002 The last time
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人は無知などだと、私は思う。
だって、神を飼おうだなんて馬鹿げてると思うでしょ?
神様を飼い殺そうとした結果が―――― 私の、末路……。
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ふわりと浮かぶのは白いベールの様なカーテン。風に仰がれ、チラチラと隙間から太陽の光が差し込んで来てそれが少し心地よくて、眩しかった。
辺りは清潔な純白の白一色で固められており、その中で薄い蒼色の病衣を着、ぽく……ぽく……と頭を揺らしながら椅子に座る女の子を見て薄く微笑した。
「さとる…… ほら、優ったら…」
困った様に病衣を来たちょっと髪の長い女性は困った様にまた微笑をした。毎度の事なのだが、優は元気があり過ぎてすぐに充電切れになる。
ぽっくりと器用に椅子から落ちない様に首を揺らしながら座り寝をする我が子を見て、彼女はまた面白そうに微笑する。
「ん……ぁっ……! かーさま!!」
寝起きでも多少舌が回っている優。 彼女は「なぁに?」と優しく問いかけた。
「お話! いっぱい、お話聞かせて!!」
弟の灯はココに来ていない。となれば、恐らく祖父母に取り押さえられているのだろう。イラナイ優だけ、此方によこしたのか……。そんな事を考えると少しだけ胸が痛くなる。 もう、時間が無いと言うのに――――。
「……? かーさま。 お胸が痛いの……?」
コテン?と首を傾げる優を見て、微笑した病衣の彼女は静かに優の脇に手を入れ、ひょいっと持ち上げる。
優がまだ、小さくて良かった…。なんて思う自分はどれだけ体力が無いんだろうか?と少しだけ攻めてしまう。
不思議そうに首を傾げる優は慌てて自分の布団越しの膝から降りようともがく そう言えば、祖母が乗るなと叱っていた様な気がする。この娘は変な所で几帳面な性格をしており、そんな事が伺えた。
「いいのよ、優。お婆様には私から言っておくわ」
「ほんと……?」
「えぇ、ホントよ。 だからもう少しだけ――――」
ギュッと抱きしめれば幼児特有の温かさが胸の中に広がる。それが実に愛おしく思えて、でも片割れが居ない事を酷く残念に思う自分はやはり大馬鹿者なのだろう。
家庭の事を考えれば、優はイラナイ娘だ。片割れの灯は大事な子だ。自分が死ねば、優の待遇は危ない物になるだろう。
祖父母の事だ。死に至らしめる事はしないだろうが、精神的暴力と言うのもある。それに優が何処まで耐えれるか…そして、灯の心の変化も考えられる。
灯は元々自己主張がほぼない男の子であっさり言ってしまえば全てに対して興味関心が無く、無気力な状態なのだ。
眼は死んでいる様に光を失いしかし動いている事から彼は生きてるのを実感し前に握った手はとても冷たかったと思い起こす。
そう思えば、優は灯の熱を奪うかのごとくとても体温が高い。平均の体温が灯が三十五度九部とすれば優は三十七度二分ほどが平均体温なのだ。 実に激しく分かれている。
そう思えば、一度だけ。灯が自分の為に何かを作ってきてくれたような気がする。優と一緒に。
『母さん、これ…』
『あのね、かーさま! これ、アカリと一緒に作ったの!』
思い浮かぶのは、小さな手で編み続けた不格好なマフラー。色は明るいオレンジと薄い水色だ。どちらも自分が好きな色で色のチョイスは二人で選んだのだろう。
恐らく優がオレンジ、灯が水色だ。お小遣いをねだって買ったに違いないと思い、貰った時は涙が溢れて来て恥ずかしながら子供の前で声を押し殺して泣いてしまったのだ。 号泣気味に。
「確か、あそこに――――」
もぞっと動こうとすれば抱きしめていた優がそれにつられて動き頭がベットから落ちそうになる。慌てて抱きしめ直せば「スース…」と軽い寝息を上げて彼女は眠っていた。
「もうっ… 人の気も知らないで……」
まぁ、抱きしめていた自分も自分だし、元々眠っていた優だ。温かくなれば自然と瞼が落ちてしまうらしい。
ぽんぽん、と軽く頭を撫で彼女は囁くように窓を見て告げた。
「神様に、お願いはしては駄目よ…… 貴方を言霊で縛る様な事はしたくないのだけれど…… でも、私の言霊は弱いから…… ごめんね、赦して――――」
ひくりっと喉が揺れる。
覚悟を決め彼女は言霊を放った。
「優、神様にお願いをしてはいけないよ。何でもお願いを叶えてくれる神様も居るけれど。神様が全ての願いをタダで叶えてくれる訳が無い。神様に頼らないで、頼るのなら…灯を頼りなさい。神様は何でもお願いを聞いてくれる。だけど、下手をすれば命まで取られてしまう。 そう――――――――」
そこで彼女は言霊を止めて言葉を告げた。
「この、私の様にね―――――」
冷ややかなる声が病室の中で響いた。
彼女は薄っすらと笑みを浮かべ、静かに窓を見た。
彼の姿はまだない。 だったら、もう少しだけいいだろうか……?
「最期ぐらい――――――――――」
会いたかったなぁ…… 灯と優。
二人を、抱きしめて――――――眠りにつきたかった――――。
優をベットの中に入れ、布団をかけてやる。
本来ならば肩掛けが必要なぐらい今日は凍える風が吹いているのだが、思い切ってあの不格好なマフラーをぐるぐると首に巻き付け、病院の薄い病衣のまま病室から出る。
「何も、何も無いわ……」
彼に渡さなければいけないのだ。
彼に、渡さなければいけないのだ。
彼が来るから、渡さなければいけないのだ。
屋上に出ればヒュゥウと春なのに北風が寒かった。
不思議と心臓の脈が速くなり、口から吐く出す荒い息が白く見えた。
『よぉ…… 久しぶりだな……』
とんっとまるで宙を滑って来たかのごとく軽く屋上の灰色のフェンスに黒い踵の高い靴の先で立つ。顔は見えず、黒いローブを深く被っている。
「久しぶりね、狩魔」
『あぁ、久しぶりだな』
声のトーンは同じで、狩魔と呼ばれた彼は言葉を返した。
彼女は腕を組み、静かに問いかけた。
「それで、約束の時は来たわ。 早く狩りなさい」
『ほぉ…… お前は命乞い、なんて前はしねーのか?』
意外意外と言う様に面白おかしい眼で此方を見られる。
「しないわ。 私が貴方に狩られなかった所で、誰かが狩られるのだから」
『せーかい。 俺から逃れたければ、アンタ等は俺に生贄を捧げればいい』
古代から、狩魔の怒りを買った者には死、あるのみとされていた。狩魔はローブの中でにったりとした笑みをしているに違いない。
「生贄なんて無いわ、とっとと狩りなさい」
腕を組み、彼女は吐き捨てる様に告げた。
『お前、生きたくはないのか?』
狩魔の突飛な質問に、彼女は吐き捨てる様に告げる。
「生きたいに決まってるわ! 確かに貴方を怒らせたのは私だけれど、私を動かしたのは裏の連中よ! でも――――私が今、死ななければ貴方は私の肉親を狩る。 優か、灯のどちらかを狩る!! それだけは、絶対にさせない……!」
もしも狩魔に贄を差しだした場合、狩られるのはその者の最も近き肉親。今回の場合は彼女の子供と言う事になる。父親はもう他界している。祖父母を狩ると言う可能性もあるがもっとも信仰が深い、彼女の中で強く在るのはその二人だ。狩魔の法則を知る彼女は、命乞いなど到底考えていなかったのだ。
『お前は立派な人間だな、穢れた人間の中で数えると』
「それはどうも。 でも、貴方にとっては全ての人間が汚れた人間でしょうに」
彼は神の中で汚れ役を生まれながらに引き受けたモノだ。正確に言えば、それしか道が無かったとも言える。
彼が顔を上げれば、映るのはリアルな人間の頭蓋骨の断面を切り取った様な不気味なほどに白い面。
「そう言えば、人間の方にも貴方みたいに大きな鎌、使うお祭りがあるのよ」
『ふーん』
「カマ祭りとか言ったかしら……? 貴方みたいにそんな綺麗な鎌では無いけれど、大きな鎌を使うお祭りなんだって。 気になったのなら、人に混じってやってみればいいわ」
『そりゃ、どーも』
ヒュンッと振った鎌は彼女の首を切り落とすかのごとく斬り、彼女は何も言わずに人形の様に倒れた。
『良かったな、お前独りの犠牲で済んで』
必死に命乞いをしていた黒いスーツ姿の奴等。今思えば、奴等を狩ると言うのも良かったんだが――――。
『俺達は、お前の血筋が恐怖なんだよ』
お前等の血筋は、一匹残らず――――駆逐出来ればいいのになぁ……。
なんて思ってしまうのは――――過去の因縁のせいだろうか――――? いいや、そうに違いない……。
『独りはアタリ、一人はハズレ。 アタリはイラナイ。 ハズレはタイセツ。 可笑しな奴等だな』
ブンッと鎌を一振りすれば鎌は消える。
少し経てば、死んでいるのが見つかるだろう。
『アタリは大事にしろよ。 俺達にとっては、脅威であるが――――』
狩魔はそう告げ、北風が鳴いた時、消えた―――。
狩魔を怒らせるな。
カルマを怒らせるな。
彼を怒らせれば――――――――――死が待っている。
昔話と言うのは、案外。
真実を語っている部分もある。
まぁ、それが本当の真実であれ。嘘であれ。
それを受け取る者の意思によって、それは激しく変化する。
「狩魔君ってさぁ。 とぉ――――っても頑固者なんだよねぇ―。 彼ぐらいしか出来ないと思うよ。 うんうん、神様の中でね。 もっとも穢れたお仕事―――――――――××様って言うお仕事だよ……」
××様は穢れてる♪
神様なのに、穢れてる♪
何処かでそんな、唄が聞こえた。