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君がいる奇跡  作者: トウリン
サイドストーリー:キミと歩く明日

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ココロとカラダ

その後のお話、です。

割とナナメイン。プラス、響と凌のイチャイチャ。

ライトな感じで進む予定。一話一話は短めかもです。

「ホント、リョウってこんなヒトだと思わなかった!」

 ワンルームのひびきのアパートの中には、今日も呆れ返ったナナの声があがる。そのつり上がり気味の大きな目は、響を抱え込んでいるりょうに向けられていた。

 その凌は、持ち上げた響を自分の右側――ナナとは反対側に下ろして、じろりと彼女を睨み返している。

「お前がこいつにまとわり付き過ぎるんだ。響も困るだろうが」

 彼のそんなセリフに、ナナはわざとらしく目を丸くして、響に向けて首をかしげる。

「そんなことないよね? ね、ヒビキ?」

 ナナは響よりも一つか二つ年上で、顔立ちもナナはすらりとした美人系、響は丸顔の童顔系なのだが、言動はナナの方が遥かに幼い。

 ねだるようなナナの眼差しに、いつものように、響は少し困ったような微笑みを浮かべる。

 ナナは、彼女と凌の板挟みになった響がこんな顔になるのを見るのが好きだった。

 響は凌が大好き。

 そして、こんなふうに困るということは、彼女はナナのことも好きなのだ。

(リョウと同じくらいじゃないってことは判ってるけどさ)

 それでも、響は言葉でも態度でもナナへの好意を見せてくれるから、『一番』じゃない『好き』でもいいか、と思えてしまう。

 つい嬉しくてにんまりと笑ってしまったナナに、響が笑い返してくれる。

(ほら。響のこういうところが、好きなんだ)

 今すぐ彼女の隣に行って力いっぱい抱き締めたくなるけれど、きっと凌がそうさせてくれないだろう。

 だから、言葉でからかう。

「ね、ヒビキは全ッ然、困ってないよね?」

 もう一度そう訊くと、響はやっぱり困ったような顔で、ナナを見て、凌を見て、またナナを見た。

(可愛いなぁ)

 クスクス笑うナナを、凌がまた睨んでくる。

 事の始まりは、夕食を終えて片付けを始めようとした響を、彼女の膝にしがみ付いたナナが放そうとしなかったことだ。

「響、嫌なことは嫌だと言え」

 そう言った凌に、響は一層眉根を寄せた。

 ナナは凌のそのセリフに、呆れてしまう。

 響がナナに対して「困る」はまだしも、「イヤ」なんて言えるわけがない。

 案の定、響は袋小路に追い込まれてしまったようだった。

「え、えぇっと、ですね……」

 恋人と、友人と。

 二人の「どうなんだ?」という視線に、響が若干視線を彷徨わせた。そして、考えた末に、言う。

「わたし、ナナさんのこと、好きですよ?」

「ほら、やっぱり! 好きってことは困ってないってことでしょ?」

 微妙にずらした響の答えをいいように受け止めて、ナナはパッと顔を輝かせる。そうして凌の後ろを通って再び響にしがみ付こうとしたが、それは彼に阻止された。

「こいつがこういう答え方をした時は、抱き付かれるのは困っている、ということだ」

 ナナの襟首を捕まえた凌が、そう言いながら元の位置に彼女を戻す。その扱いはまるで猫の仔を摘まみ上げるようだ。

「もう! リョウはただヒビキを独り占めしたいだけのくせに!」

「当たり前だ」

「何よ、別にヒビキは減るもんじゃないでしょ」

「いや、減る。お前がいると、俺が触れるのを嫌がるからな。響に触れられる時間は、確実に減っている」

「ちょ、ちょっと、リョウさん、そんなこと言わなくたって……!」

 そう言って膝立ちになった響の顔は、真っ赤だった。

「お片付け、してきますから!」

 言うなり響はガチャガチャと音を立てて食器を重ねて、少し危なっかしいバランスでキッチンに運んでいく。

 付き合ってからもう何ヶ月も経っている筈なのに、こんな些細な発言に、この反応。

(――まだシてないんだろうなぁ)

 ナナは半ば呆れ、半ば感心して凌を見やる。ムッと睨み返してきた彼の目が、これ以上何も言うなよと警告していた。

 彼女は肩をすくめて了解の意を示す。

 ナナがここに入り浸っているのも少しは影響しているのかもしれないけれど、多分、そうでなくとも、凌は響に手を出さなかっただろう。

 何故なのだろう、とナナは疑問に思う。

 彼女にとって、アイしている相手とはセックスをするものだし、セックスをするということはアイし合っているということだった。

 幼い頃からナナが学んできたのは――教えられてきたのは、そういうヒトとのつながり方だった。

 けれど、響と凌は違う。

 どこからどう見ても愛し合っているのに、きっと、セックスはしていない。

 セックスをしていないのに、二人は愛し合っているとしか見えない。

 だから、最近は、アイするのとセックスをするのとは必ずしもつながるものではないのではないかという考えが、ナナの中に浸透しつつある。

 響は凌を愛していて、凌は響を愛していて、ナナは響のことが好きで、響もナナのことが好き。

(ほら、誰もセックスなんか、してないじゃない?)

 そんなことをしなくても、相手が自分のことを想ってくれていると、ちゃんと判る――伝わってくる。

「ナナさん、何だか嬉しそうですね」

 キッチンから戻ってきた響が、剥いたリンゴをテーブルに置きながら、そう言った。

 そんなに長い時間キッチンにいたわけではない筈なのに、ウサギの形をしたリンゴが大きな皿の上にいくつも並べられている。

 こんな響を見ると、ナナはいつも『お母さん』みたいだと思う。

 とは言っても、彼女自身の母親を思い出すわけではない。ホームドラマなどで見る、『お母さん』だ。

 ナナの記憶に、母親が料理を作っている姿はない。

 彼女にとって『母親』とはいつも男と抱き合っているものであって、ドラマなどで見る『お母さん』はあくまでもフィクションだと思っていた。

 こうやって響が甲斐甲斐しく凌やナナの世話を焼いている姿を見て、「ああ、ドラマみたいな『お母さん』もいるのかもしれない」と思ったものだ。

「ふふふ……判る? ねえ、ヒビキ、ギュッてして?」

 手を差し伸べたナナに、響はすぐに微笑んでくれる。

「いいですよ」

 許可が出て、ナナはすぐさま響にしがみ付く。彼女の身体は柔らかくて何か甘い匂いがして、男に抱かれるのとは全然違うけれど、男に抱かれるよりもずっとずっと心地良い。

 横目で凌を見やると、彼はムスリとしながらも、何も言わずにリンゴに手を伸ばしている。目が合ったのでにんまりと笑ってやると、もっと面白くなさそうな顔になった。

 ――もうこのくらいにしてやるか。

 ナナは心の中でこっそりとそう呟き、パッと立ち上がった。

 リンゴを摘まんで齧りながら、バッグを取る。

「お帰りですか?」

「うん。だから好きなだけいちゃついてね」

 笑いながらナナがそう言うと、響の丸い頬がパッと赤くなった。その様に忍び笑いを漏らしつつ、彼女に手を振る。

「じゃあね、バイバイ」

 玄関を出てしまえば、後は二人がどんなふうにしているのか、ナナには判らない。

 夜道を軽やかに歩きながら、彼女は小さくハミングを漏らしていた。


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