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02

 日本人離れした容姿の美人が転校してきた、という噂は、その日のうちに学年中に広まった。ホームルーム中に誰かが友達にメールで知らせたらしく、教室の外は支倉を見物に来た男女で溢れかえっている。

 流石に教室の中まで入ってくる猛者はいないようだが、ホームルームが終わってからもう二十分も経つというのに、その人込みを掻き分けて帰る気にはとてもなれない。一年や三年の男子もちらほらと混ざっているような気さえする。まったくご苦労なことである。

 確かに、彼女は間違いなく美人だった。色彩に欠けるアッシュブロンドの髪は太陽どころか蛍光灯の光すら反射して輝いているように見えるし、それが肩口までストレートに下ろされていて、その線の細かさはわざわざ見つめるまでもなく明らかだ。両の瞳は蒼く澄んでいて、ぱっちりとした目元がその魅力をより印象的に引き立てている。鼻や頬、顎といった顔全体の輪郭も、ハーフというだけあってあまり外国人っぽくはなく、日本人が普段から見慣れているようなつくりでありながら確かに純粋な日本人ではないとわかる、絶妙な加減の黄金率。着ているのがセーラー服というのが彼女の色とはアンバランスなように見えてしまうが、それでも、男子高校生に見惚れるなと言う方が無理なレベルの美少女だった。悔しいが認めると、俺も実際に見惚れてしまっていた。

 しかし、教室のドアや窓ガラスにへばりつくようにして長時間眺めるというのはどうなんだ。これではまるで水族館のマンタじゃないか。彼女は見世物じゃないんだから早く散ってくれ、俺は早く帰りたいんだ、お前らみたいな無遠慮な人間と同じ空間には居たくないんだよ、という悪態をつきながら、俺は自分の机に突っ伏していた。

 唯一の救いがあるとすれば、支倉に質問攻めをしているクラスメイトたちが、彼女の姿を廊下に居る奴らには見せるまいと立ちふさがっていることだろう。そのおかげで支倉にとっても壁になっていて、彼女には廊下の様子が見えないようになっている。だが、だからこそ廊下からは彼女が見えず、いつまで経っても野次馬が減らないという事態を招いていた。

 このままではいつになったら帰れるのか、ちょっと心配になってくる。


「はいはーいちょっと失礼ー。通りまーす! ちょっと通してくれーい。ちょ、道を空けてくれないかなマジで。おい通せっつってんだろゴラァ! ……はい、ありがとうねーどうもー」


 廊下の方から、そんな陽気な声が聞こえてきた。そうして堂々と教室に入ってきたのは、剣道着を着たバカが一名。

 塚本勇一である。

 悲しいことに、それは俺の幼馴染だった。まあ、こんな奴だからこそ異世界の英雄が務まったんだろうが、親友としてはすこしばかり恥ずかしい存在だ。


「おう、力也。ハーフの美人さんが転校してきたんだってな? ちょっと見にきてみたんだが、あそこのアレがそうか?」

 俺の前まで来た勇一が、支倉の席に群がっている連中を指差して言う。

「ああ。名前は支倉瑛美、愛称はエイミィ。アメリカから来たらしいけど日本育ちだって言うから、たいして面白味があるわけでもない。さっさと部活に戻った方が有意義だぞ」

「いやいや、せっかく抜け出してきたのに顔も見ないで帰るのは勿体ないだろ。そんなわけで、ちょっくら見てくるわ」


 俺としては勇一が戻るときにまた道が開くことを期待していたのだが、ひょうきんな勇者様はすぐに帰ってはくれないらしい。さっさと支倉の方へと行ってしまった。


「わりぃ、ちょっとどいてくれ。俺も顔が見たい」


 屈託もなくそう言って、周囲の人を掻き分けていく。

 っていうかお前が今どかした奴、全員女子だからな。判ってるのかおい。……ああもう、そんなこと考えてる余裕はないんだろうな。

 俺の席から支倉の顔は見えなかったが、驚愕した勇一の横顔は見ることができた。ちょうどそのとき廊下から「くそ、結局見えねぇ」というぼやきが聞こえてきたが、そんなものは無視だ。

 バカが走って俺の前まで戻ってきた。


「おいこらちょっとどういうことだよ力也! こりゃいったいどういうことだ!?」

「いやどうもこうもないだろ。それよりお前、人の顔を見てその反応は失礼だからな。ちょっとは落ち着け。で、後で謝っとけよ」

「そう言うお前はなんでそんな落ち着いてんだよ! お前、あれを見てなんとも思わなかったのか!?」

「だからあれとか言うなってばコラ」


 あーもう面倒くせぇなコイツ。


「それどころじゃないだろうがお前っ。あいつ、エクサと見間違えるくらいそっくりじゃねーか!」


 勇一は腕で俺の首を捕まえながら、至近距離でヒソヒソと話しかけてくる。

 そう、支倉の顔は、俺たちが異世界で出会った女性にそっくりなのだ。


「まぁ、あれで髪の色が青かったらまんまエクサだな、確かに」

 それでも俺なら見分けられる自信があるが、エクサとはもう会えないのだから、そんなことには何の意味もない。

「なに冷静なふりしてんだよ。な、アタックしないのか? ん? アタックするんだろ、おい。なぁ?」


 やっぱコイツ面倒くせぇ。


「顔が似てるだけで本人じゃないだろうが。興奮して先走って失敗するのは御免なんだよ。今夜一晩考えてから、自分の態度を決めるつもりだ」

「お? ってことはやっぱり、ちゃんと意識はしてんだな? よし、それでこそエックスだ」


 そうだよなー、意識しないはずがないもんなー、なんて言いながら、勇一は俺の背中をバンバン叩いてくる。

 ちなみにエックスというのは、向こうの世界で使っていた俺の名前である。数学的な概念が力を持つ世界だったということもあり、勇一はシグマ(足し算の集合)、美貴はスクエア(平方)と呼ばれていた。ただし、この世界でそう呼ばれるのは恥ずかしいので、今ではまたお互いに本名で呼び合っている。


「そんなわけで、俺はさっさと帰りたいんだが。出口が見ての通りだから行きづらくてな。入ってきたときみたいに、また切り開いてくれ」

「はぁ? まぁ、よくわからんが了解した。俺はいつも通り出て行けばいいんだな?」


 勇一は理屈で考えることができない癖に、感性で理解してくれるから話が早い。まぁ、こいつのこういうところは、同時に欠点でもあるのだが。


「……いかん」


 また嫌なことを思い出してしまった。「この豚殺しが」と心の中で勇一を小さく罵りつつ、今まで考えていたことを振り払う。 深く考えては駄目だ、それは友情に影を差してしまう。

 流石は腐れ縁とでも言うべきか、なんだかんだで俺は勇一のことが嫌いではない。向こうの世界を共に生き抜いた仲間だ、できれば一生の友人でいたいと思っている。だから、相手の欠点について深く考えてはいけないのだ。


 でなければ俺は、勇者の隣にいられなくなる。


 廊下に陣取る野次馬どもを押し退けて進んでいく親友の背中に、ふと、向こうの世界にいた頃を幻視した。魔物の群れに切り込んでいく伝説の勇者と、それを後方からフォローする魔法使い。……やはり、俺たちの関係はこうでなくては。自分の前に立ってもらって、これほど頼もしい男は他にいない。

 こうして俺は、勇一のいいところを探しながら親友付き合いを続けている。それはきっと、これからもずっと変わらない。

 それが今の俺にできる、精一杯の生き方だった。






 平凡な学生でしかなかった俺たちが、なぜ異世界で戦闘することができたのかを語るには、まず始めに、宗教染みた照れくさい言葉を使わなければならない。

 それは、「この世界は、この世界の住人のことを愛してくれている」ということだ。

 向こうの世界の精霊が持つ「こちらの世界の住人を召喚する」という技術には、「召喚された者は召喚者の願いを叶えるまで元の世界に帰ることができない」という制約と同時に、「元の世界に帰るのは、召喚者の願いを叶えたその瞬間である」という条件があった。俺たちの場合は魔王が息絶えた瞬間にこの世界に帰ってきたわけだが、つまるところ、この世界に帰ってくることを前提として呼び出されるわけである。

 しかし、ただの人間のままでは向こうの世界であっさり死んでしまうかもしれない。そうなってしまえば元の世界に帰ることもできくなってしまうため、これを未然に防ぐために、〝この世界が〟向こうの世界にいる俺たちの存在を守ってくれる。

 その結果、重力加速度が三分の一以下の異世界にあっても、俺たちはこの世界と同じように動くことができた。

 それがどういうことを意味するかというと、本来なら体重が百キロはありそうな獣にのしかかられても俺たちは三十キロ程度の重さしか感じることはなく、逆に俺たちの存在は、向こうの世界では二百キロくらいの重さがあるかのように扱われる。そりゃ強いに決まっていた。

 それに加えて、こちらの世界ではなく、向こうの世界が授けてくれる特殊能力もあった。それが美貴の身体強化や、俺の魔法だ。こちらは一時的ではなく恒久的なもののようで、この世界に戻ってきてからも際限なく使うことができている。

 それがあったから、勇一は向こうの世界で〝勇者〟でいられた。呼び出された場所は精霊王の宝剣が眠る森の中だったそうで、それを引き抜いた彼は、精霊に請われてその大陸に住む魔物たちを駆逐していったという。

 美貴はその過程で、悪魔の一家に捕まっていたところを助け出されたらしい。彼女はそのときのことについて多くは語ってくれないが、「確かに縛られたりはしてたんだけど、悪いひとたちではなかったよ」と遠い目をして話してくれたことがある。

 いったい何があったのか、今の俺には容易に想像がついてしまって、この件に関してはもう触れるつもりはない。この話はひとまず置いておこう。

 精霊が住んでいる大陸に召喚された二人に対して、俺は人間が住んでいる大陸に召喚された。本来なら一人だけが精霊の里に呼び出されるはずだったのだが、他の二人というおまけが巻き込まれてしまった影響で座標が狂ってしまったのだそうだ。その結果、三人ともが予定外の地点に召喚されてしまったらしい。

 俺はその大陸で何もわからないままに魔物が住む森を丸三日間も彷徨い歩き、ようやく見つけた人里でもまた、信用を得るために苦心した。

 向こうに着いてすぐに自分を召喚した者と出会うことができた勇一や、悪魔に飼われていたとはいえ命や食べ物の心配をする必要がなかった美貴とは違い、俺の生活はサバイバルから始まったのだ。

 しかも、精霊と人間の意見が対立していたから、せっかく二人と再会できても、すぐに手を取り合って共闘する、という流れにはならなかった。

 それから人間と精霊が手を取り合うまでの間、勇一と美貴はひたすら魔物を退治していたと聞いている。自分たちの方が強いのだからそれはとても楽な作業であったはずで、その合間に恋人としてよろしくヤッていたというのだから、俺からしてみれば羨ましい限りである。

 だけど、俺にだって何もなかったわけじゃない。

 エクサと出会うことができた。

 彼女は精霊のお姫様みたいな立場の女性で、人間との和解が成立する前、俺や勇一が二つの大陸を行き来している船への密航に成功したまではよかったものの、人間の大陸から精霊の大陸に帰れなくなってしまったという間抜けだった。仕方がないので俺が人間から匿ってやりつつ、色々な仕事を手伝ってもらい、人間と精霊が和解するまでの数ヶ月間を、ひとつ屋根の下で過ごしていた。

 しかし魔王との最終決戦には三人だけで挑んだため、俺たちは勝利の報告を持ち帰ることすら許されず、この世界へと帰ってきた。

 すべては異世界での出来事だ。いつまでも彼女のことを引き摺るつもりは、俺にはない。だがそれでも、せめて一言だけでもいいから謝ることができていたらと、そう思わずにはいられない。

 そんな想いがあるからこそ、俺はエクサによく似た支倉瑛美を、意識せずにはいられなかった。

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