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ビバリウム(仮題)  作者: peadhavu
水棲生物編
2/4

A2 イカとの戦い

イカの音がする。


イカの音って何だ?

イカの音はイカの音だ。



私は意識を失っていたようだ。暑さでやられただらしない私の脳は未だに熱にうなされている。まぶたが重い。けれど日光をまぶた越しに感じるほどに、炎天下の下にいることを認識できる。

私は気力を振り絞り飛び起きてライフルを手に取った。


イカの音。

それは水田の水面を水切りする小石のような軌道で飛び回るイカの様な怪生物が、私の周りを飛び回る音だ。水面こそ波打つものの、水を濁らせないような浅く奇妙な飛び方。

――トビイカモドキ。

奴らの名前だ。トビイカモドキは群れを編成し、「狩り」を行う。ヒレがイカのくせにものすごく鋭利で、防刃ベストぐらい無いと防げない。もちろん、防刃ベストを日頃から身につけている中学生はいないので、遭遇すれば水気のない場所に逃げるか、林に逃げないといけない。

しかしここは水田の真ん中。今までこの怪生物は海辺でしか確認されていないのに、なんでこんなところで――

イカは私を認識し、グルグルと円を描くように飛び交う。奴らにとってはただの追い込み漁。

水平感覚もままならない頭を振り、集中する。

「伊達に修羅場はくぐってないわよ……!」

集中せよ……私っ。


「“しっぽ”、やるわよ」


私はメガネのブリッジを押さえて、仁王立ちする。

すると私から高圧の圧縮空気が噴き出す。農道のチリを飛ばし、スカートが舞い上がる。ライフルを構えた。

イカが来る。鋭いヒレを私に切りつけようとしてくる。その速度は60km/hはあるだろう。

しかし集中した私には、対したことはない。銃床で打ち、足で踏みつけ、農道にたたきつける。雑魚に用はない。確実に仕留めていく。

正確に、慎重に、丁寧に。それだけでいい。


数十匹程度たたきつけるとイカの攻撃が止み、また最初のようにグルグルと円を描きながら離れた位置を飛び交う。

どこからともなく声がする。

「……ただの餌と思ったが、そうでは無いようだな」

見渡しのいいはずの農道で、姿の見えない脅威に私は笑顔で返事をした。

「ようやくボスのお出ましってところかしら?」

とどまることを知らない汗が制服に張り付いて気持ち悪い。額に流れる汗を拭うこともできず、全方向を警戒した。

ひときわ大きいトビイカモドキがそこにいた。

雑魚が30cmぐらいとしたら、ボスは1mぐらいはあるだろうか。水田のどこにそんな体を隠していたのか、ずるりと体を見せた。

「やるようだな」

濁った、淀んだ怪生物の独特の声が水田に響く。

「あんたも言葉をしゃべれるってことは、ちょっとはやるのかしら?」

ボスイカが体を揺らして笑う。

「グァヴァヴァヴァ、死にかけていた人間の言うことか?」

なんだか恥ずかしいところを突かれた気がして、頭に血が上る。

「うっさい、死ね!」

私はライフルを右手で掲げボスイカを狙う。ボスイカの目がにやついたように見えた。

「後ろががら空きだぞ?」

「知ってる」

また――高圧の空気が私からほとばしる。後ろから狙って飛んできたイカが軌道を逸れて、農道に打ち上げられる。

「今日はイカざんまいね」


――


ボスイカは眉間を打ち抜かれてあっさりと死んだ。偉そうにしてた割には、あっさりと。

ボスイカが死んだことで雑魚は海の方へ逃げていった。私は汗びっしょりの制服をパタパタとあおりながら、うなだれた。

さすがに、炎天下と“しっぽ”の能力じゃ相性が悪い。早く日陰でコーラ飲もう。


「委員長」

「はい」


委員長と呼ばれて、条件反射で返事した。朦朧とした頭ではどうも幻聴が――


「委員長、あの」


「……あ、あ、ああ……、あ……」

そこには、同じクラスメイトの、ろくに喋ったこともない、印象の薄い男子がいた。

男子は座り込んで私を仰いでいた。

なんで? イカに集中してたから気づかなかった?

考えることがたくさんあったが、もう私の頭は真っ白である。


「委員長、そういう人だったんだ――」

我慢している。あんまり表情に出さないタイプだと思ってはいたが、どう見ても我慢している。緊急事態だったとはいえ、人目はばからぬ場所でドンパチやっていい場所じゃなかったのだ。

心の中で、いつもの私と、戦いに夢中になる私で、ギャップで笑いがこみ上げてくるんだろう。チクショウ。


気恥ずかしさと、混乱と、熱中症で、私は全身の血が全て頭に上って、上って、意識が飛んだ。


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