112. 得意な人
そう言われて、改めて周囲を見回した。妙にベッドが大きいくらいで、特に何も――そういえば縄? 縄がどうとかって言ったよね。
ベッドの枕元に、さっきまで自分の手首を縛っていた縄があって、ベッドの四隅に柱が立っている。まるで、そのためにあるかのように、縄を通しやすい位置に金具が取り付けられているのが、変といえば変か。
ベッドボードの上には、同じような縄やハサミが置いてあって、その隣にはベルト……かな。手枷? 首……輪? まさかね、でも、その隣にあるのって……鞭?
嘘だよね?
その隣は――なんだかわからないけど金属の……それが何かは知りたくない、な。
馴染みがあるようでいながらこの場所にはあまり馴染みのないそれらが、嫌な感じだ。
もしかして、ここって……イザムの解剖室並みに、怖いところじゃ。
「あの、これって、人間用……じゃないよねぇ?」
そもそも人間用だとしたらどう使うのかわからないけど。
「人間用に決まってるだろ! 自分がどんな目に合う所だったか、わかった?」
ぞわぞわっと悪寒が走って脚から力が抜けそうになった。
「嘘……」
「嘘じゃない。あいつの性癖を聞いて俺がどれだけ心配したか。そこに繋がれてるところを見て、どんな気持ちになったか、ちょっとはわかった?」
膝が崩れそうになったわたしを支えてくれる。
「わかった……ごめん。すごくわかった……どおりで気持ち悪いって思ったわけだ……信じたくない……。っていうか、あの人、どうなったの?」
「そこにいるよ」
「えっ?」
イザムが顎で示した方を見ると、薄明りの中に背を向けて立っているレオさんの像があった。
こっちに背を向けて、戸口のほうを向いてる――それが、素っ裸だったもんだから「ぎゃ!」って叫んで慌てて顔をそむけた。
「あ、ごめん」って、後付けされても。
お尻、見ちゃったよ。
「何? 全然動かないけど、どうなってるの?」
ピクリとも動かない。
「特に魔法を使った覚えはなかったんだけど、気がついたらこうなってたんだよ。入って来たときは動いてたのが見えたから、たぶん俺のせいだと思うけど、凍ってる」
「凍ってる!? なんで――」
あ、あの冷気か。呼びかけても返事がなかったその間が、無意識の冷凍作業中だったのかと思い当った。
「イザムが来た時はこの人その恰好だったの? 一人? 他に人はいなかった?」
素っ裸の男の人とこんな怪しい部屋にいたのかと思うと今さらながらゾッとする。そして、一人ってことは、やっぱりあの悪態をついていたのがレオさんだったのか。
「これだった。それだけ危なかったんだぞ? こいつがこの格好だって先に気づいてたら殺してたかも――気がついた時には氷漬けになっちゃってて、この通りだけど。他には誰も見なかったけど、誰かいたのか?」
殺してたかもってことは、死んでないんだ。よかった……と思おう。
「見えなかったからよくわからないけど、声は一人だった。すっごい悪態ついてたの。なんか、思うようにいかなかったらしくって。もう、罵詈雑言。でもその声が、宿屋で聞いた声と違ってたから、違う人かと思って」
イザムが思案顔になった。
「声は、取り繕うのをやめたせいかもしれないけど……悪態?」
「そう。わたしが気がついた時はもう独り言モードに入ってて、ずーっと。何かができないとか、どうなってるんだとか、わたしが髪の毛からピンを引き抜いて縄抜けしようとしてることにもまったく気づかないくらいだから、よっぽど困ってたのかも。わたしとしては、助かったけど、結局縄は抜けられなかったから……そこは帰ったらまたシュヴァルツさんと練習するよ」
シーフのジョブに、捕まった時の縄抜けは必須でしょう。
「しなくていい! あれは……抜けられないように特殊な縛り方をしてるんだよ。あんなの抜ける練習とかありえないから、しなくていい」
イザムがぎょっとしたように止めたところを見ると、本当に特別な結び方なんだろう……練習とか、ありえないんだ。ふ~ん。それってなんか……いや、いいや。いいことにしよう。
深く考えそうになる頭を無理やり切り替えた。
「それより、アイリーン、もしかして俺が作ったお守り、持ってたりした?」
「うん。ポケットに入れてた。あれ、何の効果があるの? っていうか、発動しなかったよ?
あの人、宿屋でわたしにチャームをかけようとしたの。けっこう頑張って抵抗しようとしたんだけど、結局わけがわからなくなったってことは、わたし、チャームにかかったんでしょ? ……その割に今は何ともないけど、解けたのかな」
頭もぼーっとしてないし、レオさんを素敵だとも思ってない。解けてるとして、殴られたりもないし、特に衝撃的なことも……さっきレオさんのお尻を見ちゃったことでチャームが解けたとは思えないし。
「かかってないよ」
「え?」
「最初から、チャームになんてかかってない」
ちょっと得意そうな顔になったイザムが断言した。
「ええ? 嘘?」
「嘘じゃない――ちょっと確認したいから離すよ」
腕を解いてレオさんのところに歩いて行く。正面に回って何を確認したのか、すぐ戻って来た。
なんか、すごく悪い顔してる。
「宿に帰ろうか。みんな心配してるだろうし」
さっきまでの怒りモードが消えてる――というより、鼻歌でも歌いそうにご機嫌に見える。
「それはいいけど、レオさん、どうするの?」
「面倒だから、後は放置でいいんじゃね?」
いいの? 放置で?
「でも凍ってるなら融けるんでしょ?」
「ん~。まあ、そうだな、じゃあ、縛って晒すか。シュヴァルツ」
「え?」
急にシュヴァルツさんの名前が出てきて、何のことかと思ってたら、大きく開いたままの戸口に、いつもの真っ黒スーツのシュヴァルツさんが現れた。
「え? シュヴァルツさん、来てたの? いつから?」
「アイリーン様の姿が消えてすぐですよ。御無事で何よりです。奮闘されたご様子ですね――爪が痛んでいます」
感情を表に出さないシュヴァルツさんには珍しく、心配そうに眉が寄っていた。
自分の手を見下ろせば、確かに右手の中指と薬指の爪が凸凹になっていた。あとで少し削って整えよ。
「ありがとうございます。上手く抜けられませんでしたけど、やれることはやってみました。次は抜けられるようにがんばります」
「だから次があると思うなって! シュヴァルツ、あれは練習させるなよ」
「かしこまりました」
きっちり礼をする。その乱れのなさがいつも通りかっこいい。
安定のクールさに日常を感じてほっとした。
「ところで、それ(・・)だけど、そこにあるやつ色々使っていいから、娼館の前に繋いどいて。朝一で発見されるように頼むな」
「御意」
そう答えたシュヴァルツさんが、イザムに負けないくらい真っ黒い笑みを浮かべた。
ぎくりとしておもわず一歩後ずさると、「これは失礼いたしました」と、即座にいつもの冷静な顔に戻った……ほんの一瞬だったけど、背中を走り抜けた恐怖に冷汗が出た。
もしかして、シュヴァルツさんって……。
「さて、これでよし。行こうか?」
「あ~、うん……」
でもさ、そこのいろいろを使って晒すって、その仕打ちは、ここが異世界だということを考慮しても、かなり悪質じゃなかろうか。ゲーロの方が絶対にマシだ。助けたいわけじゃないけど、いいのかな。
「何? 気乗りしない? まさかここで遊びたいとか言わないよね? アイリーンがやりたいなら協力はするけど、残念ながら俺、そういう趣味はないよ」
「なっ! ないよ! わたしだって」
何を言い出すのか。
「じゃ、あとは得意な人に任せて俺たちは帰ろう」
手を引かれて部屋から連れ出された。
まあ、わたしは興味ないからどうでも……え? 得意な人? 今、得意な人って言った?
はっとして振り向いた時には、今出てきた部屋の扉はきっちり閉められていた。




