あああああああああああああああああ
「これより、この愚か者に裁きを与える‼︎」
空気が張り付くような一声が上がった時。
俺は男に連れられて王宮の間に正座させられていた。
俺を取り囲むように、偉そうな顔をした大人たちが静かに並んでいる。
どうやら目の前の豪華な椅子に座っているのがこの国の一番偉い人、つまりは王様のようだ。
何故だかは知らないが一番恨めしそうに睨んでいるのも彼であった。
白い髪の毛に白い立派なヒゲを生やし、たくましく見える白い眉毛を歪ませるほどに俺のことを睨んでいる。
もちろん知り合いのはずが無いし、なんならお互いの名前すらも聞いたことが無いだろう。
そんな俺を何故そこまで睨んでいるのだろうか。
周りを大勢の人に囲まれながらもそのことだけを考えていた。
「まず、このような状況になった経緯を説明してもらえるだろうか」
王の横に立っている人が、どうやらこの場を取り仕切っているらしい。
彼の持っている書類どうりの形式で段階的に話が進んでいくかのようにみえた。
だが、残念ながらこの異世界に来てからいうものそう上手く行かないのが当たり前のようになりつつあった。
「説明など必要ない。即刻処刑の準備に取り掛かりなさい」
「あのぉ…王よ。それではこの国のしきたりに反するのでは。まず経緯を聞いて、それから罪状の決定へと」
突然怒り狂った王に、この場を取り仕切る男は慌て始める。
なだめるように王の前に割って入り、手に持っていた書類を見せつけ身振り手振りで諭し始めた。
「小僧よ」
「はい?」
王は俯きながらプルプルと震え始めた。
頭に乗っている立派な王冠が小刻みに動いている。
「なんの目的で我が孫娘のはっ…裸を覗いた」
「孫娘?…ってえ⁈」
「何故我が最愛の孫娘の裸を覗いたのかと聞いておるんじゃ‼︎」
俺はここで初めて川にいた女の子が王家の血筋であることを知った。
つまり、俺はど偉い人物の裸を覗いたことになる。
これはまずい。
ただ素直にそう思った。
じんわりと額から汗が垂れ始め、ポタポタと青いカーペットの上に跡を残した。
「俺は…俺はただ空から降ってきたら、偶然彼女の前に落下した。ただ落下しただけだ!」
「何をふざけたことを抜かしておる‼︎そんな話が通用するわけないじゃろう‼︎もうよい、これ以上は時間の無駄じゃ。即刻殺せ」
確かにふざけているかも知れないが、これが事実であり嘘偽りの無い真実だ。
これ以上言いようが無いし、話せることもない。
それ故に、この状況が好転するようには到底思えなかった。
残念だが、もはやここまで。
そう思えたが…
「一度落ち着いてくだされ王よ。処刑をするにしてもその者の罪にあった処罰を下さなければなりませんし、何より私たちはまだその者の名前すら知りません。一体記録係はこの状況の何を記録すれば良いのか」
「そうであったな。すまない。少々取り乱してしまった」
「いいえ王よ滅相もありません」
誰だか存じない人達だけで物語が進んでいくのを傍観する様は、さながら記録係をやっているように思えた。
よくは分からないが、突然放たれた死の宣告は無事先延ばしになったようだ。
だが、死ぬのが決定しているのはもはや問題ではないようにすら思えるのが一番の問題であった。
「この場を取り仕切らせてもらいます王の側近ソッツォと申します。では、まずはあなたがどこの者かを喋ってもらいましょう。ミィナ王女を狙ったということは恐らくこの国の者では無いと思いますが、出身はどこの国ですか」
彼女の名前はミィナと言うのか。
覚えておかなくては。
側近であるソッツォによって始まってしまった裁判にも似た処刑場。
どうにかして無罪を主張しなくては彼女に再び出会うことなくあの世行きとなってしまう。
「えぇっと、先ほども言ったんですけど俺は違う世界からたまたまここに落ちてきただけで…」
「はい死刑‼︎」
喋っている途中にも関わらず間に入り込んでくる王の一言。
もはや、どうにかして一秒でも早く目の前から消え去ることしか考えていないようにしか思えなかった。
「ちょっと待ってくれ!嘘で言ってる訳じゃないんだ。本当に違う世界から来たんだよ!信じてくれよ爺さん‼︎」
「王に向かってなんと言う口を‼︎この方はレンブルク王国の王、アルバート・セイノーリン様であらせられるぞ!」
「こんな小僧にいちいち紹介せんでもいい」
そう言いつつも若干ドヤ顔をかまして踏ん反り返っているのが余計に腹立たしかった。
「小僧。異世界から来たと言ったな」
「あぁ」
「ならその証拠を今ここで見せてみろ。そうすればその汚い眼球を抉り取るだけで許してやろう」
いやそれ助かってないって。
許す気微塵もないじゃん。
それとも死なないように抉り取るだけの技術がこの世界にはあるのか。
「王よ。それでは無実を証明できても結局死んでしまいます」
無いのかよ。
とりあえず異世界から来た証明をしないと。
えぇっと…
「ポケットから物を取り出したいんだ。手を縛っている縄を解いてくれないか」
ソッツォはアルバートの顔を伺い、俺の後ろにいる鎧の男に頷いた。
「了解しました」
鎧の男は槍の先端で縄を切ると、そのまま俺の背中に向けて槍を構えた。
「サンキュー」
俺は嫌がらせに鎧の男に対してウインクをして見せた。
「気安く話しかけるな変態め」
俺はポケットからスマホを取り出してアルバートに見えるよう両手で持った。
「それはなんだ」
「これは俺の世界で使われているスマホという代物だ」
「確かに見たことはないが何に使う物なんだ」
「この世界の文明は分からないがきっと驚くぞー」
俺はスマホの電源ボタンを押して起動するのをしばらく待った。
………
「ん……。つかない」
「どうした早くその力を我に見せてみろ」
再び電源ボタンを押したが画面が明るくなることはなかった。
「詰んだ」
俺は川に落ちたときのことを思い出し絶望した。
画面は現実世界の時よりバッキバキに割れていて、イヤホンの差込口からは水が少し滴って来ている。
終わった。
もうポケットに入っている物など無い。
さっさと防水仕様の最新機種に変えておけば…
後悔の念は取り払えないが、こんなことになると誰が分かっただろう。
「俺のスマホで異世界無双が…途絶えた」
俺が絶望しているのを哀れに思ったのかアルバートは少し口角をあげながらこう言った。
「もうよい。さっさとどの国から雇われて来たのか吐け」
「だから、俺は異世界から」
「くどい!貴様が飛行系の加護を使いミィナを狙ったのは分かっているのだ。早くどこの国か言え」
「加護?」
加護という言葉が俺には理解できなかった。
飛行系のと言ったってことは、この世界におけるスキルの名称みたいなものか?
「加護を知らぬと言うのか。どこまで我を侮辱すれば気がすむのだ」
「本当に知らないんだ!」
「全てのものが生まれた時に神から与えられる力を知らぬだと⁈」
ひょっとしてこれは異世界からきた証明になるのでは。
だが、無いことをどうやって証明すれば。
「だからこの世界で生まれて無いんだって、神にこっちの世界に落とされただけでチートスキルも持たせて貰えなかったし。渡されたのはこのただの木剣だけ!」
俺は勢いよく木剣を地面に叩きつけ、ガンガンと何度も繰り返した。
周りの衛兵が一斉に剣を構え、俺に剣の先を集めた。
「知ってるか?この木剣折れないんだぞ?」
もはや笑うしかなかった。
木剣もどことなく震えているように感じた。
「いい加減にしろ‼︎我を愚弄し、挙句の果てに神まで侮辱するとは…。即刻惨殺せよ‼︎」
逃げ場無く囲んでいた衛兵が一斉に斬りかかる。
もう駄目か
「お待ちください‼︎」
衛兵の隙間から杖を持った老人の姿が見えた。
「どうしたと言うのだ賢者よ」
「彼は本当に加護を持っておりません。私の水晶で映したところ一切の説明が出てこなかったのです」
賢者と呼ばれる老人は杖にはめられた大きな水晶を覗き込むように俺を映した。
「賢者が言うなら真実なのだろう」
「こんな老人なんぞには勿体無いくらいの有難きお言葉。それにしても、王もお人が悪い。あなたの加護ならこの者の言葉が真実かどうかなどとっくに分かっているでしょうに。ホホホ」
「どうしても罰を与えたかったのだ。我もまだまだ青いのぉ」
「ホホホホホッ」
「ハハハハッ」
二人はしばらく楽しそうに笑い合っていた。
「…」
はぁ?
このクソジジイ俺が異世界から来たこと分かっていたのに殺そうとしていたのか?
冗談じゃない。
ジジイのままごとに付き合って殺されてたまるか。
「おいこらジジイ‼︎」
「あ?」
「貴様無礼だぞ!すぐに謝罪しろ」
鎧の男が俺の頭を押さえ、座ったまま地面に押し付けられた。
「図にのるなよ小僧。今だに貴様の命は我が握っているのだぞ。それに宿も金も無いこの世界でどうやって生きて行くと言うのだ」
アルバートは嬉しそうに首を伸ばしながら俺を見下した。
「クソッ!小僧、小僧って…俺の名前はなぁ!」
「小僧の名前になど興味無いわ!いいか、選ばせてやる。今すぐこの場で処刑されるか、兵として我が国に貢献するか。さぁ選べ」
「クッソォォォォ‼︎」
選択肢なんてものは元からなく俺は兵にならざるを得なかった。
名前すらも名乗らせてもらえず、押さえつけられてる頭を上げようと両手に力をいれるも鎧の男に力比べで勝てるはずもなかった。
「俺は強くなって、ゼッテーに彼女と…ミィナ王女と結婚してやる‼︎‼︎そん時はよろしくお願いしますよ、アルバートおじさん」
下から睨みつけるようにアルバートの目を見続けた。
「クッ‼︎小僧め、やれるものならやってみろ」
俺とアルバートの間に火花のようなものがバチバチと弾けた。