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104. 国境の街

「アイリーン! おかえり~!」


 たった一日の留守だったけど、なんだかとっても寂しかったらしいヴェッラに抱きつかれてよろよろしながら、わたしは国境の街を見回した。


「ただいま。熱烈な歓迎、ありがとう……何かあった?」

「うん。後で話す。とりあえず、これあげる」


 ちらりとイザムの方を窺って、ちょっと気に入らなそうにふん、と鼻を鳴らしたヴェッラが小声でそう言って差し出したのは、ピンクのシュシュだった。


「ありがとう。でもなんで?」


 わたしも小声で聞き返す。


「髪の毛をアップにする方が似合うなって思ったから」


 なんで会って早々髪型を変えるように言われたのかは全然わからないけど、とりあえず前みたいにポニーテールにしてからお団子に丸めてみた。

 ヴェッラが頷いたところを見ると、それでいいらしい。


 時刻は夕方、すでに今日の宿は決めてあり、アルフレッド様はマルテスコートの王城に向けて、壁の街に到着したことや、三日の内にはそちらの城に挨拶に向かうことを連絡し終えていた。ヴェッラとタイガくんがアルフレッド様と一緒に挨拶に向かうかどうかは相手の出方待ち。わたしとイザムは宿で留守番の予定だ。


 そびえたつ国境の壁は、ドッレビートの街に行ったときに見たあの壁より高い。そしてやっぱり壁は二重になっていて、壁と壁の間に居住区と商業区があった――ドッレビートの街でも壁の中間には立ち並ぶマーケットがあったことを思い出した。

 街があるのは海側と中央と山側にそれぞれ三つある門のところだけで、他の場所では単なる壁らしいけれど、さすが国境だけあって街の規模もそれなりに大きい。因みにわたしたちが通り抜けようとしているここは、ドッレビートとマルテスコートの国境の壁に三つある門のうちの、中央にある一番大きな門だ。


 壁の間の街へはドッレビートからもマルテスコートからも入れるけれど、許可のない住民は自国側の門以外はくぐれないことになっていて、街の外に出るためには入出国の検査検疫がある。だから壁の街に入る人たちはいつでも身分が証明できるものを所持しているし、そこに住んでいる人たちにはかなりしっかりした戸籍表があるそうだ。

 わたしたちは見るからに訪問者の集団で、国籍がないし、どうするのかと思っていたら、訪問者は基本的にどの国へもフリーパスなのだそうで、つまり隣の国に入るために審査を受けるのはアルフレッド様だけ、それも王室関係者ということでこちらもほぼフリーパスだという。


 国どうしの諍いがないって本当にいいことだなぁって、戦争のなくならない現実世界を思い出して悲しい気分になっていたら、アルフさんが「壁ができる前は諍いが絶えなかったようですよ」と、教えてくれた。

 国境を定める壁は、前回の災いが訪れた約千年前より後世に築かれたもので、それより前は穀物の出来不出来、ドラゴンや魔獣の出没などによる荒廃に振り回され、多くの小国が小競り合いを繰り返し、人々は非常に落ち着かない暮らしをしていたのだという。


 宿泊に必要な荷物を宿屋に置いて、暗くなる前に国境の街を見て回る。アルフさんは歩きながら他にもいろいろ話してくれた。


「言い伝えによれば、壁は前回の災厄を祓った勇者たちの功績の名残だそうです。勇者たちは大陸を平定しながら七つの壁の建設を指示した。その壁のおかげで、災厄は阻まれ、大規模な人間の移動も難しくなった。確かにあの門は戦争にはとても邪魔になります。

 国境の壁は――そもそも壊すことは大陸内で硬く禁じられているのですが――信じられないほど頑丈なのです。攻撃を仕掛けられたとしても、戦いたくない国の側では門を閉じ、守りを固めることができます。山は寒いしドラゴンがいて通り抜けるのは難しく、海を回るのも危険だ――ここの海は浅瀬や岩礁が多いので、兵士を乗せた船団が航行するのには不向きなのです。

 戦って奪うよりも、隣国に協力を募って一時の飢えや病気に対抗するほうが得策だ。兄も私も災厄に抵抗することと、自国の安定と、隣国との良好な関係のために尽くすことの三つが王族の使命だと思っています。

 ここのところわが国ではドラゴンや魔獣の動向が落ち着いていることもあって、そんなことも言えるのですが――そこは大魔導士様の功績です。あの方が領地にいて下さることでとても助かっているのですよ」


 山の方向を見やるアルフさんの顔には、まぎれもない感謝の気持ちが現れていて、それを見たイザムがちょっと胸を張った。


「それだけに、ご高齢なのが悔やまれます。この世界に留まることはなくとも、イザムさんが後を継いで、頻繁に訪れてくださることに期待しています。他にもお弟子さんを取られる予定があればよいのですが……?」


 ちょっとだけ期待を込めた顔でイザムを見る。


「今のところ聞いてない」

「では、この旅でもしお眼鏡に適うような者がいた場合、勧誘するというのはどうでしょうか。受け入れて下さると思いますか」


 アルフさんはいつもそうだけど、すごく丁寧に聞いてくる。

 でも、きっと断るんだろうなって思ったのに。


「難しいだろうけど、見てみるくらいはするよ――アルフたちがその方が助かるっていうなら。ドラゴンと魔獣を押さえられるようなやつか……人……がいればいいけど……魔術具を置いて監督させたほうがいいか? だけどメンテナンスはできないと……それか永続とか……ソーラーシステム的な? いや、ドラゴンが来たら無理っぽい……っていうか既に俺の能力を超えてそう……」


 珍しくアルフさんの提案をすんなり受け入れて、ぶつぶつと呟き始めた。そんなイザムを見て、アルフさんが狐につままれたような顔になる。


「いつもならわたしの頼みごとには取り敢えず渋い顔をなさいますが、ずいぶん簡単にお引き受け下さいましたね……」


 拍子抜けした様子に、横からタイガくんが言う。


「これまでならアイリーンさんとアルフさんが話しているだけで嫌~な顔してましたけど、今日は平気そうでしたし、帰ってる間に仲が進展して余裕ができたんじゃないですか?」

「ああ、そういう……」


 アルフさんは納得した顔をしたけど、そういう分析、しないでほしい。仲など進展してないし――いや、ちょっと、したのかな。どこがって言われると困るけど。


 そしてその横から今度はヴェッラが口をはさんだ。


「え? アイリーン、あっちに帰ってる間にイザム君とちゃんとつきあうことになっちゃったの?」

「や、なってないよ。けどヴェッラ、なっちゃった(・・・・・・)って、何?」


 その否定的な言い方と、困ったなって顔は気になる。


 足を止めてヴェッラを見た。


「だってイザム君、ここではすごい人かもしれないけど、変人な上に粘着系だって」


 けっこう棘のある声だ。


「……それは知ってるけど?」

「だって、つき合ってもいないのにその制服をその髪型で(・・・・・)着せてるんだよ。それって横暴だし、わたしなら引く」


 制服と髪型?


「……この格好について何かわかったの?」


 それはタイガくんが教えてくれなかった部分だ。


「それを今夜話そうと思ってたの」

「ヴェッラ、やめといた方がいいと思うぞ。この前すごい顔で睨まれた。カエル……ゲーロにされるかも」


 同じく足を止めたタイガくんが、まだぶつぶつ言っているイザムの方を窺いながら小声で言って、身を震わせた。


 なんだか物騒な話になりそうだ。


 ヴェッラが唇を尖らせて、小声で言い返す。


「タイガがそれでいいって思ってるなら、タイガは黙ってればいいじゃない。でも、アイリーンにその恰好をさせてるのがイザム君である以上、そもそもイザム君が話すべきなんだよ。少なくともわたしは、自分が選べるならその制服は着ないし、着たとしてもあの髪型にはしないし、彼氏でもないのにそれをさせてるイザム君は責められるべきだと思う」

「でも、そんなことに気づくやつはこっちにはいないだろ?」


 タイガくんはどうしても言いたくないらしい。


「あんたが気付いて、わたしが気付いたじゃない!」


 なんか、白熱してきた。


 アルフさんと二人、どうしていいかわからずに二人の間で視線を行き来させる。イザムはまだ使える人事について考えているのか、自分の世界だ。

 ヴェッラとタイガくんの二人を止めるべきなのかな。


「せっかくうまくいってるんだから、わざわざ藪蛇することないじゃないか」

「うまくいってるのは知らないからでしょ? わたしだったら嫌」

「ヴェッラが嫌でもアイリーンさんが嫌かどうかはわからないだろ?」

「あのねえ!? 断言するけど、つきあってもいない男子と最後まで経験済みです、って格好させられて喜ぶ女子なんて、世界中探したって現実どころか異世界にだって、絶対一人もいない!!」


!?


 今、すごい発言が聞こえた。

 ぴし、と動きを止めたわたしを見て、ヴェッラが慌てて自分の口をふさいだ。


「ほら、絶対喜んでない」


 って、つけ足したように言うと、タイガくんがため息を吐いて、ヴェッラの大声にわれに返ったイザムが何事かとあたりを見回す。


 直後、タイガくんがヴェッラを背中に庇うようにイザムとの間に立ったところを見ると、さっきの言葉は聞き間違いじゃないみたい。

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