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109. レオさん

 さっきまではだけていたシャツのボタンが中ほどまで止めてある。腹筋は見えなくなったけれど、胸もとからは微かに毛が見えていた。

 身に着けた衣類からは、この人がわたしたちのように違う世界の住人なのかは判断できない。服の素材はこの世界の人たちと変わらないようで、目立つところはないし、訪問者だという可能性を高く示しているのは、外見の良さだけ。


 ヴェッラが言った通り、外国の俳優さんのような顔つきで、無造作に伸ばした髪のせいか無精髭らしきものが気にならない――間近に見ても、確かにハンサムだと思う。


 でも――なんだろな、胡散くさいものを感じる。


 外国人が嫌いだとか思ったことないのに、この人は粗削りが過ぎるというか、造り過ぎてるような気がして、落ち着かない。 


 やっぱり嘘っぽい。

 

 だけど、そのふっとゆるんだ表情にヴェッラが頬を染めた。


「ちょっとだけ、一緒に、いいかな?」

「どうぞ? いいよね?」


 ヴェッラが自分とわたしの間を空けるようにタイガくん側に寄る。


 え、そこ空けるの。


 今さら嫌だと口にするのは失礼だから、そんなことはしないけど、この人の隣はなんとなく嫌だなって思ったら、イザムが立ち上がってわたしを奥に押しやる形でタイガくんと自分の間にはさんでくれた。

 タイガくんがそれを見て少し目を見開いてヴェッラを見る。自分もそうした方がいいのか決めかねている様子で、それを見たヴェッラが「わたしはいいよ、このままで」と、肩をすくめた。

 突然の座席変更に気を悪くした様子もなく、男性が片手を差し伸べる。


「はじめまして。俺はレオナルド。レオって呼んでくれていいよ」


 イザムが手を握って名前を言うと、タイガくんがそれに倣い、続いてヴェッラの手を取ったレオさんはついと持ち上げて手の甲に口をつけた。


「はじめまして。チャーミングなお嬢さん」


 片目をつむる。ヴェッラがぽっとなったのがわかったけど、わたしはダッシュで逃げたくなった。もしくは上段突き。回し蹴りもいいかも――なんで?


「?」


 続いて手を伸ばしたわたしからリアクションが返ってこないことを訝しんだのか、レオさんが軽く首を傾げる。


 でも、この感じだとヴェッラみたいに手にキスとかされたら反射で攻撃するかも。さすがにそれはまずいと思う。

 仕方ないので精一杯申し訳なさそうに見える顔を取り繕った。


「慣れてないので、すみませんが握手とか、なしでお願いします」

「ああ、もちろん、いいよ」


 気分を害した様子もなく、にこやかに言って、身体も一歩引いてくれた。

 予想外のリアクションに、ちょっと驚いた。


「えー、アイリーンってば、もったいない。レオさん、名前もカッコいいね」


 いや、もったいないとかそういうことじゃないし。わたしはそもそも異性との出会いを求めていないし、そういうことならここで重要なのはヴェッラがこの人をどう思うかだけだ。


「いや、いいよ。そういえばそういう人もいるんだった、って思い出したよ。久しぶりで新鮮。名前はアイリーンか。かわいいね」


 そういって片目をつむる――誉められているのに、なんだか嬉しくない。口先の誉め言葉だよって、理性が言ってる。ここは日本人らしく、曖昧な笑いで流すことにした。


「俺はこっちに来はじめて結構経つんですけど、残りの三人はつい最近です。レオさんはどのくらいですか? あと、差支えなければ歳と職業を聞いてもいいですか」


 イザムがさくっと話題を進める。


 ふっ、とレオさんは口の端で笑った。


「二カ月くらいかな。本当の設定は向こうと同じで二十三なんだけどね、鏡見たら意外に若かったから、髭伸ばして大人っぽくしてるところ。職業は~こっちでは無職。現実で疲れ切ってるから、ここには癒されに来てる感じ。来てる時は大抵ここか、二軒隣にいる」


 二軒隣って、あの娼館か。癒されに……。うわ、大人の話題だ。


 ヴェッラがそんなことは気にしない様子で聞く。


「現実で疲れ切ってるって、何やってるんですか? あ、言いにくかったらスルーでいいですよ。ちなみにわたしとアイリーンとイザム君は高校生です」

「へえ、高校生か。若いね~。俺は大学。今は院に行ってるんだけど、研究室に籠って頭の中にまでキノコが生えそうな生活しててさ。そのせいかある日気がついたらここで、こんなことになってて。いいよね、異世界。あっちじゃできないことばっかりだよ」


 フフフ、と笑う。


「女の子たちの前だけど、正直に言えば現実じゃ、あんなお店行けないし。見た目がこれのせいかすごくモテモテなんだよね。ま、女の子受けが最高のやつって希望したのは俺なんだけど、実際こんなふうになるとは思ってなかったし。君たちも、そのルックスならかなりモテるだろ? この美女二人は彼女なの? 取り巻き? それとも君たちの方が追いかけてるとか? そうじゃないなら後であっちに移動しない? かわいい子、たくさんいるよ」


 ……最後の台詞で人格が見えたような気がする。ぼったくりバーの引き込み……?


「ゆ、友人ですけど、僕は、そういうのは! 中学生なんで!」


 真っ赤になって返事をしたのはタイガくんだ。


「あ、そうなの? さらに若いのか~。じゃあ、さすがに娼館はないか。最初に出て行った彼は? こっちの人なんでしょ? どっちかの彼氏?」


 それはアルフレッド様のことか。


「違いますよ。わたしも、アイリーンも彼氏はいないもん、ね?」


 何の警戒もなく言われて、そのまま頷きそうになった。


「そう――じゃないよ! わたしは、ほらイザムが婚約者だから! 彼氏いるのと変わらないし。ヴェッラはそれでいいだろうけど」


 こっちの人向けの設定婚約者だけど、誰が聞き耳を立てているかわからないし、彼氏募集中とか言いたくない。レオさんは訪問者だから大丈夫だとは思うけど、万一にでも目をつけられたくない。 

 娼館に行ってみたいならイザムには悪いけど、婚約者設定を最大限に活用させてもらって、この人には――っていうか誰にも近づかないようにしておきたい。


 なのに、レオさんは意外に鋭かった。


「そうなの? 婚約者? でもそれ、こっちの設定でしょ? 高校生だって言ったよね。実際のとこはどうなの?」


 なんて返事をしたものかと思ったら、イザムに、ぐいと肩を抱き寄せられた。


「俺らはあっちでも、似たようなもんなんで」そう言った後で「そんなわけで、俺もちょっとそういうお店には」と、ぼそっと断った。


 ふう。助かった。


「そうなの? 現実あっちでも知り合い? へ~。じゃあまあ、いいか。遊び仲間ができたかと思ったのに。残念」


 レオさんが少しも残念そうじゃない言い方で肩をすくめる。


 「リア充が来てんじゃねえよ」


 毒を含んだ声がぼそっと、聞こえたような……? 気のせいかな。顔の表情はにこやかなんだけど。


「仕方ないから俺も今日はここで飲むことにするかな。ヴェッラちゃん、飲める? 無理? イザム君は? え?誰もお酒飲まないの? なんで? だってこっちの世界、お酒に年齢制限ないよ?」


 首を横に振ったわたしとタイガくんも見て、レオさんが驚く。


 ここ、飲酒に年齢制限ないんだ。初耳。


「俺もね、あっちではそんなに――っていうか滅多にお酒なんて飲まない。そんな暇もないし弱いし。だけどこっちでは、そんな設定はしたこともないんだけど、かなりザルでさ。来る度にけっこう飲んでるけど、平気なんだよね。どう? つき合わない?」


 異世界お酒事情にイザムもヴェッラもなんとなく興味を示してるみたいだけど、お酒に興味がないわたしは最初から飲む気はない。

 タイガくんも「万一酔っちゃうと怖いのでやめておきます。味を占めて現実で飲んでみたくなっても困るし」って、至極まじめな答えだ。


 万一でも酔ったら怖いのは絶対イザムだと思うけど。


 イザムも一応首を振って断ってるけど、飲むって言われたら、全力で止めよう。酔った勢いで何が飛び出すかわからない。


 ヴェッラがレオさんに話しかける。上目遣いの女の子モードだ。


「レオさん、せっかくだから聞いちゃいますけど、レオさんってこのままこの世界に移住しちゃう気、ありますか? わたしたち今、それで旅をしてるんですけど」


 レオさんはヴェッラに笑顔を向けてから答えた。


「ああ、災厄が来るってやつだろ? 俺はどうかなあ。

 俺自身はあっちの生き方に疲れ切ってるし、思う存分遊べる今のこっちの暮らしは気に入ってるんだよね~。

 けど、こっちに永住するってなったら、いずれこっちで相手を見つけて結婚するんだろ? それじゃ、あっちの生活と変わらない。それに居ついたら歳もとるし病気になったりもするようになるんだろ? こっちは不便だし、現実にあるような病院とかないし、薬も違う。歳くった時のことを考えたら、向こうにいたほうが生きやすいんじゃないかなって思うよ。

 ……まあ、今の調子で生きてたら近いうちに過労死するかもしれないけど、今のところは、ないかな」


 煙草に火をつけて、天井を睨む。すごく正直な意見なんだけど、ちょっとイラっとした。


「ヴェッラちゃん永住希望なの? みんなも?」

「僕は迷ってます」


 ここでも最初に返事をしたのはタイガくんだ。


「俺らはいずれ現実に帰るけど、助けになれることがないかって、今は一緒に探してる」


 イザムがそう言って、わたしが頷く。


「ふ~ん。そうなんだ……」


 そのまま何を考え始めたのかレオさんは黙り込んでしまった。ときどきわたしたちをちらちらと見ているところを見ると、何か役立てる方法を考えているのかもしれない。


「ところでさ、俺ばっかり話してるけど、みんなはどうなの? 高校生、と、あとタイガくんは中学生って言ったよね。ジョブは? 得意技とか、ある?」


 ぱっと話題を変えて、レオさんが聞いた。


「わたしは踊り子。現実でも踊ってました。得意技って言われると困るけど、踊りは全般的にいけるみたい」

「あ、僕は楽師です。サックス吹いてます。他の楽器もできないわけじゃないですけど、一番はこれ」


 タイガくんがそう言って足元の楽器ケースを示した。


「俺は魔導士。得意技って言ってもな~。アイリーンの下手くそ加減を補うこと、かな」


 イザムのこのところの得意技はゲーロ……だと思う。言わないけど。


「確かにわたしは魔法、下手くそだけど、そんなもの得意技にしなくたって……」

「俺らの中ではアイリーンがおそらく一番下手だから」


 イザムがわたしのジョブを明言することを避けたのがわかったので、わたしもあえて言わないことにした。

 下手くそ魔法使いだと思わせておいた方がいいなら、そうしておこう。泥棒とかって、わざわざここの人たちに知らせたくないし。


 わたしたちの答えに微笑ましいものを見るような顔でふふっと笑ったレオさんが、タイガくんに聞いた。


「今日は吹かないの? それ」

「なんでか知らないけど、ダメだって言われて」


 肩をすくめたタイガくんに、レオさんは信じられないというような顔をした。


「俺、聞きたいな。頼んでこようか。たぶん初めての人だから信用されなかったんだろう。俺が頼めばきっとダメとは言わないよ。あ、でも演奏にチャームはナシだよ?」


 くぎを刺すような言い方だ。


「いいんですか? だったら、はい。僕はチャームとか使ったことないし、やり方も知らないんで、大丈夫です」


 レオさんはちょっと眉を挙げてから立ち上がってカウンターに向かった。その背中を見送ってタイガくんに聞いてみる。


「チャームのかけ方を知らないって、本当?」


 今まで一回もチャームを使っているところを見たことがないと思っていたら、やり方も知らなかったのか。


「はい。僕もヴェッラも素のままで勝負ですよ」


 タイガくんらしい、まっすぐな言い方だ。


「そっか」


 それってすごい。異世界なのにチートなしってことだよね。

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