105. 髪型
「ヴェッラ、それどういう――」
意味か。って聞こうとしたら、
「ちょっと、落ちついて話した方がいいみたいですから、一度宿に帰りましょうか」
アルフさんの落ちついた声が割って入った。
そう言われて見回せば、確かに、ただでさえ訪問者の集団ってだけで周りからの視線を浴びやすいのに、立ち止まって言い合いをしているせいで、注目の的になっていた。
とりあえず、さっきのヴェッラの発言を放っておくわけにはいかないので、宿までのさほど遠くない道のりを戻る。
道すがら、ヴェッラが小声で、「もうちょっと穏やかに伝えるつもりだったんだけど、ごめん」ってすまなそうに言って両手を合わせた。
視線の先ではタイガくんがイザムに、わたしの着ている制服と髪型についてヴェッラが気付いたことを話す――その間もさり気なくヴェッラが自分の背後に位置するように気を使っていた。
本当にカエルにされるんじゃないかと心配しているみたいだ。
イザムはちょっと驚いた顔をした後で、さらにちょっとだけ、まずいなって顔をしてから、まあいいやって感じで肩をすくめた。そんなに焦っている様子じゃない――ということは聞いたほど酷いことじゃないのかも……いやいや、聞いただけでかなり酷いことだよね?
わたしとアルフさんだけが何が一体どうなった状態で、とにかく黙って宿屋に帰った。
まだ夕食には早い時間で、飲み屋を兼ねた食事処の空いているテーブルに黙ったまま座る。
誰も口を開かない。
――しかたないからわたしが聞いた。
「……誰から話すの? わたしとアルフさんじゃないことは確かだと思うけど、イザム? ヴェッラ? それともタイガくんが説明してくれる?」
「わたしが話してもいいけど、イザム君が話すべきだと思う。最初に説明するべきだよ」
ヴェッラがそう言うと、イザムが肩をすくめた。
三拍置いて話し出す。
「詳しい仕組みは言わないけど、俺ができる中では今の服が一番まともな格好なんだよ。他のやつに変えたら絶対半殺しにされる。それはアイリーンが保証してくれる」
そう言って、全てが片付いたような顔でわたしを見る。
ヴェッラもわたしを見た。
他のやつっていうのは、つまり、最初の膝上二十センチのミニスカートと、胸が半分出ているような黒のビスチェにボタンのないシャツで、そうでなきゃバニーガールとか、エッチなキャミとか、そういうやつのことなので、間違いない。頷いた。
「今の格好が、どんなキャラの、どんなストーリーのなのか、って話はしたわけ?」
強気のヴェッラの発言にイザムがちょっとためらった。
「してないけど、それはしたら嫌がるって思ったから……」
それを聞いてヴェッラが声を荒げた。
「やっぱり嫌がるってわかってたんじゃない! なんで嫌がるってわかってて着せるわけ? 確信犯じゃない。それって最低だと思う!」
イザムはそんなに困っていないらしく、穏やかなままだ。
「だから、もっとひどい格好させられるよりいいだろ、ってことだよ。そもそもこっちであのゲームの内容を知ってるやつに会うとは思ってなかったし。しかも美少女ゲームの裏ルートだぞ? なんでヴェッラが知ってるんだ?」
美少女ゲーム? 裏ルート? なんだそれ。
「たまたま読んでたゲーム雑誌に特集があって、入院中でものすごく暇だったからだよ! 昨日ちょっと帰って確認したの……でも、そんなことはいいの! わたしが言いたいのは、アイリーンにあの格好の意味を話さないまま着せてるのが問題だってことなんだから!」
勢いを増すヴェッラに、タイガくんが落ち着かせようと口を開いて、かける言葉を見つけられずにいる。
「だからそれは他にいいやつがなかったからで……」
「それもよくわからないけど、だからって! ちゃんとわかってて着てるのと、知らずに着せられてるのは違うでしょ? しかも、あの髪型で」
さっきもそれ、言ってた。タイガくんも最初から気にしてたし、なんなの?
「イザム、それ、話して」
そのゲームの裏ルートとやら、が知りたい。
「ええええええ」
すごい勢いで渋ってるけど、絶対そこが問題だし。
「ちゃんと話してよ。どういうこと? イザムが話さなくてもヴェッラに聞くよ?」
「あああああ、もう」
「下手に言い繕うよりも、話した方がいいよ? 『経験済みですって格好』って、どういうこと?」
イザムが、大きなため息を吐いて一度テーブルに突っ伏してから、そのテーブルの上で腕を組んで、そのさらに上に頭を乗せ、顔だけ上げてこっちを見た。
渋々って感じで話し出す。
「美少女ゲームのキャラクターが着てる制服だって話はしたろ? 美少女ゲームってのは、ゲーム世界で女の子を攻略して彼女を作るやつで、もともとは別にたいしてエッチなやつじゃないんだけど……裏ルートがあって、違う攻略の仕方があるんだよ。
で、アイリーンが今着てるやつの子は――登場人物によって制服の形がちょこっとずつ違ってアレンジしてあるんだけど――うまく攻略すると、その――ごにょごにょ」
言い渋ってるけど、そこ大事だから。
「そこでごにょごにょしないでくれる?」
「うう、ああ、もう! つまり、やれたことにできるんだよ。……で、その、前と後で髪型が違ってて――後の方の、首のキスマークを隠してるときは、普段上げてる髪の毛がハーフアップになってるの!」
そう言われて、思わず両手で自分の首を押さえた。
「初めてこのかっこでタイガくんに会った時、『髪型が』って言われて、ねじってまとめた時に、イザムに『見るな』って言われてたのって……」
わたしの首に跡があるかどうか、確認したってことか。
「や、ごめんなさい、そこはつい、です。すみません! でも別に何もなかったし、すみません!」
すごい勢いでタイガくんが謝って、
「当たり前だろ!」
イザムが怒鳴って、
「あんた何やってんのよ……」
ヴェッラが呆れた声で呟いた。
「だからさ、俺がアイリーンになんかしたってわけじゃないし、事実してないし、髪型のことはできればおろしたままでいて欲しいとは思ったから黙ってたけど、アイリーンが自分の意思で髪を結んでるときは一度も止めなかったんだよ。
この制服にしたのは本当に、他のやつは持ってなかったからだって」
イザムが更に言葉を追加したら、ヴェッラが噛みついた。
「そこなの! アイリーンにとってはその髪の毛をおろしてるってところが一番問題でしょ? わかる人が見たらわかる――裏ルートがどうなのか知らないけど、もともとけっこう有名なゲームなんだし、事実わたしにもタイガにもわかったんだし。そうなったら相手はイザム君だろうって邪推されるんだから、黙ってるのはずるいと思う!」
「それは、そうかもしれないけど……攻略前になってるよりは後の方が安全だろ? とにかく他にいいのがなかったんだって。最初は俺だってかなり魔力を使うし、慣れてないやつは大変なんだよ」
イザムがちょっと押され気味だ。
「だから、それも意味わかんない!」
「この際だから、アイリーンさえわかってれば、ヴェッラはわかってなくてもいい!」
二人とも言いたいことはよくわかった。
どっちもわたしのことを考えて行動してくれてることも。
止めようかと思ったけど、言葉をはさめないくらいポンポン言い合っているし、イザムがわたし以外の女の子とこんなふうに言い合ってるところって(しかもたじたじしてる)なかなか見られないから、冷や冷やしている様子のタイガくんとアルフさんには悪いけど、止めないでもう少し観察してもいいかな、と思う。
絶対ゲーロにはならない流れだし。
「でもアイリーンには選べないんでしょ!? だからこそちゃんと説明しないとダメじゃん!」
「それも、そうだと思うけど……どう説明しろって言うんだよ、こんなこと」
「黙ってた方がいいって言うの!?」
「そうじゃないけど、嫌がられると俺のダメージが結構でかいんだよ!」




