。




