雪が降る日、君を思う
静かに降る雪は優雅ささえ感じさせる。寒さは時間がたつにつれて増していく。
冷えきった手は思ったように動かない。ポケットに手を入れるが効果はあまり感じられない。
田舎にある小さな寂れた駅で1人、彼女を待ち続ける。
――藤岡 凛はかつて僕の恋人だった。小・中・高と学校が同じで家も近く家族のように、いや家族以上に仲がよかった。
付き合い始めたのは中学3年の夏。地域の花火大会で彼女に告白したのがきっかけだった。
しかし、付き合ったはものの周りの冷やかしもあってろくに話すことすらせず、高校一年の夏休みに入る頃には自然崩壊してしまった。
別れたあと、最初は気まずかったが、付き合う前のように楽しく話し合える"友達"に戻った。それが一番いい関係だと思った。
――佐藤 宗。私が昔付き合っていた人の名前だ。私たちは中学3年生の夏から付き合い始めた。その時の私たちは間違いなく相思相愛だった。
それからしばらくは、幸せな日々が続いた。映画を見に行ったり、運動したり。もちろん二人一緒に。だけど、私たちが付き合っていることが周りにばれてからが問題だった。
私たちの通っていた学校は中高一貫で、周りからの冷やかしは高校生になってからも続いた。宗くんは嫌がっていたみたいだけど、私はなんだか嬉しかった。
でも、からかわれるのが照れ臭くて話す回数は日がたつにつれ減っていった。恋人だった私たちはいつしか友達へと変わっていった。
数年たって、私が東京にある歯科大に通うことになったときも宗くんは応援してくれたけど、私は止めてほしいと思ってたなあ。宗くんは私のことをどう思っていたのかなあ。
待ち合わせの時間は午後の6時。今の時間は7時。きっと雪の影響で遅くなっているのだろう。そう思い、時間を潰すためにラジオでニュースを聞く。
面白味のないニュースが流れ続ける。新法案についてや教育問題。さらには連続通り魔の事件まで。
しかし、どれもどうでもいいことに思えた。人間、自分が一番可愛い物だ。自分に関係のないことなど興味がわかないのだ。
そんなことを考え終わりふと時間をみる。8時だ。今度は外に目を向ける。窓の外は白いカーテンで遮られていて遠くまでは見えない。不安になり、彼女に電話をするがでない。きっと雪で遅れているのだろう。きっと電源がきられているんだろう。
高校を卒業すると彼女は東京の大学に入学した。歯医者さんになりたいと笑顔で語っていた。清楚で可愛らしい顔立ちで、お人好し。そんな彼女にはぴったりだと思った。
僕は大学にはいかなかった。高校を卒業してからは父の店の手伝いをして暮らしている。良くいうと安定した暮らし。悪くいうと夢のない暮らし。毎日が作業のように思えてくる。
そんな時、ふと沸いたのが彼女に会いたいという感情だった。すぐに連絡をとると、次の土曜日ならいいよ、と返事がきた。そうして今日にいたるわけだ。
ある日、何の前触れもなく宗くんから連絡がきた。久しぶりに逢って話さないかって。東京の方が遊ぶ場所も多いしそっちに行くよっていわれたけど、ちょうど実家に帰ろうと思ってたから私が逢いにいくことにした。
約束の日になると、私は宗くんに逢うのが楽しみで予定より一時間くらいはやく家を出発した。
もう終電の時間は過ぎていた。駅員さんに促され駅をでる。降る雪で先は見えず、夜の暗さと寒さは僕がこの広い世界で一人だと感じさせる。しんしんという足音をならしながら僕は帰路についた。彼女に逢いたい。その気持ちは時間と共に大きくなっていった。
次の日の朝、いつも朝早くに大声で起こしてくる母の声はなく、時刻はすでに朝の8時をまわっていた。
身支度を整え、リビングへ行く。――そこには普段とは少し様子の違う両親がいた。木で出来たリビングに差し込む朝日はいつもなら、安らぎを与えてくれるのに、今はそれが僕に警鐘を響かせているように思えてしまう。
「落ち着いて聞いてね」
母が口を開く。父は無言で、目をあわせてはくれない。
それを聞いて、見て、声にならない声が次々と込み上げてきた。やめてくれ。聞きたくない。それらの願いはわがままで、自分を守るためだけのものだった。しかし、母は続けた。
「昨日、凛ちゃんが通り魔に刺されて亡くなったの」
静かに涙が自分の頬を伝うのがわかった。好きだった。頭から離れなかった。君が大学にいったあとも。伝えたかった。好きだということを。どうせ、遠くに行ってしまうなら伝えない方が良い、そう考えた自分を許せず、憎しみさえ感じる。
昨日のラジオ。心の奥で僕はわかっていたはずだ。彼女と連続通り魔のニュースが関係あるかもしれないと。でも否定したくて関係ないと思い込むことにしたんだ。
涙で視界がぼやけ、足に力が入らず、その場に崩れ落ちる。
「凛ちゃんがあなたのこといつも凛ちゃんのお母さんに話してたんだって。大好きって。でも素直になれないって」
それを聞いて、僕は大声で泣いてしまう。僕も好きだった。素直になれなかった。伝えたかった。心のどこかで人は死なないと思っていた。
「凛ちゃんはあなたのこと大好きだよ。今も。これからも」
母の言葉にさらに涙は流れる。普段なら、こんな状況じゃなかったら、馬鹿にしてるのだと思うだろう。しかし、本気でいっているのがわかる母のその言葉に僕は救われた。
こんなに泣くのはいつぶりだろうか。いや、今まで一度もなかったはずだ。そしてこれからも。
そして、救われたと同時に囚われたんだ。君という檻に。そして、僕がまだ檻の中だということは、雪の日にわかる。
雪が降る日、君を思うから。