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小さな白黒モニターの中には可愛い息子と義理の弟が楽しそうに笑いあう姿が映っていた。
「良いなぁ、僕も一緒に遊びたいよ」
ため息と共にポツリとこぼれ落ちた言葉に、隣で同じくモニターを見つめながら無線で指示を出していた男が眉根を寄せた。
「コレが無事に終わったら幾らでも遊びに行けば良いでしょう。気を抜かずに、ちゃんと周囲をチェックしてください」
「はいはい」
生真面目な言葉に肩を竦め、視線を息子達から周囲に向ける。
そこには日曜日の遊園地の楽しげな風景が映っていた。
自分の息子を餌に囮捜査をする。
もちろん迷わなかったわけでは無い。
息子はまた赤ん坊で、いざという時判断なんてできるわけが無い。
下手をすれば、息子を失ってしまうかも知れない。
悩む僕の背中を押したのは妻だった。
腕の中で微睡むハルをあやしながら、彼女はにっこりと笑った。
「大丈夫よ。ハルは賢いもの。それに、この話をしたらたぶん……」
「分かりました。その代わり、俺にもハルと同じ様に陣を描いてください。で、どうにかして一緒に攫われるんで」
ハルと良く一緒にいる幸人くんに今回の計画の説明をすれば、最初は怒り反対し、最終的に渋々納得し協力する交換条件にと言われた言葉は、妻が予想したそのまんまだった。
唖然とする僕に幸人くんはいっそ清々しい笑顔で
「ハル1人で行かせるなんて言語道断。だからって、和海さんだと警戒して出てこないだろうし、姉貴一緒に行かせたら問題が大きくなる未来しか見えない」
と、言い切った。
まぁ、確かに一理ある。
しかも、絶対1人で行動しない赤ん坊をさらうなら、大人より高校生と一緒の方が相手も狙いやすいだろう。
ちなみに自宅と妻の実家は僕がガチガチに結界張ってるので浸入不可能になってる。
で、結局押し切られる形で作戦の中に幸人くん達を組み込むこととなった。
無謀なのは百も承知。
だけど、なぜかこの賭けに負ける気はしなかった。
で、現在。
相手方に気づかれない様に幸人くん達を見守りつつ、向こうが動くのを駐車場の車の中で待っている状況だ。
たぶん向こうはテレポーテーションで移動するはずなので、コッチもその手の能力者を配備し、即追いかける予定なんだ。
モニターの中で移動し始めた幸人くん達は本気で楽しそう。
事情を知ってるのは大成くんだけみたいで、他の人には実際に事が起きたら事後承諾にするらしい。
って言っても、超能力云々は秘密なので、単純に幸人くんの誘拐にハルが巻き込まれた事にするみたいだ。
実際に過去、何回か変態に襲われた事もあるそうで、幸人くん達的には違和感の無い言い訳らしい。
なんか、僕の妻もだけど幸人君も大変そうだな……。
まぁ、今日攫われるかも分からないし、開きなおって楽しんでくるって言ってたから、宣言通り満喫してるんだろう……けど、最近の子は度胸あるよね。
あの2人だから、なのかな?
なんか、普通の高校生よりも肝が座って落ち着いてるかんじ、するよね。
味方にとっては頼もしい限り、だけど。
その時は、唐突に訪れた。
昼食後、腹ごなしとばかりにブラブラと散策していた一行は、少し古びた感じのミラーハウスに入って行った。
追跡隊も人気の無い場所だけにあまり近づけず、一定距離から見守っていたんだけど、ハルと幸人君が中に入って暫くした時、何者かが能力を使い2人に近づいた反応があったのだ。
「来た!」
ハルのリュックにこっそり仕込んだカメラが10歳くらいの2人の少年の姿を捉えた。
実行犯の予想外の姿に息を飲む。
まさか、こんな子供を実際に利用してるなんて。
残念ながら小型化を追求したため音声までは拾う事は出来ないが、異変が起こった事を確認できれば充分だ。
直ちに待機組に指示を出し、いつでも動けるように準備する。
勿論、僕も行く予定だ。
探索は僕の能力の1つだし、僕がマーキングしてるしね。
テレポーテーションも出来たら便利だったんだけど、残念ながらその力は無いから、ナビだけして跳ばしてもらう事になっている。
どうも、カウントダウンが始まったみたいだ。
タイミングを計りやすいから、かなりありがたい。
『3・2』
息を詰めてその時を待っていた僕等に予想外の事が起きる。
『1・ゴ『ハル、パパだ!』
瞬間、モニターの中の映像が消え、腕の中にハルが出現した。
「あうぅ?」
キョトンとしたハルが僕の顔を見上げる。
どうも、幸人くんの声に反射的に跳んで来て決まった為、現状が把握できてないらしい。
キョロキョロと辺りを見回し、幸人くんを探しているみたいだけど……。
てか、幸人くん、絶対狙ってたな。
そんなにハルを危険に晒したくなかったのか……。
してやったりとニヤリと笑う幸人くんの顔が見える様だ。
幸人くんの気配を探る。
ミラーハウスの中からは見事に消えてきた。
じゃ、探しますか。
自分を中心に探索の輪を広げていく。
幾つもの波紋が水面に浮かぶイメージといえば伝わるだろうか?
その輪に自分のマーキングしたものが引っかかった場合成功だ。
相手は子供とはいえ、テレポーテーションで1度に複数人運べる程の能力者だ。油断は禁物だろう。
そんな風に自分を戒めながら集中して精度を上げようとした時、ハルの泣き声が狭い車内に響き渡った。
「ゆ〜、ゆ〜!!」
どうも、自分が置いて行かれた事をようやく理解したみたいだ。
置いて行かれた事に怒り半分、悲しさ半分といったところか。
集中力が切れるから、静かにと言おうとした時、突然頭の中に映像が広がった。
ぐるりと360度。
映像がまわったと思うと、南東の方に向かってすごい勢いで進みだしました。
「ゆ〜、ゆ〜ぅ!!」
コレは、もしかしてハルの仕業か?
幸人を探しているのか?
手足をバタバタと動かすとあっちという様に
指をさす。
思わず、他の仲間と顔を見合わした。
映像はいつの間にか山間にひっそりと建つ白い建物で止まっている。
中の様子まで見えないのは何らかの認識阻害がされているんだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
テレポーテーションの能力持ちの仲間がポツリとつぶやくと、視界がぶれ、僕達は緑の木々の間に放り出されていた。
読んでくださり、ありがとうございました。




