006 Bird of a basket
Bird of a basket――――籠の鳥。
校舎の前立った優。ガラスに張られているクラス表を見、小さく笑った。どうやら灯と同じクラス。小さく笑みを浮かべて歩き出す。灯は人目を引くから、多少嫌そうな顔をしつつも優の後に続いていた。
「一緒なクラスで良かったね~」
「そうだな」
クラス表を見た灯は正直イラついていた。優のおかげで大分薄まっていた殺意と言うモノが込み上げて来る。優達のクラスは特殊で生徒人数が十人程度。顔なんてすぐに覚えてしまいそうなぐらいだ。恐らく、そのクラスの中全員が“能力者”であろう。
「あ、言っておくけど灯。能力は、使っちゃ駄目だよ?」
「あぁ」
念の為に釘を刺してくる優。そんなことしなくとも、優が望まないから使わない事は明白なのに。しかし、一応言ってくれると言うのはありがたい。この言葉が無いと歯止めが効かない事もあるのだ。
優達が持つ“能力”。能力を持つ者は能力者とも呼ばれるが、それは言ってみれば超能力の様なモノである。色々な能力があり、それを操る家系に別れている。能力の使用条件などはあまり無いのだが、強いて言うのならばどの家系にも共通する事でその家の血を継いでいなければ能力は発動…つまり、出せないと言う事のみだ。例えそれがどんなに微量だとしても、能力を発動させれば立派な能力者と呼ばれる。力の強さは産まれ乍らに決まっているとされ、開花する場合はあるが潜在的な部分も関わる為に上下差が激しい場合が多いのだ。
愛想の無い普通の会話をしながらも、歩く。大概優が吹っかけて灯が短く答える、こんな会話と言ってもいいのか分からない会話であるが、優は嬉しそうに話を次々と吹っ掛ける。
ガラッと音を立てて扉を開く、その先には六人の生徒が居り、その中には灯が嫌うあの氷燕真白の姿もあり、真白は優達に気付くとニパッと愛想のよい笑みを浮かべて近寄って来た。
「久しぶりだねーユウちゃん」
「うん、久しぶり。真白君」
笑いかけて来る真白に対して優も柔らかく笑む。取りあえずナニモされていない為灯は無言で睨み付ける。睨み付けるのだが真白は全く気にしない。
「やぁ、久しぶりだね灯」
相変わらず胡散臭い笑みを浮かべて来る真白。そんな真白に対して灯は内心イラつきながらも悟られぬように真顔、何も考えていない様な考えを読ませない無表情となり声を返した。
「久しぶりだな。で、何の様だ」
疑問形なのに疑問符さえも付いていない。そんな状態に真白は困った様に肩を竦めたのちに笑む。
「そんなに殺さなくてもいいのに。別に今は取って喰ったりはしないよ?」
「今は。だろ?」
「そ、今は。」
バチバジッと火花が散らされる中でそれに気づかない馬鹿な優はそのまま指定された席に着く。席は窓側の後ろから二番目。教室は生徒数が少ない事からかなり小さめではあったが、そこまで小さいと言う訳でも無かった。
「初めまして」
そんな時に話しかけて来たのは一人の女の子。パッチリとした眼。優よりも少しだけ高い背丈。腰の辺りまである長い髪。白い肌に薄桃色の頬は鮮やかに色づいている。重た苦しい黒い髪のおかげでか、大人っぽい感じがした。
「初めまして…」
戸惑いながらも、優は言葉を返した。
相手はニッコリと笑い、また口を開いた。
「私の名前は鳴神凛って言います。貴方の名前は?」
まるで小学生が言う様な会話だ。
しかし、優も凛と名乗った子も背丈はかなり低い為、その程度の会話でも許せるレベルにあった。
「幻童、幻童…優」
「優ちゃん…サトルちゃんかぁ…!あっ、私の事は凛でいいよ」
「え、でも…」
「いいからいいから!ね?」
ニッコリと笑う凛。
その笑みに偽りは無く、優は戸惑いながらも頷いた。
「優、誰だ?ソイツは」
「灯、君、女の子に向かってそれは無いんじゃないの?」
「黙れ、顔だけ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ニッコリと笑う真白に灯は舌打ちを打った。
挑発したつもりだが、綺麗に流されてしまったのだ。此奴のこの笑顔が、灯は気に食わなかった。
「で、誰なんだ?」
「僕も気になるな」
ニッコリと笑う真白であるが、実に嘘くさい笑みだ。
灯と言えば笑顔さえも消えてもはや真顔で背丈の影響で見下ろしている為、元々悪い目付きが更に悪くなり、もはや不良の様にも見えた。
「………え、えっと―…サトルちゃんとさっき、友人になりました?鳴神凛です」
疑問形なのは本人の了承が無いからだ。
まだ自己紹介しか済んでいない状態で話しかけられれば対応に困ってしまうのも事実である。
「………本当か?優」
そして灯の眼は優の方に完全に移行される。
心なしか凛に向けていた眼よりも柔らかくなっている様にも見えた。
「うん、本当だよ。さっき自己紹介したばっかりだから、あんまり話してないんだけど」
優本人としては友達に成りたいらしい。
女友達ならば別に害はないだろうと灯は頷き、凛の方を見て小さく頭を下げた。
「すまなかった」
「え?」
まさか謝られるとは思っておらず、眼を開き、凛は口元を手で覆い隠した。
凛からすれば灯は銀髪の赤眼、目付きもかなり悪い為不良に見えて仕方がない。
そんな彼からの謝罪に戸惑いを隠せなかったが、気にした様子も無く灯は続ける。
「俺の名前は幻童灯だ。一応優の弟でもある」
「は、はぁ…弟さん……。って、えぇ!?おっ、弟さん!!!?」
ギョッとした眼でまた灯を凝視する凛。
そして優を見、そして灯を二度見、更に優をまた見、キョロキョロと顔を首を振り、流石にそれ以上はと言う様に優は微苦笑を漏らして凛の頬に優しく触れ、動きを止める。
「そんなに似てないかな?」
困った様に笑えば、凛は我に返り、そして申し訳なさそうにしながらもこくん、と頷いた。
「目付きだって違うし…背丈も、違うし…雰囲気も、滅茶苦茶違う…」
「あ、一番最後の奴には目茶目茶同感。ユウちゃんはこんなにもほんわかなのに…なんでその弟はこんなにもムッツリなのか…」
やれやれ、と頭を抱える真白に凛もうんうんと同意する。
灯は今にも殴りかかりそうに拳を握りしめ、怒りに耐えている。
優さえ眼の前に居なければ今すぐにでもぶっころ…絞めた物を…!
「灯ってそんなにムッツリなのかな?」
「うん、ムッツリだよ~。見て見なさい、この瞳。ムッツリって言うよりも不良だけどさ、流石女帝」
「え?女帝??」
そう言えば知らなかったね、と言う様に優と真白は顔を合わせて笑った。
同じ中学では無かったのだから知らないだろう。声のボリュームに気を付けながらも、優は笑って自慢する様に告げた。
「灯の中学でのあだ名だよ。ちょっと女の子っぽいから“女帝”って」
「言われてみれば確かに女の子っぽいけど―…女帝って言うのには、ちょっと抵抗が…」
本人を指さして「あ、女帝!」と言える人間が居るだろうか。
居るならば凛はその者に対して心で称賛の念を送る。いいや、もしかしたら目の前に二人居るかもしれない…。一人は冗談交じりでからかう様に告げ、一人はあまり言わないだろうが言っても怒られそうにないからだ。
「分かる分かる。指差して言った奴…病院送りになったからな―」
「え、そうなの?」
「そうそう。凄いよ―コイツの喧嘩。能力地味に使っちまうんだよな―」
「制御が面倒なんだ」
「でも、抑えられないのは事実だろ?」
真白の言葉に言い返せず、ギロリと睨みを聞かせれば勝ち誇った様に笑みを浮かべられ、余計に腹が立った。
「灯…喧嘩、してたの?」
ぽつり、と呟かれた言葉。
その声の主に灯はギクリと体を揺らした。
マズイ、非常にマズイ…!このままでは、過去の知れてはならない黒歴まで暴露されてしまう…!!
「喧嘩じゃ無い」
「でも、喧嘩なんでしょ?病院に送ったって―…」
「話し合いだ」
「話し合い?話し合いでどうして病院が入るの?」
どんどんグイグイ来る。このままではバレてしまう。
いいや、普通ならばもう気付かれている。優が馬鹿だからであろう。今日ほど優の頭の悪さを良かったと思う日は無いかもしれない。
「相手が勝手に怪我をした」
「本当?」
「あぁ」
(嫌、絶対おかしいでしょ)
心の中で間髪を入れずに突っ込みを入れる真白。
心の中なのは、声を出そうとした瞬間に灯に何も言われずに雷を放たれると分かっているからだ。
「じゃあ、仕方ないね~」
「そうだな」
(………そうだった、こんな子だった)
笑ってそのまま流してしまう優。
彼女ほど能天気に等しい頭を持つ子供は滅多に居ないだろう。
まるで子供がそのまま成長した様である。背丈もかなり小さい為、実年齢を知らなければ完璧な子供だ。
「あ、それで―貴方、名前は…」
「あぁ、そう言えば自己紹介してなかったね」
灯の昔話ですっぽかしていた。
忘れてた忘れてた、と苦笑いを漏らす真白に凛は興味津々の眼を向けた。
ごほんと軽く咳払いをした後、真白はニッコリと人懐っこい満面の笑みで笑った。
「氷炎真白。一応氷使いだよ」
「あ、鳴神凛です。一応雷使いです」
「あ―雷。へぇ―灯と同じだ―」
「え、同じなんですか?幻童だから幻術かと…」
能力者の能力は大概その苗字に由来される。
能力者同士の血が混ざりあう事は滅多に無い為、凛も目から鱗が落ちた様な反応を見せた。
「珍しいだろ―。因みにユウちゃんは幻術な」
「そうなんだ。改めてよろしくね、サトルちゃん」
「うん、よろしく。凛ちゃん」
「凛でいいのに―。まぁ、いいけど」
少しだけ口を尖らせた凛だが、すぐにはぐらかす様に笑う。
チャイムが成り始め、優達は席に着いた。
ガラリと扉が開き、入って来るのは若い優しそうな男性。
正装である為かスーツ姿と言うのが一番近い様な気がした。
コツコツと教壇の前で立ち止まり、此方を見てゆっくりと微笑んだ。
「初めまして」
何処かで、聞いた事の在る様な声だった。
◇ ◇ ◇
ワイシャツの胸ポケットの中から小さなマッチ箱を取り出す。ライターでもいいのだが慣れの差で此方の方が付けやすい為彼はマッチを良くしようしていた。
生徒の前に行く前に一服やっておきたくなり、職員室の窓辺で煙管を銜え、マッチの火を近づけ内部に在る葉を燃やす。
「特別クラスの担任だそうですね―。大変でしょうが、頑張って下さいね。水鳥先生」
厭味ったらしく告げる同僚に水鳥は軽く笑んだ。元々この仕事を選んだのだって自分の意思とは言い難い。雇い主である国が特殊な力を持った自分を監視できる場所に入れたかった口実だとも考えている。
何故それに応じたかと言えば、やる事が無いからであり、そして自分と同じように監視される場所に自らの足で閉じ込められにやって来た者達の姿も見て見たいと思ったからだ。その代償に自分も政府の生み出した籠に入った訳であるが。
「煙管ですか。珍しい物をお持ちですね」
褒めているのか。はたまた、タダ会話をしたいだけなのか。
恐らく後者だろうと推測をし、水鳥は口から煙管を放し、煙を吐きだした。
「そうですか?家の連中は皆吸ってますよ。世間的には珍しいかもしれませんが、慣れればこっちの方が楽です」
それに結構カッコイイ。と心の中で付け加えておく。
軽く笑った教師を見て水鳥も愛想よく笑みを返した。
「それじゃあ頑張って下さいね。新米でしょうが、ウチは差別はしませんから」
それは言い返ればカバーはしないと言う事。
新米扱いされず平等に扱われる代わりに経験があろうが無かろうが普通に扱われると言う事だ。その言葉の意味に水鳥はまた笑い、「そうですか」と言葉を返した。
予想していた通りであったが、その方が此方としてはありがたい。此方の男は能力系の家系に生まれているだろうが、見た感じ使える様には見えない。
特別クラスの担任は使える奴じゃ無きゃ、勤まらないからだ。
「まるで、籠の鳥だ…」
分かって来た癖に。
乾いた笑顔が零れた。
「能力者ねぇ…」
なんでこんな力があるかどうかは分からない。
異能とも呼ばれる人離れした力、何故こんな力があるのか。
「早々に結婚しね―となぁ…」
結婚したら解放される。
子供を作れば解放される。
分かってるから、早々に結婚相手を探す。
全て誰かが描いた道筋通りに進んでいるような気がして、水鳥は自分を嘲笑った。
「嗚呼、つまんね―」
色んな意味で。
全てが、つまらない…。
あの人は死んでしまった。
狩魔の生贄になって、死んでしまった。
この次期なら、あの人の子供も居るだろう。
もしかしたら、あの人の子供に会うきっかけを作りたくて。
この仕事を、選んだのかもしれない…。
「俺って一途なんだな―」
「意外意外」と笑いながらも水鳥は煙管の日を消して歩き出す。
向かうは教室。自分の―――担当する場所だ。
あの人の子供は居るだろうか?
似ていたらどうしよう。普通に接する事が出来るだろうか…?
そんな不安を抱えながら。
水鳥はクラスの扉をガラリと開いた。
コツコツと音を立てて教壇の前で立ち止まり、生徒の方を見る。
見える景色は変わる。皆が自分をジッと見ている。
水鳥は混みあがる冷や汗を感じさせない様に、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「初めまして」
大方大体そうだろう。
これから君達を監視させて頂く者です。
そんな軽い意味を込めて、水鳥は自らの監視対象に、笑顔を見せた。