008 Lesson of First
静かに立ち上がった生徒たち。
海翔の意思を悟り、移動しようとしているのだろう。しかし、今回はその様な大がかりな事は一切しない。見せて貰えればそれでいいのだ。
「立ち上がらなくてもいい。見せてくれればそれでいいんだ」
このクラスにはこの授業時間だけ監視カメラが入る。理由は二つ。
一つはどんな能力者が居て、どのくらい能力を使いこなせるかと言う物を見る為である。
二つ目はその能力の良し悪しにより、政府に引き込むかどうかの判断を行うの為だ。
「それじゃあ今回は何かを発生させてくれ。ただし、教室は壊すなよ?」
その言葉に生徒たちは無言だった。質問などは無いのだろうかと考えた海翔だが、無いのであればそれでいいと思い込み、話を進めようとした時、不意に飛び込んできたのは手であった。
「……氷炎君、どうしたのかな?」
「能力を見せたくない人はどうすればいいですか」
その言葉に少しだけざわめきが起きた。視線が真白に集中するが、真白は気にした様子も無く笑い続ける。
「能力を見せたくない、とは…?」
「そのまんまです。能力を制御できるけど、イラつき過ぎてぶっ壊しちゃう可能性があるんですよ」
ニッコリと張り付いた笑みを見せる真白。誰の事を言っているか灯はすぐに察し、小さく舌打ちを打った。いらぬ世話をしてくれた。
「…そ、それは困ったなぁ」
教室が壊れるのはマズイ。仕方なく、海翔は移動する事を決めた。
「それじゃあ、地下に向かおうか。君達だけが入れる場所に」
その場所でなら、思いっきりやっても大丈夫だと笑いかける海翔に、真白は薄っすらとした嘘くさい笑みを返した。
◇ ◇ ◇
「こんにちは、結城さん」
「こんにちは、この部屋をお使いですか?」
地下に入る扉の前で座っていた女性。
シンプルで体のボディを強調する様なピチピチなジーンズの上に白衣。目元を隠す様に銀縁眼鏡をかけていた。
「えぇ、色々な能力者が居るんで、強めでお願いします」
「分かりました。強めですね」
海翔の言葉に結城はふんわりと笑った。
銀縁眼鏡にはあまり似合わない笑顔だな、と優は思った。
「どうぞ」
そう告げて扉の鍵を開ける。
その先にあったのは、開放感のある部屋だった――…。
開放感のある部屋で、まず最初にお手本を見せる様に海翔が能力を発動させた。
瞬く間に水の泡が浮かび上がり、少しだけ不格好にぶよぶよと浮かんでいた。
「こんな感じで軽めに能力を見せてくれ」
あくまで軽めを強調した。そんな時、一人の女子生徒が手を上げる。
「なんだ、毒島」
「…先生。私の能力はどうすればいいですか」
彼女の言葉に海翔は少しだけ戸惑った。
確かに彼女の能力は危険すぎるのだ。どうすればいいのか、そう聞かれれば取りあえずと言う様に海翔は提案する。
「何かを溶かす毒にしてくれ。ただし、空気中で蒸発した場合、無害になる毒を頼む」
「そんな毒ありませんよ。でも、蒸発しない様に制御すればいいんですね」
その言葉で阿月は引き下がった。必要以上の事は言わない主義の人間の様だ。
「他に何か言う奴は居るか?」
「………俺の場合、どうすればいいんスか」
「不死原、だったな…」
「そうっスけど」
封具を大量に付けている男子生徒。
確かにこの生徒の能力は厄介だ。戦闘系で無ければ防御系でも無い。
言って見れば特殊系の能力者。幻覚よりも能力の説明が難しい能力なのだ。
「お前は―…そうだな、どうするか…」
水鳥でも一度は聞いた事のある「不死原家」の能力。
能力を持つ者ならば誰もが一度は聞いた事があると言われている伝説系の家系だ。能力事態に攻撃力は無い物の、その特異体質により能力者を分類されてきた家系である。
「お前は―…。悪いが、待機だ」
「そ―っスか…。分かりました」
元々覚悟していたのだろう。
平然と受け流す怜王に水鳥は少しだけ息を付いた。
「それじゃあまず最初に…風宮お前から順番に行く」
「は、はい…」
控えめに告げた風宮空翔。
空翔はそのまま少しだけ眼を瞑り、すぐに風を巻き起こす。
小さな竜巻で空気が少しだけ揺れる程度だったものの、彼は額に汗をびっしょりかいていた。もしかしたら、能力を使うのがあまり得意では無いのかもしれない。
「よし、次!」
その言葉で次に前に出たのは毒島阿月。
阿月は少しだけ考える素振りを見せた後、唾を地面に向かって飛ばす。
飛ばした鍔はまるで物語などである毒蛇の猛毒の様に地面を一瞬で溶かした。
「………。念の為に聞いておくが…人体には無害だよな…?」
「無害です。これは酸に近い物なので」
どうやって体から分泌してるんだと長年口論されていたりする。
しかし、体を調べても何も出て来ない為、やはり能力者とは不思議な物なのだ。
「そうか…次!」
「は~いっと…」
次に前に出たのは真白だった。
真白は器用に氷の結晶を生み出し、手の平で転がす。
電気の光によって綺麗に反射する水晶に少し認めた水鳥だが、「よし、次!」と次に言ってしまった。
次に前に出たのは鈴宮音々。
彼女の家系は「音」を操る能力を持ち、真白の生み出した結晶を器用に砕いた。
舌から発する超音波に近い人間の耳ではとらえられない音を使い、物を沸騰させる事も可能であるのだが、舌を抑えられると音を発せられなくなるのが弱点である。
「よし、次!」
次に前に出たのは灯。
灯は少しためらった様な顔をした後、少しだけ眼に見え、聞える程度の音量で放電した。
「……それだけか?」
流石の水鳥も拍子抜けと言った様な表情を見せた。
雷系の能力者は攻撃力が高い事で有名だ。その為、その程度の放電しか使えないと言うのは…少しだけ拍子抜けと言うか、期待外れと言う訳だ。
水鳥の言葉に灯は少しだけ俯いた後、静かに「あぁ」と頷いた。その後、そっぽを向いてそのまま優の傍に往ってしまうが、水鳥はやはり諦めきれなかった。
「幻童、本気でやってみろ」
「先生。一応二人居ますよ?あ、因みに二卵性の双子ですから性格も見た目も全く違うんで、注意して下さいね―」
へらりと笑ってかるーく先生に皮肉を教えてやる真白。
そんな真白のイラヌ下世話に灯は舌打ちを打ったが、優から離れる様子は無い様でそのまま少し自分の後ろに隠す様に前に立つ。
「幻童灯、もう一度やってみろ。本気で、だ」
その言葉に灯は無言になる。
その後、少しだけ考える素振りを見せた後、前に出る。
「後悔、しないですか?」
「後悔?」
「はい」
一応先生である為敬語を使う灯。
後悔するかしないか。その言葉によって灯の返答は全く違う物になる。
「………あぁ、後悔はしない。だから、お前の本気を見せてくれ」
元々水鳥は政府からの要請で彼を視なければならなかった。
この言葉で本気が見られると言うのならば願ったり叶ったりだ。
「………分かりました。優、少し…」
「分かった。でも、あんまり壊さない様にね…?」
先生の言葉だから従っているのだろう。
少しだけ嫌そうな不安そうな顔を見せる優を見て灯は心で後悔した。ココで力を見せつければ政府のクソ野郎に利用される可能性があるが、それでも優を護れるかもしれないと思ったから問いかけたと言うのに。
逆に優を不安にさせてしまった為に、顔色や表情は変わっていない物の灯の中の心のダメージと言う物は少しだけ溜まった。
「…………あ、先生」
「ん?」
「俺、怒ると本気が出しやすいんで…」
その次の言葉に、誰もが固まった。
「先生の事、殺してもいいですか?」
あっさりと告げられたその言葉。
たかが能力を見る為の訓練だと括っていた水鳥は―――何も言えなくなった。
初の生徒から放たれた言葉は…まさかの死刑宣告であった…。
結城櫻。
護りに特化した能力者の一族の者。
結界系の能力を持ち、護りに特化している。
大らかな女性が主に生まれる家系で彼女が現在の家系の長女である。