106. 訪問者の痕跡発見
「イ、ザム君の、ダメージ?」
ヴェッラの猛攻が止まった。
ここぞとばかりにイザムが話し出す。
「当然だろ、アイリーンがこっちに来るようになってから――いや、こっちに連れてくることにしてから――俺がアイリーンを攻略するためにどれだけがんばったと思ってるんだよ。
今朝だって飲み物出してやったろ? ヴェッラは見てないからわかんないかもしれないけど、うちの屋敷の中見たら絶対ぶっ飛ぶ――アイリーンを呼ぶって決めてからの期間であれだけやるの、大変だったんだぞ?
バニーガールやキャミソールの十着や二十着くらい着てもらったって、絶対罰は当たらない。今は無理でもそのうち必ず――」
「いやいや、それは諦めてよ?」
冷静に突っ込んだら、イザムがはっと口を押さえた。
「俺、今の口に出してた?」
押さえた口のままでもごもご喋ってる。
「うん。思いっきり聞こえた」
アルフさんが言っていた、わたしを『攻略中』ってのはこのことだったのか、と腑に落ちる。現実仕様のバスルーム、確かにあれにはびっくりした。ベッドもタオルも、イザムの部屋の暖炉の前のふわふわの敷物もすごく快適だった。
でも、その見返りにバニーとか、ないから。
イザムはそうは思っていないようだけど。
「そんな、諦めるとかありえないし、あれなら今すぐだって――」
「いろいろ感謝はしてるけど、無理」
バニーガールやキャミソール姿を目的にいろいろ頑張っていたとは思いたくなかったな。
「ああ、くそ。だからほとぼりが冷めるまで黙ってようと思ってたのに。俺の夢が……ヴェッラのせいだ」
じと目でヴェッラを睨んで肩を落としてるけど、そもそもヴェッラのせいじゃないし。……あの時はっきり言ったのに、バニーガール、あきらめていなかったのか。
どうやらこの会話の行きつく先に危険はないと踏んだらしいタイガくんが、アルフさんに「バニーガール」とは何なのかを説明してる横で、わたしもがっくりした。
約三十分後。
「他のやつ相手に邪推されるくらいなら俺でいいかなって……たとえ気づいたやつがいても、俺たちの設定は婚約者同士だし、むしろその方が余計な虫がつく心配もしなくて済むし、ちょっと所有権を主張したかったってのもあるし、とにかくあんなに怒られると思ってなかったんだよ……」
まだぶつぶつ言っているイザムと一緒に、わたしはまた国境の街を見学していた。
グループ行動でなくなったとたんにエスコートモードに入って手をつないでくれたのはいいんだけど、なんか心境はまだちょっと複雑だ。
タイガくんとヴェッラは宿のご主人に夕食の後でパフォーマンスをしていいか相談して快諾された後で、各自準備をするからと部屋に行ったし、アルフさんは「(精神的に)疲れたので休憩します」と言って、これもまた部屋に引っ込んでしまった。
わたしはとりあえずこの制服もどきを着ているけど、髪型はあげたまま。
あの後、「おろしておくべき」というイザムと、「あげておくべき」というヴェッラの意見は対立し、あくまでも気づく人がこの世界にいたとしてだけど、「あげていて、攻略可能だと思われたくない」って言いはるイザムと、「経験済みって自分で宣伝して歩くようなもの。そんなの最悪」ってはねつけるヴェッラがまた火花を散らし、「いっそショートカットに……」って言ったわたしの意見は、「「ダメ」だ!」って、そこだけはなぜか即座に意見が一致した二人に却下され、アルフさんにも「こちらでは通常、女性の髪は長いですよ」と、やんわりと否定された。
「まあ、言いにくかったっていうのはわかるけど……それにそもそも、何の理由もなくイザムがこんなにおとなしい格好のフィギュアを持ってるとは思ってなかったから、納得もしたけど……意味を知っている人がいたとしたら、やっぱヤダよ」
歩きながら一応苦言を呈しておく。
「ごめん。次は言う……それにしてもまさかヴェッラにばれるとは……」
ため息をついてるのは、反省してるんじゃなくておそらく余計なことを口走ってしまったせいだと思う。
わたしとしては、知らないままでいるよりは、どういうことなのか判明してよかった。
どうにもできない案件だけど。
「たとえ異世界でも隠し事はできないってことだと思って、ホントに次は話してよ。ちゃんと理由も話してくれれば、すぐ却下しないでわたしも考えるから」
それでこのなんちゃって制服の話はおしまいにした。
不毛だし。
街の雰囲気が知りたくて、お店には入らずに、露店を見て回る。
うわさ話に耳をそばだてながら、訪問者のことをなにか知らないか、とこちらからも聞いてみる。
なんとなく、歯切れが悪いような印象だ。他にも訪問者がいるような、いないような。なんだろな。
ちなみに、アルフさんのところには何の情報も入っていないらしい。
鉱物や貴金属を眺めて価値を推察しながら珍しいものを探すのは、ジョブがシーフのせいかわくわくする。けど、別に盗んだりはしない。そしてイザムよりわたしのほうが敏感だということがわかった。珍しい物を見つけやすい、そういう特性があるみたいだ。
外れにある加工されていない裸石が並んだ露店、そんな場所で不思議な物を発見した。
売り物の置かれた台の上ではなくて、露店の屋根に、どう見ても食玩――子ども用のおかしのおまけでついてくる、プラスチックのおもちゃ――がぶら下がっていた。ピンクのハートの鍵の形をしたプラスチックに、キラキラ光るシールが貼ってある。女の子向けだ。
「イザム、これ――」
明らかにこの世界の物じゃない。
ちょんとつつくと、人のよさそうな露店のおじさんが気付いて、顔を上げた。
「それは外からきた物だよ――って、なんだ、あんたらも外から来た人か。見覚えがあるのかい? 特に付加されてる魔法はないし、使われてるのも石じゃないが、軽いし珍しい色だろう? 欲しいのかい?」
「おじさん、これどうしたんですか?」
イザムが聞く。
「もらったんだよ。俺の家はマルテスコートの国の山寄りにあるんだが、先月、ここには来たばっかりって顔をした父娘連れの訪問者が現れてね。うちに二、三日居たんだ。これは女の子の方が持っとった。
このご時世だから、何も持ち物を手放さなくてもどこにだって泊まれるし、気にしなくていいって言ったんだが、それじゃ気がすまないって父親が言ってね、訪問者から金品なんてとれないって言ったら、娘さんの方がプレゼントだって言って、くれたのさ。たいしたものではなさそうだったから、気持ちと思って受け取ったんだ」
父娘連れの訪問者とは。そんな組み合わせで来る人たちもいるのか。
イザムと顔を見合わせる。
「その人たち、今はいないんですか?」
「城下町に向かったよ。俺はここに来るときは街には寄らないで直接来るから、今も街にいるかどうかはわからんが、子ども連れだ、たいして遠くには行っとるまい」
やったね、訪問者の情報ゲットだよ。
わたしたちはおじさんに丁寧にお礼を言って露店を後にした。
うろうろしながら性別不明のハンサムな訪問者を見なかったかどうかも聞いてみたけど、そっちの情報は得られないまま、宿屋に戻ることになった。
二人組の訪問者、って多いのかな。
歩きながらイザムに聞いてみた。
「ねえ、聞いてもいいことなら教えてくれる? イザムはどうやってわたしを連れてきたの?」
「どうやって、って?」
「ヴェッラとタイガくんは、最初は一緒にここに来たけど、基本的には別行動なんだって。それで、ここに来るための手段もバラバラで、時間も場所もそれぞれで、来たり帰ったりできるんだって。それにここに来るときの設定――服とか装備とか職業も各自で決めたみたいで、それは変更できないって言ってた。
わたしの場合は、服も職業も全部イザムが設定して、服は変更できるでしょ? それは別にいいんだけど、さっき父娘連れって聞いて、ここに来る仕組みってどうなってるのかなって思って」
いろんなやり方があるのだろか。
そう思って聞いたら、イザムはちょっと困ったように眉を寄せた。
「う~ん。どうだろうな……。俺がアイリーンを連れてこれたのは……自分のレベルにものをいわせて、ってのもあるけど、簡単に言えば、ほら、服とか石鹸とかも持ち込んでるだろ? あれの延長――最終的なところにあるみたいなんだよ。まあ、それだけじゃないけど……その物を観察する、材料とか、構成する物質や機構、仕組みを理解する、作り方を知る、それからここにあって当然のものとして意識できるようになれば持ち込めるっていうか……職業や装備は、構成する一部分――外箱とか材料の一個みたいに、本人の後で追加した感じで。
でも、俺がアイリーンをちゃんと理解してるかって話ならそんなことはありえないだろ? だから、本物と違ってるところは俺の頭じゃ補いきれない部分だったり、フィギュアの印象が強かったり、現実のお前の感覚が優先されてるとこがちゃんとあって、触った感じとか匂いとかが違うのはそういうずれのせいじゃないかなって思う。
あと、自分の初期設定が変えられないのは俺もそうだよ? といっても、俺は初期設定すら殆どしないまま来ちゃって、衣服とかは後で設定したんだけど――初期設定が変えられないのはたぶん、自分のことって案外自分では客観的には見られないからじゃないかな。
アイリーンのだって、初期設定として変えるのは単に着替えさせるのより難しかった……だけど客観性ってことで考えれば、基本の設定を変更するよりも、服だけを変える方がはるかに簡単なのは理屈が通ってる。
そうそう、今のアイリーンの方が前よりちょっと小さいのは――俺は変えたつもりはなかったけど、むこうの本体の印象が強くなって、あっちに近づいたってことだと思う」
そこまで言って、首を傾げた。
「でも、父娘っていう組み合わせはどうなってるんだろうな? どっちかが優勢とかって話なら父親か……?」




