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10. 残念魔術師

 目が覚めたのは、見たことのない部屋の中だった。真っ白い天蓋付きのベッドの中で、半ばクッションに埋もれるように眠っていたらしい。薄いレースの向こうに見える窓の外には薄闇が迫っていた。

 誰もいない。


 ここ、どこ?


 石の壁には雑誌でしか見たことがないような立派な暖炉。その上にはクルクルとまわり続ける惑星たちの置物らしきものと、陶器でできたバレリーナの人形が乗っている。


 見覚えがある。


 惑星の方は、小学生の頃の遠足でプラネタリウムに行ったときに勇が見つけた――すごく欲しそうだったけど、決められた小学生一人分のお小遣いで買うには高すぎて、勇と二人分のお小遣いを合わせて買ったやつ。

 今も勇の部屋の棚にある。

 人形の方は――あれは、オルゴールだったはず――だけど、どこで見たんだろう。

 バレリーナの人形なんて、勇のじゃないと思うけど、わたしは持ってない。


 むくりと体を起こすと軽い上掛けがするりと落ちて、自分が記憶にない格好で寝ていたことに気がついた。サラサラの髪はおろしてあって、身に着けているのは胸もとに豪華なレースがあしらわれた艶々した白のキャミソール。

 これってまさかシルクとか? 

 上掛けをめくりあげてみれば膝上丈の裾の右の太もも部分から腰に向かって、艶めかしいスリットが入っていた。

 わたしこんな服持ってない。っていうか、こんな恰好で寝たりしな……い。


 慌てて最後の記憶を掘り起こす。


 ここ、うちじゃない。ここ、見覚えない。ちなみに自分の体型にも見覚えがない、っていうないない状態。


 最後の記憶をたどれば、全てが夢だったと言われればそれで信じられるような魔法の世界で、ゆらゆらと誰かに運ばれたことと、休めという言葉。

 あの時、わたしは確かにあのフィギュア設定の黒ビスチェを着てたはず。で、誰だろうとは思ったけれど、わたしを運んでいたのはおそらくイザムだったはず。 


 その後で、今のこの格好って。


 ベッドから飛び出して一直線にドアに向かった。


 バン!


 力に任せて扉を開けると右にも左にも廊下。どっちに行けばいいか一瞬迷って首を傾げた時、二つ右側の扉がすごい勢いで開いて、中からイザムが転がるように飛び出してきた。


「何!? 何があった!? 敵襲か!?」


 キョロキョロとあたりを見回して、廊下に仁王立ちしているわたしに目を留めると駆け寄ってくる。


「アイリーン? 今の音、何? 何かあった? 怪我はない?」


 むき出しの両肩をつかまれて軽く揺さぶられるのと同時に揺れた胸に、イザムの視線が落ちた……かと思うと。バッと両手を離した。首が外れそうな勢いで斜め上に向けた顔が真っ赤だ。


「ちょ、待って、アイリーン? いくらなんでも、その恰好はまずいっていうか、その、あの、気に入ってくれたんならすごく嬉しいしすっごく素敵だけど、でも、さすがに刺激が強すぎっていうか……ごにょごにょ」

「何をごちゃごちゃ言ってるのか知らないけど、あんたね……多少本物とは違うからって、よりによって女の子を、本人の了承なしに、こんなエッチな下着まがいの格好に着替えさせるなんてどういうつもりよ!!」


 自分で言ってて怒りで涙が出てきた。

 変わってない、とか、優しい、とか、そう思った自分が情けない。


「あの黒のビスチェも、自分が着させられるってわかってたら絶対選ばなかったし、あんな超ミニのスカートだって絶対履かないのに!!」

「えええ? ちょ、待って。泣いてるの? そんなに嫌だった? すっごく似合ってたし、かわいかったのに……。でも待って待って待って、前半は誤解だって。いくらデフォルメされてるからって、意識のない女の子ひん剥いて着替えさせたりしたら犯罪だし! いや、この世界には警察はいないし僕のことを捕まえられる人間もまずいないだろうけど、だからってやっちゃいけないことはやっぱりやっちゃいけないってわかってるから!」


 わたわたと慌てた様子だけど、だって実際にわたしはこんな格好で、着替えた覚えはかけらもない。


「じゃあなんでわたしはこんな格好してるのよ! あんたはずっと全身そのダボダボの灰色ローブで、恥ずかしいとか、欠片もなんっにもない格好なのに!」

「そ、それは、それはちゃんと説明できるよ。着替えたほうが楽に眠れると思ったのは確かだけど、本当に勝手に脱がせたりしてない! してない、けど、説明は、後で……頼むから」

「頼むから、じゃないよ! 頼みたいのはこっち! まともな格好をさせてよ!」


 そう詰め寄れば、イザムは心底困ったという顔をした。そしてちら、とわたしの方を見て、またぱっと斜め上を見た。


「あ~、う~、まともな格好……」


 しばらく唸っていたと思ったら、いきなり自分の着ていた灰色のローブを脱いでわたしの頭からずぼっとかぶせた。


「今は思いつかない。これかぶってて」


 視界が真っ暗になったけど、頭から足まですっかり衣服にくるまれたせいで気持ちはちょっと落ちついた。


「なにそれ、これがまともな格好なの?」


 頭を出す場所を探しながら鼻声で聞けば、「いや、まともっていうか、思いつく中で露出が一番少ないのがこれしかないから。今はこれで精一杯」っていう返事。


 頭はどうにか出たものの、縫い合わせたキングサイズのシーツをかぶってるみたいに、布地が大き過ぎて手の出るところまで手が届かない。裾を引っぱり上げてみたものの、足も全然出てこない。


「何これ、不良品? ちっともフィットしないよ」


「ここの服は着た人に合わせてサイズ調整するんじゃないの?」と、口を尖らせれば、「一品物は無理だって言ったじゃないか」と言いながら手を出す場所を探してくれた。

 イザムがふい、と手を振れば、空中からサシェのような紐が出てくる。

 襷の要領で手が出るように結んでから、もう一本紐を出して足が出るように裾をあげてくれた。


 その後でまたまじまじとわたしを見て、「まあ、これはこれで似合ってるよ」そう言って楽しそうに笑った。


 それはどういう意味だ。

 これが似合ってるって言えるなら、最初の黒ビスチェ&ミニスカートと、さっきのエッチなキャミを着せる必要は全くなかったと思う。


「説明するよ。こっちに来て」


 すっとわたしの前に左手を出す。その手を疑惑のこもった目でじっと見つめると、「大丈夫だよ。嫌がるようなことはしない」そう言って、保証する、とでも追加するかのように頷いた。


「どの口が言う……」

「ええ~? 嫌がったときはちゃんとやめただろ? 上着もアンダースコートも買ったじゃん」


 ほらほら、とさらに手を取るように促されても、信用という意味では無理がある。


「そうだけど、あれはそもそもわたし自身があのフィギュアの衣装を着るって教えてくれなかったせいじゃない」


 差し出された手を疑いの目で見つめながら言うと、それについては心当たりと罪悪感が少しはあるようで、イザムはぽりぽりと人差し指で頬をかきながら困った顔をした。


「……でも、さっき怒ってたのは僕に着替えさせられたと思ったからだよね? とりあえず、そっちの誤解だけでも解かせて?」


「その前に、何か着て」


 抵抗をあきらめて差し出された手をとり、イザムの部屋らしきところに足を踏み入れながらわたしが言うと、イザムが笑った。


「僕は見られても気にしないよ?」


 確かに、インドア派のひょろひょろなのだとばかり思っていたけれど、ローブを脱いだ裸の上半身には意外としっかり筋肉がついていて、かすかに腹筋が割れている。

 いつ運動してるんだろう。

 本人もこんな感じなのかな――じゃなくて。


 おへそから下に向かってうっすらと毛が生えていることに気づいてしまって慌てて目をそらした。

 他に見るものを求めて、室内をキョロキョロ見回す。


「とにかくわたしは気にするの! っていうか、魔法使いのローブの下って部屋着みたいなズボンだったんだね。すごく楽そう」


 そう言ってはみたものの、ちょっと挙動不審だ。


「こっちも貸そうか? アイリーンのためなら下着も貸すよ。男物でよければ――それもきっと似合うと思う」


 苦笑交じりの言葉は、絶対わたしが何に気づいて動揺したかわかってて、からかってる。

 くそっ。


 部屋の壁はここも石造りで、家具はベッドと机と椅子。暖炉のそばに三人掛けのソファが一つ。

 わたしがさっきいた部屋と違ってベッドには天蓋がなく、高そうな彫刻が施された木肌はわたしがいた部屋よりずっと色が濃くて、落ち着いた雰囲気だった。 

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