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1 闇に落ちたら冥府入り

「起きろ。早く、目を覚ませ」

 せわしない声に促され、手探りで褥を滑り出た姫はそっと双眼を開いた。だるい。格子の外では篝火がいくつも焚かれているようだが、まだ辺りはひそやかな薄闇に包まれている。

 見たことがない調度。部屋。自分の邸では、ない。

「いつまで寝ているんだ」

 苛立ちを含んだことばに、気分を害した。聞いたことのない響きに、つい姫は反発する。立ち上がって几帳を押しのけた。

「私を誰だと思っているの? 藤原氏北家の嫡流である九条家の、一の姫よ」

「いかにもお姫さま育ちで威勢だけはいいな、似絵(にえ)姫。それがどうした。藤原氏? 北家? 嫡流? そんなの、冥府では通用しないぞ」

「な……」

 なぜ自分の名前まで知っているのかと、姫は目の前に仁王立ちしている男を注視した。己の名前はみだりに人に教えるものではないと、さんざん言われてきた。本名を知られたら、相手に支配されるから、と。

 烏帽子に、濃い紫の直衣。暗くて、衣紋までは読み取れない。わりと大きめの柄のようだ。若者が好んで着る、華やかな着こなし。足は素足。今の季節は冬。寒くないだろうか。ああ、明日から年が変わって春になるから、季節を先取りしているつもりだろうか。いいえ、それにしても冷えるのではないか。

 姫は、足もとから一気に視線を男の顔まで戻してみた。美形だった。憂いを帯びた眉、涼やかな目もと、形のよい鼻に、ふっくらつややかな唇。背丈は低くもなく、高過ぎることもない。十人に問うたら十人全員が『うつくしい公達だ』、と言うに違いない。

「似絵姫。なにをじろじろと観察している」

 突然のことで、男の顔をまじまじと見てしまったが、普段ならこんな非礼は許されない。裳着を終えて成人してからは家族にだって姿をさらしたことはない。姫は自分の顔を隠すために、自分の胸もとと袂をさぐって扇を広げようとしたが、お目当ての品は見つからなかった。

「そういうの、冥府では使わないから取り上げておいた。人なんて、死んでしまえば皆、肉と魂。見かけの美醜なんて些細な問題さ。ねえ、似絵……贄姫」

 指をぱちんと鳴らした青年の合図で、一気にすべての御簾が巻き上げられ、格子も開かれた。生暖かい風が姫の頬を襲う。風に乗って室内に入り込んできたのは、無数の桜の花びら片。視界を塞ぐほどの勢いで、姫の前で花びらの渦となって旋回している。

 いやにはっきりとした夢、だろうか。梅もまだ咲かない季節なのに、桜とは。

 桜花の途切れた先……庭には、数えきれないほどの異形……つまり、鬼がいて、じいっと姫を見ていた。赤や青、黄色、黒。悲鳴を上げたことまでは覚えているが、姫はまた、意識を失う羽目に陥った。



 藤原似絵姫。

 父は大臣、母はもと斎宮。

 藤原氏の嫡流、一の姫。深窓で、大切に大切に、育てられてきた。『似絵』という名も、姫が描かれた絵のようにうつくしいから付けられたと聞いたことがある。

 現世とは無縁の、静かな暮らしだった。姫の命は藤原の繁栄を祈るためにあると言われてきたため、姫自身もきっと己の身は一生清らかな、巫女姫のまま終わるのだと思っていた。異母弟妹たちがいると聞いていたから、姫はただ祈ればいい、と。

 けれど。

 昨晩、大晦日のこと。母宮が急に、姫の部屋に出向いてきたことをようやく思い出した。

「そなたと、お別れするときが来ました。姫はこれから『にえ』となるのです」

「私はずっと似絵です、母さま?」

 母は涙に暮れており、それ以上語ることはできなかった問い詰めることも。問うても、誰も答えてくれない。隣に座る乳母も同様だった。姫はわけがわからないうちに白装束に着替えさせられ、身を暗い牛車に押し込まれた。付き従う女房も、女童もいない。姫はぐっと不安が募り、震えを覚えた。飼い猫のみゅうを連れてきていいか聞くべきだった。

 牛車はひっそりと、寒々しい都大路を進んでゆく。似絵姫も、外出をほとんどしなかった大貴族の姫なので、外の空気に触れるだけで怖れを感じる。ましてや、冬の夜。か細い星の瞬きがあるだけで、月明かりもない。

 やがて、車が止まり、御簾が巻き上がる気配がした。牛飼童が声を張り上げる。

「ここで下りて、お使者をお待ちください」

「でも、なにもないわ」

「お待ちください。これ以上は、聞かされておりません」

 牛飼童が短く告げ、すぐに消え去った。

「やだ、待ってよ。お願い。私を置いてゆかないで」

 捨てられた事実に気がついたのは、しばらく経ってからだ。寒い。暗い。姫の傍らには『六道の辻』と書かれた碑が建っている。まるで墓標のように。六道、六波羅。都の外れまで来てしまっていた。この近辺は葬送地として知られている。いかにも、なにか出そうな気配に包まれていた。六波羅という地名自体、髑髏原が転じたものだとも言われている。当然、誰も通らないし、野犬すら歩いていない。

 藤原氏の一の姫が、なぜこのような場所に置き去りにされなければならないのか。姫は憤り、嘆いた。自分に悪いところがあったのかと考える。父も母も、こんな仕打ちに出るような人ではない。なにか、事情があるはずだ。少し耐えたら、きっと邸から迎えが……そう、あの牛飼も言っていた。使者を待つように、と。姫は寒さで震える唇を噛みながらその場に立ち尽くし、じっと耐えた。

 どれぐらい、そうしていたのだろうか。待つことに厭きた姫がふと顔を上げると、目の前にぼうっとした光の珠があった。

 自分は死ぬのかもしれない。そんな思いが、頭の中を掠める。

 それでもいい、姫は投げやりな気持ちになってゆく。どうせ、捨てられた身。

「……藤原の、一の姫か」

 光から、人の形をしたものが出てきた。眩しくて、直視できない。姫は袖で顔を覆った。人の声がどんどん近づいてくる。

 後退しようにも、背後は寺らしき敷地の壁だった。姫は覚悟を決め、袖から顔を離す。背中を丸めて他者を怖れるなど、藤原の誇りが許さなかった。

「いかにも。私は、藤原の、一の姫」

 光の珠から出てきた青年は頷き、『黄泉(よみ)の宮』だと名乗った。そして、ここ六波羅は冥府への入り口で、宮は冥府で閻魔(えんま)の補佐官を務めているという。

「末法の世に突入したあと、都の貴族は各々のもっとも大切な一の姫を閻魔に差し出し、死後の安寧を祈り、現世を鎮めることに決めた。本来ならば一の姫は、帝に入内する大切な娘だからね。どれほど冥府を怖れているか、分かるだろう」

 末法とはお釈迦さまが入滅した千五百年後の世界のことだ。ひどく世が乱れると言われている。

「そんなこと、一度も言われたことがなかった」

「たとえ気がつかなくても、隔絶された生き方。『似絵』という名。すべてを物語っているじゃないか。まあ、たまに贄だということを認識し、閻魔を誘惑しようと勇んで冥府に乗り込んでくる姫もいるけれどね。そんなの、例外中の例外だ。きみのように、悲しみにむせぶ姫がほとんど。家族だって、いずれ閻魔の贄になるということを言い出すのは、なかなかつらいものがある。会えなくなるのだから」

「……閻魔の、贄」

「そう構えることはないよ。姫の魂は、まだ青い。さあ、閻魔が姫を待っている。挨拶ぐらい、済ませておこう。行くよ。送られてきた姫の世話係は、代々黄泉の宮の役目なんだ。あまり遅くなると私が責められてしまうよ」

 そう言って、宮は軽く笑った。冥府に似合わない、明るいほほ笑みだった。つい、姫は動揺する。

「ま、待って」

 普段、姫は自分の足で歩くことも少ない。一日を、部屋の中で座って過ごしていた。絵巻を見たり、物語を聞いたり、歌を詠んだり、いたってのんびりとした暮らしだった。

 宮にも姫の戸惑いが伝わったのか、宮はちょっと頷くと姫の手を握ってくれた。やさしさはありがたかったが、宮の手のひらは驚くほど冷たい。

「どうしたの」

 姫は感じたことを素直に話す。

「あなた……死んでいるの? それとも、生きているの?」

 整い過ぎた美貌を、宮は少し歪ませた。

「さあ。どうだろうね。考えてごらん」

 とぼけたまま、宮は歩き出した。

 宮は閻魔庁の仕事全般に加え、今回贄の姫の世話を言い渡されたらしい。末法になってから、死者が格段に増えたという。度重なるいくさ、金品の盗み、恋愛のもつれ。

「定期的に贄が送られているから、閻魔の機嫌もそこそこよくて、多少は現世との均衡が取れているけれど、冥府はとても忙しい。冥府の閻魔庁が正しく機能しなくなったら、現世と冥府の境が混沌として、世はすべて闇に包まれてしまう」

「闇、に」

「ただ、救いは死者と同じ数、いやそれ以上に新しい命が生まれてきているってこと。さあ、ここで着替えをしてきなさい。閻魔に会うのに、その白装束では死者と間違われかねないよ」

 促されて入った部屋には、まばゆいばかりの衣裳が用意されていた。金銀の糸を織り込んだ贅沢な上着。絶妙な色合いの袿。濃き袴。肌ざわりのよい、滑らかな極上の絹。よい暮らしに慣れている姫も、一瞬息を飲んだ。

「失礼いたします」

 姫の身支度のために、頭に小さい角を生やした女童が何人か出てきて姫は驚いたが、先ほど庭にいた大柄の鬼たちよりは、よほどかわいらしい。外見は人間そのもので、肩上で切り揃えられたおかっぱの黒髪がゆらゆらと愛らしく揺れている。姫は言われるがままに白装束を脱ぎ、衣裳に取り替えて再び廊下に出た。閻魔庁は常夜。陽が出ない。たくさんの篝火が焚かれているものの、庭の隅などには絶対に行きたくない。なにが潜んでいるか分からない。

「よく似合っている」

 宮も、黒い袍に着替えていた。

 正装に身を包むと、宮はさらに凛とした雰囲気に変わった。なんとなく、視線を合わせづらい。

「深窓の姫君には、珍獣のように映るらしいね。私が」

「いいえ、いいえ! 別にそんな意味は」

「分かっているさ。向こうの世界でも、私はいつも奇異の目に晒されているから、慣れたものさ」

「……向こうの世界?」

「さあ、閻魔のところへ。『御前』と呼んでくれ。あなたの主となるお方だから」

 御前? あるじ? 姫は重い衣裳に引きずられるようになりながらも、どうにか歩いて閻魔庁に入った。

 鬼が、普通に働いている。赤いの、青いの、黄色いの。痩せ型もいれば、ぽっちゃりもいる。意外と、多種多様らしい。文書を作る鬼、書類の束を運んでいる鬼、秤を使ってなにかを計測している鬼。

「鬼さんたちって。金棒、持っていないのね」

「当たり前だ。ここにいる鬼の獄卒は役人、文官だからな。現場取り締まりの役人たちは全員持っているだろうが。金棒担いで書類作れるか? 文書運べるか? 魂の交通整理、できるか? 人は皆、死んだら魂になってまずは冥府に出頭する。ここで生前の罪の重さを量って、どの地獄に送るか決めるんだ」

 灼熱地獄、針地獄、釜茹で地獄、飢餓地獄……。犯した罪によって、行く先が違う。

「どの地獄……って、西方浄土に行ける魂はいないの?」

「浄土、か。閻魔は浄土嫌いだから、浄土行きの扉はほとんど閉められている。地獄で善行を積めば、逃げ道があるらしいが、そのあたりは管轄外。冥府も地獄も、縦割り行政」

「じゃあ、私も死んで裁かれるとしたら、忙しい今ならもれなく地獄とか」

「そういうこと」

 姫は顔を蒼くした。親に見捨てられたとはいえ、永遠に続く地獄の苦痛や労働を想像しただけで怖ろしくなる。

「私、冥府にいるっていうことは、私も死んでいるの? 死んだから、冥府に届けられたの?」

「姫は死んでいないさ。生きていないと、せっかくの贄が役に立たないじゃないか。六道の辻近くにある寺の境内に、冥府との道……『死者の口』がある。歩いてきただろう。さて、無駄話はあとで。閻魔がこちらを見ているよ」

 大きな天秤の前に、光の珠が一列に並んでいる。整然と。あれはきっと死者の魂なのだろう。生前の罪を測定されているらしい。天秤の奥には椅子があり、そこに人が座っていた。

 閻魔だ。

 どんなに厳めしいのかと思って緊張していた似絵姫だったが、閻魔は普通の人間の大きさだった。外見では三十歳前後だろうか。もっとも、ほんとうの歳は分からない。彫りの深い濃い顔つきをしている。宮とは別系統の美形だった。気後れしてしまうほど、堂々とした美貌だ。

 宮は、姫の『主』になる人だと言っていた。どのような形になるかは分からないが、この先の姫はきっと閻魔に仕えるのだろう。

「ようこそ、贄姫。評判より、さらに美しいね。冥府はどうだい」

 気さくに話しかけてくれるが、閻魔の手は休むことをしない。次々に死者の魂を各地獄へと捌き、それぞれの地獄に繋がっている道を指し示す。閻魔の補佐官を務めている鬼が魂を手早く誘導する。なにもかもが珍しくて、思わず見入ってしまう。

「は、はい。初めまして。あの、私まだ慣れなくて。どうしたらいいかも分かりませんし」

「来たばかりのときは皆、不安がる。魂の色を見せてくれるか、宮」

 姫がどのように返事をしようか困惑していると、横から宮が出てきて姫の左手をとらえた。そして、姫の手のひらにそっと唇をつけた。

「ななな、なにを! なんの真似なのっ」

 閻魔がいる、鬼がいる、死者の魂も大勢いる前で、宮はためらうこともなく姫の手に口づけた。くすぐったい、姫がそう思って顔を逸らしたとき、手のひらからすうっと青い光の珠が出てきた。

「なんだ、色がまったく変わっていないではないか。無垢なままか。よいか、姫。この青白い魂が紅く熟れたら、我はお前を喰う。さっさと熟れることだ。三月(みつき)以内に熟れなかったら、姫の係累に禍いが降るだろう。贄どころか、厄介に堕ちるぞ。宮、よく教育しておけ」

 そう言うと、閻魔は体の向きを変え、完全に仕事に戻った。閻魔に問えないのなら、怒りは自然と宮に向かう。

「なんなの、これ。ちょっと!」

「姫の魂だ」

 いかにも面倒そうに、宮は答えた。

「たましい?」

「ああ。青いのは、まだ若いというか幼い証拠。熟してくると、赤くなる。亡くなったり、死期が近づくと、黄みがかった濁った鈍い光になる。ああいうふうに」

 宮は行列を成している死者の魂を指差した。

「なるほど。よく分かったわ。よく、分かった、けど」

「そうだな。仕舞おうか」

 姫の魂に宮がふっと、息を吹きかけると消えてなくなった。

「体内に戻った。これをあまり何度も繰り返すと、寿命が縮むからね」

「ええっ、寿命が!」

「普通、魂は外界に触れるものではない。今ので、三日分ぐらいかな。たまに『魂があくがれ出る』こととか記録に残っているが、好ましいことではない。早く熟れることだ」

「熟れるって言っても……そんな」

「これまで、姫は深窓で手厚く守られてきたから、現在の状況に戸惑うのは当然だ。己の家族を、憎むんだ。悲しむんだ。恨むんだ。負の感情が、早く魂を熟れさせる。怒れ」

 負の、感情。

「悲しい気持ちはありますけど、憎むとか恨むとか、それは違うわ。邸の皆も、私を贄に出したいなんて考えていなかったはずだから」

「甘いな」

 姫は宮に促され、丸くて大きな鏡の前に立った。青銅製らしい縁には、細かな模様が入っている。よく見ると、八重山吹の花の絵だった。

「現世の様子が映るぞ。覗いて見ろ」

 浄玻璃の鏡、というのがそれの名前だ。

 平らな鏡の表面が、ゆらゆらと水面のように揺れたかと思うと、よく見知った顔たちが鏡に映し出された。父と、母。乳母に女房たちだ。

「よく見るんだ。姫ひとりがいなくたって、新年は来る。なにも変わらない。皆、ひとつ歳を重ね、祝う。この平穏を守るために、姫は閻魔に贄として差し出された」

 鏡の向こうの世界では、父母が新年の挨拶をし、笑みを交わしている。相変わらず、とても仲がいい。大臣を勤めている父は立場上、何人かの女性を娶っているが、最愛かつ正妻は姫の母である。ふたりの間にたったひとり生まれた子ども、似絵姫がいなくなったというのに、映し出されている光景はなんとものんびりしていた。

「この様子が今のものだって、証明できるの? まやかしやいつわりとも、言えるわよね」

「私に噛みつくな。これがお前の親の本性だ。腹を痛めた子どもでも、まずは保身が大切だってことだ。姫が贄になったぶん、今の暮らしが続くんだから」

「信じません。私は、一の姫。たとえ贄でも、藤原氏の誇りは失いません」

「強がりが、いつまで叩けるかな。姫の魂が喰いごろにならないと、現世にも影響が及ぶさ。閻魔は嘘をつかない。期限までに熟れなければ、約定を違えた罪で現世は荒廃するだろう」

 三月以内に、熟れるように。閻魔はそう告げた。

「待って。……もし、もしもの話よ。熟れたら、私をどうするの?」

「もちろん、喰う」

 当然だという顔で、宮は返してきた。自分が、閻魔に食べられる姿を想像してみるが、怖くて途中で目をつぶってしまった。

「食べる? 煮たり、焼いたりして? 痛くない?」

 一瞬、姫の発言にきょとんとした宮だったが、大いに笑った。

「さすが、一の姫。贄に選ばれし、特別な姫。無知なところもいいな。閻魔に喰われるっていうのは、閻魔の後宮に入るっていうことだ。後宮には今も五人ほど妃がいるが全員、かなり昔の贄ゆえ、お年だからね。若い姫が末席に加われば華やぐし、なにより閻魔が癒される」

「え、閻魔の、後宮っ」

 ことばの最後が、かすれかけた悲鳴のような声になってしまった姫は、両手で頬をおさえた。宮は厭きれていたが、姫の頭をそっと撫でた。

「いい線、行っていると思うが。閻魔、お前のこと気に入ったよ」

「あんな態度、でも? というか、閻魔、何歳なのよ……」

「さあ、部屋に案内する。疲れただろう」

 宮は姫に休むよう持ちかけたが、納得いかなかった。

「いやよ。家族を恨むだなんて。私、帰りたい。父と母に別れも述べないで、閻魔の後宮だなんて、いや。異母妹や異母弟にも、会ったことがないのよ。彼らを守る藤原氏の巫女になることは受け入れるから、現世に戻して。こんな、生きているのか、死んでいるのかはっきりしない、ふわふわした体なんて」

「冥府に連れて来られた姫は、はじめは皆、そう言う。だが、慣れてくれば、姫も選ばれし意味を知るだろう。現世の儚さを。冥府で生きるしかないことを。ほら、この部屋だ」

 常夜のためか、時間の感覚が狂うものの、姫はあまり寝ていない。通された部屋には御帳台がしつらえてあり、いかにもここで寝てください風な用意がなされていたので、姫はあまり深く考えないまま、褥に突っ伏した。これから帰るにしても逃げるにしても、充分休んでおかなければならない。

 自分を納得させ、姫は眠りについた。

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