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108. 冷遇

 道中は何事もなく――アルフさんが考え事にふけっていて静かだった――翌日の夕方、わたしたちはマルテスコートの城下町に到着した。

 お城から指定された宿に向かうと、そこは三階建てのかなり大きな建物で、その隣がこれも大きな飲み屋のような食事処で、そのさらに隣は。


「これって……娼……館?」


 びっくり仰天だ。現実のみたいに派手派手しい電飾とかがあるわけじゃないけど、出入り口に立つ男性の馴れ馴れしい感じとか、窓から手を振っている女性の退廃的な衣装とか、たぶん、そうだと思う。何で、こんなところにある宿を手配したのか。


 まさかもてなしのつもりじゃあ、ないよね。


 イザムが眉を寄せ、タイガくんは頬を赤くして目をそらした。わたしとヴェッラはポカーン、だ。

 すぐにアルフさんが「他の宿にしましょう」と言って馬を進めた――んだけど。何と、どういうつもりなのか、『訪問者の一行は指定した宿意外に泊めてはいけない』という通達がお城から出ているそうで、どの宿にも断られて、結局元の場所に戻ることになった。


 アルフさんの眉間に深いしわが寄る。


「とりあえずここに入るしかなさそうですね――それにしても一体何でこんな」


 イザムも顔を顰めて宿の入り口を見つめる。


「ゲーロの用心にしちゃ、様子が変だな。アイリーンとヴェッラもいるのにこれってのは――嫌がらせに近いだろ、どういうつもりだ?」


 とにかく馬車を降りて宿屋の中に入る。

 ここでも一階部分では飲食ができるようになっていた。


 ざわついていた室内が一気に静まって、わたしたちに視線が集中する。

 警戒しているようで、それだけじゃない。怒りのようなものを含んだ男性たちの視線を感じる。女性たちからは値踏みするような――何、これ?


 歓迎されていないどころか、明らかに敵意のようなものを感じる。

 それに、他の視線も――その視線を辿ろうとしたら、ぞわりと鳥肌が立った。


 気持ち悪い。


「イザム、ここ嫌な感じがする――」

「ああ、何かあるな」


 いつもはつないでいるだけの左手を離して、腰に回して引き寄せてくれる――それだけでもかなり違う。少し息が楽になったような気がした。


 アルフさんが宿の受付らしいカウンターに向かい、話をする。タイガくんも一緒に行った。たぶん後で演奏させてもらえるか聞くつもりなんだと思う。

 それにしても――待っている間も遠慮なく向けられる視線のせいで、すごく居心地が悪い。前にお城で、アルフさんがわたしにチャームをかけようとしていた時の感じをずっと強くしたような気持ち悪さだ。


「ヴェッラは、大丈夫?」

「わたしは別に……この国の人たちがフレンドリーじゃないのはわかるけど、そういう国民性なのかなって――アイリーン、顔色悪いよ。どうしたの?」


 ヴェッラはあまり気にならないらしい。


「アイリーンはジョブ的に警戒心が強いんだよ。自分に向けられる視線に敏感なんだ。たぶん常に逃走手段を意識してるから――」

「そうなの?」


 ヴェッラがきょろきょろとあたりを見回す。

 ヴェッラ、本当に平気なんだ。


「お役立ちだろ? ヴェッラは何も感じないのか?」


 顔の向きはそのまま、目だけ動かしてあたりを窺いながらイザムが聞く。


「強いて言えば、奥のテーブルに座ってる、超絶ハンサムな男性の熱視線を感じるけど、後は特に何も?」


 周りの人の顔を見る余裕なんてわたしにはなかったけど、そんな人いるんだ。


 ヴェッラが視線を送る先にイザムも目を向ける。その顔があっという間にすごく嫌そうな顔になった。なんていうか、一言でいえば「げんなり」?


「あれか? 超絶ハンサムかぁ? なんか清潔感ないぞ?」


 評価もげんなりしてる。


「何よそのコメント、男子の意見は求めない。ハンサムだよね、アイリーン?」


 ヴェッラが唇を尖らせる。


「わたし、人の顔って興味なくて……」


 そもそも見てないし見たいとも思わない。この嫌な感じの方が気になる。


「腹筋もカッコいいよ! 胸毛濃いけど」


 腹筋? 胸毛? それが見えてるってこと? 

 それって、この世界ではダメなやつじゃないのかな。聞いただけで引く。


 脚が出てるだけでものすごく恥じらってたアルフさんのことを思う。胸とかお腹とか、出ていない方がいいんじゃないかなって思うんだけど。あきらかにマナー違反じゃないのかな。


「いいから、見て!」


 ヴェッラに頭をつかまれてぐい、と部屋の隅の方を向けられた。


 うわ。


 ゆるくカールした長髪の黒髪を無造作に肩に垂らした長身の男性が、椅子の背にゆったりともたれかかっている。確かにこっちを見ていて、整った顔に物憂げな笑みを浮かべていた。

 男らしい顎に、頬がちょっと陰になって見えるのはたぶん伸びかけた髭。おそらく二十代半ば。長くて太い首、左手には煙草。テーブルにはおそらくお酒の入ったコップ――すごく退廃的で、はだけたシャツからは確かに、引き締まった胸としっかり割れた腹筋が見えていた。そうそう、胸毛も。

 こんな時間からお酒と煙草で、どうやってあの体型なんだろう。そして、なんだっけ、ああいうの。

 ロクデナシ、じゃなくて――タラシだっけ? っぽい。

 そうじゃなきゃあれ、なんだっけ……遊び人……放蕩者? 

 なんだか知らないけど、胡散臭いのはわかる――たぶん。


「アイリーン? まさか、ああいうの、好み?」


 隣からイザムの声が聞こえて、はっとした。


「まさか」


 あれは、たぶん絶対ろくな物じゃない。あれは磨いても光らない。シーフの勘。


「ええ? すごくかっこよくない?」


 ヴェッラが信じられないって顔になった。


「好みは人それぞれだと思うけど。ヴェッラはああいうの、好きなんだ?」

「外国の俳優さんみたいじゃない。脚、長……アイリーン、ちゃんと見た? っていうかあれでダメなら、アイリーンの好みって何?」


 呆れたようにそんなことを言うヴェッラのおかげでさっきまでの緊張が少しほぐれた。息を吐いて首を振ってみると、嫌な感じも薄れてきた。


「少なくともあれではない」

「ええ~、アイリーン、実は好みうるさくない? ああいうハンサムはたいていの女の子は好きでしょ?」


 そう言われてもう一回見てみる――確かに、彫りが深くて、整ってて、乱れた感じがなかったら美形って言えるかも。でもってちょっと濃くて、ワイルドな? なのに、なんか嘘っぽい気がするのは、むむむ。いったい何が――。


「アイリーンの好みは俺。少なくともここでは譲らないから、真剣によそ見すんな」


 人の頭をつかんで、ぐり、とイザムが急に自分の方に向きを変えた。


「婚約者だし、それはいいけど、ヴェッラもイザムもわたしの頭をつかんで向きを変えるの、やめて。首が二回もゴキってなったよ」


 ついでだからそのままフードの下から見えるイザムを観察してみた――うん。見慣れた顔立ちにホッとする。濃くないし、まったくもってワイルドじゃない。

 ちょっと不機嫌そうだけど、少なくとも今はまったく嘘っぽい顔はしていない。よかった。

 首をさすりながらそんなことを考える。


「見るだけなら目の保養だし、いいじゃん」

「じろじろ見るのは失礼だろ」


 ヴェッラとイザムが言い合っているところにタイガくんとアルフさんが戻って来た。


 どちらも、納得がいかない、といった様子のしかめ面だ。


「どうしてこの宿に決められているか、理由は言えないそうです。それから、ここでの演奏は当面受け付けられないと言われました――私は今から城に行ってどういうことか話を聞いてきます。食事にするなら私のことは構わず、四人でとってください」


 そのまま外に向かう。いつも穏やかなアルフさんが怒ってる。珍しい――まあ、気持ちはわかるけど。

 こんなに近くに娼館とか、普通ありえない。


「食事か……ちょっと早いけど食べとこうか。タイガが演奏できないならここにいる必要はないし、隣は食事処らしいから、出て食べてもよかったんだけど、俺一人ならともかく、この感じだと歓迎されてるとは思えないし、不用意に出歩きたくない――夜になるし。ここで軽くもらって、あとは部屋に引っ込むか」

「そうですね。僕も、ストリートプレイって方法もあるけど、事情がありそうだし、様子を見つつ明日以降にします」 


 そんな話をしながら空いていた円テーブルに移動する。


 ちょっと和んだかに見えた雰囲気が崩れたのは、タイガくんが通りかかったウエイトレスの女の子に注文を頼もうとして声をかけた時だった。

 タイガくんに声をかけられた女の子が、はっきりと狼狽えた顔をして、注文も聞かずに店の奥に走って――逃げた、としか言いようがない勢いだった。


「あの」って言ったきり、行き場のなくなった言葉を止めたまま、タイガくんがあたりを見回す。眉を寄せて声をひそめた。


「……僕何か失礼なことをしたかな?」


 何もしていないと思うけど。四人で顔を見合わせて首を振る。


 すぐに中年の男性が出てきて、逃げた女の子の代わりに注文を聞いてくれた。

 間もなく食事と飲み物が運ばれてきたけど、なんとなくあたりに緊張感が漂っていて、楽しい食事の雰囲気じゃない。ちらちらと見られてる周囲からの視線も相変わらず。


 訪問者が珍しいって感じでもないし、なんだろう。


 落ちつかない気分のまま食事を終えたとき、さわ、と首の後ろの毛が逆立った。


 まわりの人たちが束の間動きを止めて、そそくさと何も気づかなかったふりをする。


 今度は何? 武器を準備した方がいいのかな?


 だけど、ヴェッラが笑顔になってわたしの背後に目を向けた。イザムは胡散くさそうな顔。タイガくんはちょっと見とれて、はっと息を吸って首を振った。


 わたしの背後に、何が?


 まわりの人たちの反応から察するに、とても、いいものとは思えない。なんでヴェッラは笑顔なの?


「こんばんは、君たちも異世界むこうからだろ? こっちに来てどのくらいになるのかな」


 よく響く低い声は、シルバーにも負けない美声だった。


「こんばんは。君たちも(・)ってことは、あなたもそうなの?」


 心なしか答えたヴェッラの声が弾んでる。


 そーっと斜め後ろを見上げれば……さっきのあの(・・)ロクデナシ、じゃない、ヴェッラ曰く超絶ハンサム、な男性が物憂げな笑みを浮かべて立っていた。

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