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珍しく、本日2話目。
よろしくお願いします。
「ホイ、お帰り」
ハルを姉貴に返して戻ると、先にテントに帰ってきてた大成が水分補給しつつ片手を上げてくる。
呑気な様子に軽くイラっとしたので、隣に座り込みながらペットボトルを取り上げ残りを容赦なく飲み干してやった。
「ひでぇ」
空になったペットボトルを返してやれば、大成が大袈裟に嘆くのを鼻で笑ってやった。
「御機嫌斜め?どうした?」
その様子に笑いながら隆太が近寄ってくる。
その際、さりげなく大成に新しいスポーツドリンクを渡してるあたり、ソツが無いというか……。
「別に」
赤ちゃん掲げてのパフォーマンスが目立ったらしく、ここに来るまでちょっと周囲の視線とか声が煩わしかっただけだ。
概ね好意的な視線だったけど、人の注目を浴びるってだけで過去のトラウマからか煩わしく感じてしまう。
頭からジャージを被って人の視線を強制遮断すると大成の肩にもたれて目を閉じる。あぁ、疲れた。
ねぎらう様に軽く頭を撫でるてはたぶん大成のもので。
付き合いの長さゆえに、俺が何に疲れてるのかを的確に読み取ってくれてるんだろう。
だから、何にも言わない。
でも、どこにも行かないで居てくれてる。
依存してる。ダメだなぁって分かってはいるんだけどな。
そうして物理的にも心情的にも閉じこもってしまった俺は、その外で大成と隆太がどんな顔をしてたかなんて、当然気づいてもいなかった。
さらにその光景を面白そうに眺めている人物がいるなんて事も。
つつがなくプログラムは進み、昼休憩の時間になった。
我が家のテントへと向かう俺に当然の様に大成もついてくる。
「お呼ばれに来ました〜」
「お疲れ様〜」
いそいそとブルーシートに上がり込む大成に母さんが笑顔で声をかけている。
「はい、ハル君持ってって」
おしぼりを持たされたハルがよちよちと歩いて来た。
真剣な表情が微笑ましい。
たどり着いたハルからおしぼりを貰う。
「ありがとう、ハル」
お礼を言えば、嬉しそうな笑顔で飛びついてきた。
あ〜、かわいい。
ちなみに大成の分は俺経由で渡された。
「ハル、そこで食べるの?」
「ん」
俺の膝の上に座り込んで頷くハルに和海さんがカメラを向けながら苦笑いしている。
「パパにもおいでよ」
「ん〜ん」
手招かれても首を横にふって動こうとしない。
「ママにもおいで〜」
「ん〜ん」
面白がった姉貴が手招いても首は横に振られる。ちなみに大成には首すら振らずにガン無視だった。
「はいはい、あなた達、早くご飯食べちゃいなさい。午後の競技始まっちゃうわよ」
呆れた様に笑っているかあさんに促されて急いで食べ始める。
午後一番は応援合戦があるため、俺も大成も集合が早いのだ。
我が家のお弁当の定番はおにぎりに巻き寿司と稲荷寿司で、おかずは甘い玉子焼きとチューリップにした手羽元の唐揚げタコやカニなどに飾り切りされたソーセージである。
定番ど真ん中。
だけどそれが美味いんだよな〜。
膝の上でせっせと口に詰め込んでいるハルの世話をしながら、自分も黙々と食べる。
「お〜、現役高校生の食べっぷりは見てて気持ちいいなぁ〜」
ビールを飲みつつ和海さんがオヤジくさいことを言っててちょっと笑った。
そういえば。
「ハルの対策って特に何もしてないんですか?」
「うん?」
丁度ソーセージを口に放り込んだ所だった和海さんは何?という様に首を傾げた。
「いや……100メートルの時」
「あぁ、一瞬消えたね」
言葉を濁せばアッサリと返された。
こんな人の多い所でそんなハッキリと!
誰か聞いていた人は居ないかと慌ててあたりを窺う俺に、和海さんが人の悪い笑みを浮かべた。
「心配しなくても認識阻害の結界を張ってるから大丈夫だよ」
「認識阻害?」
聞きなれない言葉に今度は俺が首を傾げる。
「ここに俺たちがいるのは見えている。けど、誰もそれに興味を向けることはない。後であそこにいただろう、って言えば、そう言えばいたなぁ?って感じ?要は、すごく存在感が薄くなってるんだよ。
興味が向かないから、たとえ会話が耳に入っててもすり抜ける。だから、大丈夫」
手巻き寿司に箸を伸ばしながら簡単に説明してくれる。
それって……。
「いっすね、それ。是非、俺の学校の机の周りにも張って欲しい」
突然おどけた声が割り込んでくる。
その言葉に何度か瞬きをした後、和海さんが大笑いした。
「それはあまりお勧めしないな。確かに先生の目は誤魔化せていいかもしれないけど、その机に座ってる限りクラスの誰も声をかけてくれなくなるよ?透明人間の気分を味わいたいなら別だけど」
「あ〜、それはちょっと嫌かも」
顔をしかめる大成に笑いが起こる。
一緒に笑いながら、それって楽で良さそうと思ったのは秘密にしておこう。
ばれたら絶対、大成から説教コースだ。
ま、肘で突かれたから、なんとなくばれてる気はするけど。
「それと同じ物をハルの首にぶら下げてるから、たぶん、ちょっとくらいなら大丈夫。ちなみにここにはシートの裏にデッカく書いてある。注目って浴びすぎると疲れちゃうだろ?」
にっこり笑って嫌になったら逃げておいで、とウィンクしてくる和海さんに、今度こそ素直な笑いが浮かんでくる。
姉貴に向けた瞳が労わりに満ちていて、コレは姉貴のためでもあるんだと分かる。
人の視線に敏感になっているのは、姉貴も一緒だろうから。
「そうさせて貰います」
お茶を飲みながら小さく呟くと、隣から伸びた手がそっと頭を撫でていった。
読んでくださりありがとうございました。