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忘れられた物語

作者: 神嶋桜貴

 あなたは、魔女と呼ばれた彼女の物語を知っているだろうか。






 **


 昔々。気の遠くなるほど昔。

 山深い小さな村に、一人の少女が暮らしておりました。

 少女には両親がおりませんでしたが、生まれた時から子供のドラゴンが一緒にいたので、寂しいと感じる事はほとんどありませんでした。

 少女は村人たちに暖かく見守られながら、まっすぐに育ちました。

 そして時が立ち、大人になった彼女は一人の青年と恋に落ちます。

 二人と一匹は山のふもとに家を建てると、静かに暮らし始めました。


 けれど、そんな穏やかな暮らしは長く続きませんでした。


 ある日の事です。山へ出かけていた青年が、あやまって崖から転落し、大きな怪我をしてしまったのです。

 今にも死んでしまいそうな青年を見て、彼女は深く悲しみました。そして悩んだ末。

 彼女は誰にも言った事の無い、大きな秘密の一つを使う事にしたのです。

 それは普通の人には使えないはずの、魔法と呼ばれるものでした。 彼女のおかげで青年の傷は癒えて、二人と 一匹の穏やかな生活が戻って来ました。


 元通りの生活を取り戻してから数日後。

 水を汲みに外へ出た彼女のもとへ、たくさんの村人たちがやってきました。

 戸惑う彼女に村人たちは言います。


「あなたの奇跡の力で、家族の病や傷を治し て欲しい」と。


 彼女は驚きました。どうして力の事を村人が知っているのでしょうか。

 その理由はすぐに分かりました。

 彼女が力を使うところを、偶然通りかかっ た村人が見ていたのです。村人たちは彼女に祈るように頼みました。

 けれど彼女には村人の願いを叶えてあげる事ができないのです。

 なぜなら彼女の魔法は、自分の命を削らな くては使う事ができなかったからです。そして彼女には、これ以上命を削ってはいけない大きな理由がありました。


 ずっと村人に秘密にしていた本当の事。

 それは、魔法が使える事ではなく。

 彼女の中に、人々を滅ぼそうとした闇が封じられている事でした。

 彼女の一族は子から子へ、代々闇を封じてきたのです。

 彼女が今死んでしまえば、闇は解き放たれてしまいます。けれど村人に本当の事を言う訳にはいきません。知ればきっと、不安にかられてしまうでしょう。

 彼女は命を削らなくては使えない事だけを言って、村人たちの願いをことわりました。


「嘘だ」


 と、誰かが言いました。


「彼女は今も元気で、命が削られているようには見えない。きっと嘘をついて、その力で自分達だけ幸せになろうとしているんだ」


 と、また誰かが言います。

 まるで病に冒されていくように、暗い感情が村人たちに広がっていくようでした。彼女は否定しますが、暗い感情に支配されてしまった村人たちには届きません。

 村人の男が彼女の手を乱暴に掴みました。

 その時です。 山へ行っていた青年が帰ってきて、村人と彼女の間に立ちました。


「いったい何をしているんだ」


 青年が怒りの声を上げます。けれどそれに負けない声で、彼女の手を掴んだ男が叫びました。


「お前は彼女に助けてもらったからいい。だけど、他にも苦しんでいる人がいるのに、あいつは嘘をつくんだ」


 男は、近くにあった鍬を掴んで振り上げました。そして、青年の胸に振り下ろしたのです。


 彼女は気づいていなかったのです。

 青年を助けた事で、闇の封印が弱まってしまっていた事を。

 その闇が、村人の暗い感情を大きくしてい た事を。


 青年はたくさんの血を流して倒れました。

 彼女は哀しみと怒りのあまり、悲鳴を上げました。同時に彼女からまばゆい光が放たれて村人へ向かって行きます。

 気がついたときには、辺りは血の海となっていました。


「魔女だ」


 と、生き残った村人が言いました。そして逃げるように村へ帰って行きました。

 残された彼女は倒れた青年の元へ膝をついて、犯してしまった罪と青年を失ってしまった哀しみに、あやまり続けました。


 どのくらいそうしていたでしょうか。


「逃げるんだ」


 死んだとばかり思っていた青年から声が聞こえて、彼女は驚きました。そしてすぐ、魔法で傷を治そうとします。 けれど青年は、そんな彼女を止めました。


「ここでまた力を使って、命を縮めてはいけないよ。僕の事はいいから、村の人たちがまたやってくる前に逃げるんだ」


 青年をおいてなど行けません。彼女は青年と一緒にいたいと言いました。


「こんな傷、すぐに治るさ。治ったら絶対に迎えに行くよ」


 それでも彼女は青年の側を離れたくありませんでした。けれど、生まれてからずっと一緒にいるドラゴンに裾を引かれて、彼女は心を決めました。

 ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、彼女は山へ行ったのです。


 生き残った村人は村に帰ると、彼女の家で起きた事を人々に言いました。

 そして、魔女狩りを始めたのです。


 彼女はドラゴンと一緒に、山の中を逃げ続けました。けれど山に不慣れな彼女にとって、山の中を歩く事は容易い事ではありません。

 徐々に村人が彼女に近づいてきます。

 逃げ続けた彼女がたどり着いたのは、今にも崩れ落ちそうな遺跡でした。


 そこに身を隠しながら、彼女は考えます。 このままでは村人に追いつかれ、殺されてしまうでしょう。

 そうすれば闇が解き放たれてしまうし、なにより青年の思いを無駄にしてしまいます。


 考えた末。

 彼女は自分自身を封印するという、大きな決断をしたのです。


 彼女を探して山へ入っていた村人たちは、 山の頂上から光が天空に向かうのを見ました。

 その光はどんどん大きくなり、ついには山全体を囲んでしまいました。

 光がおさまるといつの間にか村人たちは山のふもとにいて、二度とその山に入る事が出来なくなっていたのです。


 その後どこからやってきたのか、大きなドラゴンが山に住み着きました。

 そして、山へ近づく者を襲うようになったのです。


 人々はドラゴンが住み着き、魔女の眠る山を、魔の山と呼び恐れるようになりました。

 

 どのくらいの月日が経った事でしょう。

 いつしか魔女は忘れ去られ。

 人々から魔王と呼ばれるようになったのです。


 こうして魔女と呼ばれた彼女は、深い深い眠りにつきました。

 いつか、青年が迎えに来る日を夢見て。

 いつか、その身に封じられた闇を倒せる者が現れる日を、待っているのです。






 **


 あなたは、魔女と呼ばれた彼女の物語を覚えているだろうか。

 

 例え世界が彼女の物語を忘れても、あなたにだけは覚えていて欲しい。


 わたしとあなたが愛した、彼女の物語なのだから。






 **


 ドラゴンに守られた魔の山で、魔王は眠る。

 遠い遠い未来。

 物語の続きが紡がれる、その時まで。




 『魔女と呼ばれた魔王の、忘れられた物語』



お読みいただき、ありがとうございました!


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