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あああああああああああ

例え潰れる前にお弁当から取り出されたところで、一度弁当箱の熱で温まってしまったトマトなんて食べてもらえる保証はどこにもない。

それなのに、どうして頻繁に見かけるのだろうか。


そんなの決まっている。


何かしら期待しているからだ。



「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」


普通、『魔法陣を抜けたらそこは異世界だった』

的な感じで普段とは違う光景に感動するもんだと思うだろ。


島が浮いていたり、頭上をドラゴンが超えて行ったり。

ありえない世界に目を輝かせて、胸をときめかせるもんだよ。

それが異世界転移ってもんだ。


「はぁ…」


そんなふうに考えていた時期が俺にもありました…。


実際は、罵倒されながら魔法陣をくぐると雲の上。

あっという間に白い世界を抜けると広大な世界が眼下に広がっていた。

呼吸もうまく出来ないまま凄い勢いで近づいていく地面。

手足は風圧に耐えかね、思うように動いてすらくれない。


これが噂の紐なしバンジーですか。

まさに最初っからクライマック。


「これ、マジで死ぬんじゃ」


こんな時にも俺のおめでたい脳みそは考える。

実はただのハッタリで地面に激突する瞬間に一瞬だけ体が浮いて助かるとか、本当はチート能力が備わっていて身体強化のパラメーターがマックスまであるから地面に落ちても痛くないとか…


「…うん。そんなことあの神がするわけないな」


ってことは、ってことはだよ?

もう時期この上手く動いてくれない広げた両手で地面にハグをするということで間違いないのかな?

残念ながら無機物にラブアンドピースを出来るほどの度量は持ち合わせていないのだが。


必死にどうにかして体を動かそうとジタバタしていると腰に先ほどの剣が備わっていることに気づいた。

だが、剣もとい木剣に翼が生えているようにも見えないし。

構えたところで、柄の部分が腹に突き刺さるのは考えるに容易だ。


段々と眼下に広がる世界が鮮明に見え始め焦り始める。


「神よ‼︎我が神よ‼︎どうかそろそろ助けては貰えないでしょうか!」



返事もなければ状況に変化もない。


「こりゃ死んだな」


人間が死ぬ間際に行うこと。

それは足掻くこと‼︎

見せてやるぜ俺の執念!


「いいんですか!このまま俺が死んだら報告書に書くことなくなりますよ‼︎『魔法陣をくぐったのち地面に激突して死亡』なんて書いたらちょー恥ずかしいですよ!小学生の絵日記だってもっとしっかり書いているに違いない‼︎それに俺はメチャクチャしつこいですからね。死んだ後、あんたの横で四六時中下手くそな口笛を吹いてやる!自慢じゃないが俺はリズム感がないんでね、音ゲーなんかほとんどやったことは無いですよ。いいか!これで最後だからな‼︎」


今可能な吸える限りの息を吸って…

一気に解き放つ!


「俺を助けろぉぉぉぉ‼︎‼︎」


……


クソッ‼︎

変化が無い!もう駄目だ‼︎

あの神ぜってぇー恨んでやる!

俺は迫りくる地面に怯えて目をつぶった。


「さよなら。俺のつまらない人生」



ーードボンッ‼︎



体が打ちつけられるような痛みが全身に走り、続けざまに燃えるような熱さが追ってくる。

なんだか体が浮くような感覚に、ついに死んだのかと諦めながら恐る恐る目を開いた。


なんだか視界がボヤけて目が痛い。

真っ暗でもなければ何かが見える訳でも無い。


死んだ世界って何も見えないんだな。

神に悪態でもついたせいかな。


体が痛けりゃ視界もボヤける。

おまけに呼吸も出来ないときた。


…?


呼吸も出来ない⁉︎


「ゴバボッ‼︎ゴババボ!」


苦しい‼︎

ここでようやく自分が水の中にいることを理解した。


もしかして俺まだ生きてるのか⁉︎


生きてるかもしれないと分かるや否や、痺れた腕で必死に周りの水をかいた。

上に向かってもがいていると次第に視界が明るくなり始めた。


「ゴボッ‼︎」


酸素がっ…呼吸がしたい!


今までろくに呼吸をする暇もなかったので、体の中に残っている酸素はもはや存在しなかった。

意識は朦朧もうろうとし始め、水をかいている手には力が入らない。

光を仰ぐように動く自分の手が消えかかる視界からゆっくりと消えていく。


あと少し…あと少しで


最後のひとかきで力一杯身体を伸ばすと、不思議なことに消えかかっていた視界が一瞬にして明るくなった。


「ブハァァァ‼︎」


何が起きたのか全く理解できていないが呼吸が出来る‼︎

だが身体中に酸素が行き渡っていくのは理解できた。


腕や足に感覚が戻り始め、俺はようやくこの奇跡を理解することが出来た。

いや、こんなこと奇跡と呼んでいいのかはもはや悩ましいところではあるが。


簡単なことだ。

ただ単に足が地面に着いただけ。


足を思いっきり伸ばしたら足が地面に着いた、それだけのこと。


俺は別に深い海に落ちたわけでは無かったのだ。

人が普通に顔を出せるほどの浅い川で背中から着水したから足がつかないと思い込んだだけ。


こんなの奇跡でもなんでも無い。

ただの一人芝居をやっていた憐れな男の勘違い。

分かってしまえばただの笑い話だ。


「な!」


「え?」


そうして、俺はようやく目の前に人がいたことに気づいた。


「キャー‼︎」


俺の記念すべき異世界最初の交流は悲鳴から始まった。


「すいません‼︎」


「なんですかあなたは‼︎」


生まれたままの姿でこちらを睨みつけている彼女は、細い腕で必死に自分の体を隠そうとしていた。

綺麗な青い髪が彼女の白くてスラッとした柔肌に絡みつくように水を滴らせている。


「ふつくしい…」


「なっ‼︎何なんですか突然!さては、あなた変態さんというやつですねっ‼︎」


彼女は俺の言葉に怒って、水の中にしゃがんで首から下を隠した。

だが、俺は先ほどの言葉を発さずにはいられなかった。

単にすけべ心があったからでは無い。

彼女には俺のどんな言葉を用いても表現できないほどの美しさがあった。


「なんとか言ったらどうなんです!やはり私の身体を覗きにきた変態さんなんですね‼︎」


「いや、その…」


何を言ったらいいのか分からなかった。

俺はただ彼女の美しさに魅了されただけなんだ。

だが、この状況を乗り切れるような説明は浮かんでこなかった。

というか、言葉が通じていることに若干の驚きがあった。

日本語が通じているのか、はたまた自動的に翻訳されているのかは定かではないが、とにかく言葉が通じてよかった。

英語のテストで毎回赤点の俺に異世界語を覚えろというのは木剣で真剣とやりあうより難しいことだ。


「どうしましたか‼︎何やら悲鳴が聞こえましたが‼︎」


「この変態さんが空から降って来たのです!すぐさま引きずりあげて取り押さえなさい!」


「何っ⁉︎貴様一体なんのつもりだ!」


説明を考えているうちに一人の男がガチャガチャと音を立てながら走りよってきた。

全身を鎧で覆っていて顔はよく見えないが、どうやら彼女の護衛のようなものだろう。

実に異世界らしい格好だ。


「それから絶対にこっちを見ないでくださいね!」


「了解です‼︎さぁ、そこのお前!おとなしく川から上がってこっちに来るんだ。抵抗した場合容赦はしない」


男は腰にかけた槍に手をかけ、こちらに向かってくる。

逃げたりしたら、おそらく無事では済まないだろう。


「待ってくれ!これは誤解なんだ。一度話を聞いてくれ‼︎」


「黙れ!話を聞くのは私の役目では無い!しっかりと決められた場所で貴様の罪を裁いてもらうつもりだ‼︎」


この場での弁明の余地はなさそうだ。


男は綺麗な鎧が濡れるのを躊躇ためらいもせず、川に入りこちらに向かってくる。

一応、こちらも剣を持っているので戦えなくも無いがどう考えても勝てる見込みが無い。

武器のリーチも違ければ、そもそもの戦闘経験が違う。

下手に手を出せば最悪川から出る前に死ぬ。

ここはおとなしく捕まるしか無いのか。


「分かった。抵抗するつもりは無い。だから、暴力だけは勘弁してくれ。自慢じゃー無いが俺は弱い」


「聞き分けがいいな。いいだろう、正義の名の下に貴様に手を出さないことを誓おう」


俺は自ら男の元に向かい、逃げないよう彼の持っていたロープで腕を結ばれた。


「それでは命令どうりこの者を王国まで移送します。代わりのものを手配しますのでこの付近から離れないようお願いします」


「こっちを見るなって言ってるだろう‼︎水に浸かりすぎて寒いのです、早く行ってください」


彼女は男に水をかけてその場から追い払った。


「お前も一緒に裁かれるか」


「黙れ。ふざけたことを言ってると縄をきつくするぞ」


「すまなかった。もうすでに痛いから勘弁してくれ」


俺はニシシと笑い、手を後ろに縛られたまま彼女のもとを後にした。

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