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よろしくお願いします。

「ハル君、来てたんだって?」

青組のテントに戻れば、そんな事を言いながら隆太が近づいてきた。


「なんか、幸人に激似の美人が一緒だったってみんなが騒いでたけど」

俺に似てる辺りには反論したいところだけど、下手にそこに反応すると面倒な事になるのは俺の人生の中でしっかりと学習済みだ。


「ハルの母親だよ。つまり、俺の姉貴。なんでか家族総出でお出ましだよ」

ため息が出るのは見逃してほしい。

皆無じゃないとはいえ、あそこまで気合の入った家族観戦はかなり珍しい。


「ふぅん。楽しそうでいいな」

含みのない爽やかな笑顔がかえって痛い。

勘弁してくれ。


グッタリと椅子に座り込んでいると、100メートル出場者の呼び出しアナウンスが流れた。

「早速だったな、そういえば。行こうぜ」

大成に促されて重い腰をあげる。

精神的疲労からまだ回復してないんだが、棄権したらダメ………だよな、やっぱり。


「走ってるユキ見て、興奮したハルが飛んで来ないといいな〜」

ニヤリと笑いながら不吉な事を言う大成の頭をこずいた俺は悪くないと思う。

余計な事言うな。本当になったらどうしてくれる。


「たぶん和海さんが来てるんだし、なんらかの対応は練ってるだろ。じゃなきゃ、連れてこないだろうし」

希望的観測を込めてつぶやくと、「あの人も謎が多そうだもんな」と返される。

その意見には激しく同意だ。


たかが100メートル。されど100メートル。

何より、結構配点が多いんだよな。

直線コースだからコーナーテクはいらない分、素人には優しい競技だと思う。けど、どうも陸上部が走るメンバーに居るみたいだし、無理はしないでおこう。


そんな、のんきな事を考えていた俺の後ろに並んでた大成がポツリとつぶやいた。

「手を抜くなよ〜。ハル君見てるぞ〜。ゴールテープ切るところ見せたら喜ぶだろうなぁ〜」


おまっ!なんて痛いところをピンポイントでついてくるんだ。

ハルの笑顔がポンッと脳裏に浮かぶ。

……いやいや、ハル、赤ちゃんだし、分かんないでしょ。そんな甘言に惑わされないからな。


そんな事を思いつつ、順番が来てスタートラインに並ぶ。その時。

「幸人〜」

「ゆぅ〜〜!!」

俺を呼ぶ声に顔を向けるとゴール地点の直ぐ横の応援席にハルを抱っこした姉貴が立っていた。

おぉ〜〜い、何してんだよ!


「ゆぅ〜〜!!」

その時の俺の目にはキラキラのハルの笑顔しか見えていなかった。

姉貴の腕から身を乗り出す様にして両手を俺に向けているハル。

あれ、抱っこっていうより、そっち行くよ〜じゃ無いのか?

ヤバい!


危機感に晒された俺のタイムは過去最高だっただろう。

ゴールテープを切ったそのままの勢いで、ハルを抱き取ると「きゃぁ〜〜うぅ!」と喜びの声と共に抱きつかれた。


そのまま、ウィーニングランのフリでちょっと走って退場する。

周りが面白がってヤイヤイ騒いでくれ、アナウンスもなんか適当な事言ってたけど気にしない。


俺が抱き取るより一瞬早くハルが腕の中に出現した事実は、たぶん誰にも気づかれなかったはず!

てか、マジ焦ったぁ〜!!

和海さん、対応なしかよ!!


別の意味で、汗がダラダラ流れてきたぞ、おい。

人気の無いところまで行って座り込んだ俺を腕の中のハルが不思議そうな顔でみあげている。


「ハァ〜ルゥ〜、お外で力使っちゃダメだろ?」

「あう?」

額をコツンと合わせながら窘めれば、小首を傾げつつもちょっと目を逸らした。


どうも、叱られてるのは分かってるみたいなんだよな。

赤子ゆえに自制心も弱いからうっかりするんだろう。


ため息を飲み込んで(子供の前でため息はダメだろ)、立ち上がると、テントの方へ歩き出す。

「良い子にしてろよ、はる」

「あい」


許された空気を敏感に察知して、ハルがにっこりと笑った。

ほんと、単純でかわいいなぁ。








読んでくださり、ありがとうございました。


実は赤ちゃんってしたたかだと思いませんか?彼らは自分がかわいいのをちゃんと知ってる気がするんですよね……。



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